方法19-3:娯楽の終焉(ときには怒り狂いましょう)
ワタシが半眼になって二人を見ていると、エゴールが口を開いた。
「毎年一度ああやって口喧嘩をして、気が済んだら寸劇っぽくまとめているのですよ。賢いお二人ですからね。お客様の前で本気の口喧嘩をしたと思われるデメリットは理解されています」
観客と一緒に拍手しながら説明してくれる。
「今年も迫真の演技でしたな」
「毎年、今度こそ本気なんじゃないかと思ってヒヤヒヤしますよ」
「またあんな抗争が起きたら大変ですものね」
「あの、普段は妖艶なアシェトさんの乱暴な口調。あれが好きでしてねぇ」
客たちの評判もいいみたいだ。
「諸君。僕ら悪魔の時間は長い。そして大娯楽祭はあまりに短い。精一杯楽しんでくれたまえ」
「二日目の後半からは新しいサービスやアトラクションのお披露目。みなさんご期待くださいね」
二人の言葉に客たちが解散する。
「それでは私もこれで」
お辞儀をして立ち去るエゴール。入れ替わりにアシェトがやって来た。
「さあ二人とも行きましょう。ご挨拶したいお客様はまだまだたくさんいらっしゃるんだから」
そこにはさっきまでの、言ってみれば普段どおりのアシェトらしさはみじんもなかった。
そうして夜が明けるころになると、いったんゲストハウスに戻って晩餐会のための身支度。
ワタシとナウラは同行した衣装部の悪魔がメイクや着替えを世話してくれた。
晩餐会の会場は園内中央の大きな建物、“プレステージ・ミュルス迎賓館”。
どこぞのタワーマンションみたいな名前だけれど、白亜の石壁がまぶしいなかなか立派な造りで、みなとみらい辺りの結婚式場みたいだ。
晩餐会に出席しているのは双方の幹部と、招待客の中でも特にVIPな悪魔たち。
だれもが人間型も非人間型も、それぞれ特注のドレスやタキシードを身に着けている。
豪奢な客間に並んだ長いテーブル。ワタシとナウラはその一番端に案内された。
アシェトたち他の幹部はもっと離れた上座の方。周りの席は知らない悪魔ばかりだ。
「アガネア、楽しんでる?」
「そういうナウラはそうでもなさそうだけど?」
「こういうところ苦手なの。息が詰まっちゃう」
くるりと目を回してみせる。すごい! 海外ドラマみたいなセリフなのにぜんぜん違和感ない。
ナウラは褐色の肌が引き立つ青灰色の夜会服を着ていた。
長い黒髪をアップにまとめ、耳にはドレスと同色の輝石をあしらったイヤリング。
普段のナウラを知ってる身からすると、ローマの休日とかハリウッドのロマコメなんかの“オシャレな女の子が実は王族で、ラストあたりでフル装備でズバンと登場”的なものを感じる。
いやホント、どこのお姫様かってくらいだ。聞けばドレスは街一番の仕立て屋による特注品だとか。
一方のワタシは衣装部渾身の力作、パールピンクのドレープを多用したドレス。
鏡を見たワタシの第一印象は“二回目のお色直しをしてきた花嫁”だ。
ポイントはウエディングドレスから数えてだんだん予算が下がり、露出度とハデさがアップするところ(偏見)。
いやまあ似合ってないだけでドレス自体はカワイイんだけどね? ナウラとの差がキツい。
なんでこんなに扱いが違うのか問い詰めたら、ワタシはスタッフ用食堂の見習いで、ナウラは大事な資産かつ商品だから、と説明された。
──なるほど……。
って納得できるかー! ワタシだって人気者にして有料の囲む会をやろうとかなんとかいう話があったじゃん。
ワタシとしてはやりたくないし、現状じゃナウラを推したほうがいろいろ都合がいいってのも解るけど、ワタシだってたまにはギアの会とかティルみたいな関係者じゃない悪魔からちやほやされてーんだよっ!
じゃあナウラばりに気合入れて欲しいかというと、かえって惨めな結果になりそうというか、超えられない壁を直視させられそうなのでそれはイヤというこの複雑な乙女心の持ち主です。
やがてタニアとアシェトの挨拶があって、晩餐会がはじまった。
邪魔にならない程度の生演奏と、なごやかに談笑する声。料理は期待できそうだから、おとなしく食事に専念してよう。
「失礼ですがアガネア嬢ですかな?」
向かいの席の悪魔に話しかけられた。やたら深みのあるいい声だ。
ただし、外見はなかなかパンチが効いてて、まず体はカマキリ。
両肩からは鎌のほかに人間の腕も生えてて、そっちでナイフとフォークを使ってる。
頭はカマドウマに似てるけど、複眼の代わりに人間の目が八つ。
「ええ」
「わたくし、ヂャールズと申しまして、運送業を営んでおります。あなたとはぜひ一度、お話してみたいと思っておりました」
あら、ナンパかしら。困ったわー。ホントに困った。誰か助けて。
ナウラを代わりに差し出したら見逃してくれるかな。
「実はわたくし、趣味でドゥナム=ンフの大秘境帯を研究しておりましてな。年に二回は現地調査にも行っているんです。残念ながら向こうではお会い出来ませんでしたが」
はい駄目でしたー。穏やかに食事を楽しむなんて遠い日の幻でしたー。
「向こうにいたときは、他の悪魔の気配を感じると避けるようにしてましたから」
ガッカリを悟られないよう、ニッコリ笑顔で答える。
「ええ、ええ。解ります。わたくしもあそこへ行くのは学術的興味半分、もう半分は俗世の喧騒やしがらみから解放されたいといったところですから」
少し前のワタシなら“あうあうあー”言ってボロっボロにボロが出てたろうけど、今のワタシはむしろロボが出るくらい余裕だ。
こんなこともあろうかと! こんなこともあろうかと!! 大秘境帯についてはみっちり勉強してるのだ。
おかげでムダに詳しくなった。今なら1時間くらい語るのは余裕だし、どこぞのライフスタイル誌から大秘境帯女子としてインタビュー受けても平気。
というわけでヂャールズの執拗かつわりとマニアックなトークにもどうにか対応できた。
ただ、本当にあそこへ行ってて詳しい悪魔と話したのは初めてだったから、なにか変なこと言ってないかとヒヤヒヤさせられた。
そんなこんなで食事が終わった。料理? ヂャールズの相手するのに精一杯でおぼえてない。
さて次は、もはやお待ちかねでも何でもないダンスタイムだ。
次回、方法19-4:娯楽の終焉(ときには怒り狂いましょう)