方法19-7:娯楽の終焉(ときには怒り狂いましょう)
やがて、細かい様子が見えるところまで接近した。
いまやソウルコレクターは遠近感が狂うほどの巨大さで視界を占め、まるで雑なコラ画像みたいだった。
建物の外には大勢のスタッフや居合わせた客。
ただそのほとんどは魂の気配に魅了され、床や壁を必死になって舐めたり、がれきを拾い集めたりしている。
迎撃してるのはレジストに成功したほんの一部の悪魔だけだ。
ソウルコレクターは屋上を抜いて、最上階を破壊しながらあたりを漁ってる。壁なんかもずいぶん壊されてた。
悪魔たちの攻撃を受けると一瞬だけ動きが止まる。けれど、すぐまた再開してしまう。
ヘゲちゃんの姿を探す。
いた。
ソウルコレクターの至近。
全身が血まみれで、立っているのがやっとだ。
左腕がぶらんとしてて、どうも動かせないらしい。
それでもヘゲちゃんはソウルコレクターを見据えて、スキをついては魔法で牽制してる。
ベルトラさんもいた。
少し離れたところから、他の悪魔と一緒に槍や石つぶてを投げつけている。
何人かの悪魔がこちらに気づいた。攻撃の手が止まる。
「よくやった! 私とアガネアがそいつを引き離す。それまでもう少し持ちこたえろ!」
魔法で声を大きくしたアシェトが叫ぶ。
その声に応戦していた悪魔たちが応える。戦場がペースアップし、短期決戦の勢いに変わる。
ワタシたちは百頭宮のそばに降り立った。
予想どおり、“魂の気配”を運んできたコンテナがいくつも打ち捨てられていた。
頭上から破壊された残骸が降ってくる。
「こりゃ、クるな」
あたりに漂う何かに、さすがのアシェトも顔をしかめる。ワタシは全然感じない。
損傷のマシなコンテナを見つけると、アシェトは底を上にしてひっくり返し、蓋の部分をたやすく外す。
そしてワタシをその中に立たせた。
ワタシはコンテナの中央まで来ると転ばないようペタンと座って、頭のツノに手をかけた。
「準備できました!」
ぐらりと揺れて、コンテナが持ち上がると急速に上昇していく。
アシェトが持ち上げて飛んでるのだ。
これがワタシの思いつき。
周囲への影響をコンテナの壁で防ぎながらソウルコレクターの鼻先でツノを抜けば、むき出しの魂が“魂の気配”なんて目じゃないくらいにソウルコレクターを惹き付けるはず。
そしてコンテナは魂の気配を遮断してたんだから、ワタシの魂だって地上の悪魔なんかから遮断してくれる、はず。もし見えちゃっててもコンテナ自体が魂の気配まみれなんだから、どうとでもごまかせる、はず。はずはずはず。どれも期待でしかない。
あとは追われながらそのまま仙女園まで戻れば、アシェトが遠慮なく戦える。
当然仙女園はメタメタになるだろうけど、それは仕方ないというかむしろ望むところ。
コンテナが止まった。上から見える空いっぱいに、頭を下げたソウルコレクターの姿。
こちらには気付いてない。
さっきからそうだけど、ワタシたちを雑魚の群れとしか思ってないのか、それだけ夢中なのか、ソウルコレクターは周囲の悪魔をあまり気にしてない。
「やれ」
アシェトさんの合図を受けて、ワタシは大きく深呼吸。
これまでの痛みを思うと、ツノを抜くのはなかなか心の準備がいる。
それでは──。
「やっ!」
つかんだツノを思いっきり引っ張る。
「イタたたたたた! イタっ! 痛い!」
激痛に思わず手を離す。全身に脂汗が噴きだす。
なにこれ。今までと比べらんないくらい痛いんですけど!?
けど、そんなこと言ってる場合じゃない。
ワタシは歯を食いしばり、もう一度チャレンジする。
────ダメだ。
とにかく痛い。それに悪寒がするほど気持ち悪い。
どれだけやり抜こうとしても、本能的に手がツノを離してしまう。
たとえるなら、麻酔なしに素手で自分の歯を抜くような感じだ。
「どうした!?」
「い、痛くてムリです」
ワタシは荒い息を吐きながら応える。
「チッ」
舌打ちしたかと思うと、目の前にアシェトが立ってた。
おや? と思う間もなくその手がワタシのツノをつかみ、無造作に抜いた。
「──────ッ!」
激しい痛みとキモtnwr……w…。
気がつくと、ワタシは知らない部屋にいた。
「あ、あれ?」
慌てて体を起こそうとした。
「痛っ!」
全身が打ち身みたいな痛みに襲われ、起きられない。
「アガネア! よかった!」
声のした方を見ると、涙目のナウラがいた。
ワタシはベッドの上にいた。
ガランとした狭い部屋。居るのはワタシとナウラと──。
「気がついたかい?」
ダンタリオンだ。
「何をしたのか知らないけれど、消耗が激しい。横になってたほうがいい」
「ここは?」
喋るだけで顔が痛い。呼吸するだけで体中が痛い。
「ここは仙女園の地下。事務所とか従業員向けの施設があるところだ。抗争時代に避難所としても使えるように造られてたそうで、みんなここへ避難したんだ」
「みんな?」
「だってそうだろ。展望室から観てたらこっちにソウルコレクターが向かってきたんだ。まあ、避難するよね」
なぜかそこで笑うダンタリオン。
「みんなの慌てる姿、キミにも見せたかったよ。それで僕と他何人か、力に自信のある悪魔は見物で外に残ってたんだ。そうしたらアシェトが飛んできてコンテナを降ろしたと思ったら、中からキミを担ぎだして僕に放り投げたんだ。危うく落としそうになったよ。だってキミはホラ、その、ひどい様子だから」
言われて、あらためて自分の体を見下ろす。
ツノを抜いたときだろう。戻したものや漏らしたものでボロ雑巾みたいだ。おまけにあちこち擦り傷だらけで、血もついてる。
「それでしかたなく地下へ行くとナウラ君を見つけて、二人でキミの様子を見守ってたってわけさ。本当は地上へ見物に戻りたかったけど、無防備なキミをナウラ君一人に任せるのも心配だったからね」
そして、自然な感じでウインクする。
殺せはしなかったものの、アシェトはソウルコレクターを瀕死にして追い払ったらしい。
激闘の余波で仙女園は原型を留めないくらいに破壊されたという。
アシェトは今、他の百頭宮スタッフたちと手分けしてタニアを探している。
「避難で混乱してるときに行方をくらませたみたいなんだ。あれでなかなかキレるから、見つけられないと思う。気が済んだらアシェトも戻ってくると思うよ。そうしたら、一緒に帰ればいい。キミは、自分で自分の帰る場所を護ったんだからね」
そこでダンタリオンは言葉を切ると、舞踏会のときみたいにワタシをじっと見つめた。
そしてスッと耳元へ顔を寄せると、囁いた。
「キミが悪魔じゃないことは解った。ただ、なんであるにしても気に入ったよ。首都へ来ることがあったら、ぜひ訪ねてきてくれ」
その言葉に、心臓が止まりそうなほど驚く。あんたそんなこと知って、ヘゲちゃんにぶっ殺されても知らないよ!?
フッ、と笑うダンタリオンの吐息が耳をくすぐる。
「髪と爪。それと経血の臭い。最初に会ったときと比較して気づいた自分に我ながら驚くレベルだけど、気を遣うならもっと厳密に管理した方がいい」
それはワタシが人間だと見抜かれないよう、注意深くごまかしてきた部分。
「大丈夫。このことは誰にも言わないよ。少なくとも当分の間は」
ダンタリオンの顔が離れた。
「さてナウラ君。僕はもう行くよ。ティル君を迎えに行かないと。怯えてるだろうから」
そしてダンタリオンはまだ驚きに動けないワタシを残して部屋を出て行った。
次回、方法20-1:なお、このメッセージは手動的に握りつぶされる(まだまだ気長に生きましょう)