方法19-2:娯楽の終焉(ときには怒り狂いましょう)
メモには小さな字がびっちりと書き込まれてた。
といっても、メッセージは“どうか早急に所定の入会手続き書類を提出してください”だけ。
あとは“これは古式伝統協会並列支部所属の悪魔シャガリの個人的な判断と行動であり、うんぬん”といった免責事項。
ワタシはメモをベルトラさんに見せた。
「入会してくれってことなんだろうが、わざわざ今こんなもの渡してくる意図が解らないな」
「ノルマ未達で上司から詰められてるんですかね。それで焦ったとか」
「それにしたって、こんなメモ一枚でおまえを決心させられるなんて思わないだろう。それならもっと他に何か方法があるはずだ。そもそも、先にアシェトの許可を取ることになってるだろ」
二人で首をひねっていると、ヘゲちゃんが現れた。
「見せて。その紙、字が小さくてなんて書いてあるか読めないの」
ベルトラさんからメモを受け取る。
「何かありそうね」
たいていのことには平然としてるヘゲちゃんが、珍しく心配そうな声を出した。
「シャガリって、いまどういう感じなの? なんか普通にそこら辺にいるし、スタッフと一緒にメシ食ってるし」
ワタシが敬語を使ってると気持ち悪いというあんまりな理由で、いまはタメ口に戻っている。
そんなキモい喋り方してなかったと思うんだけどな……。
「シャガリ、あれから毎日アシェト様のところに“どうですか?”って聞きに来るのよ。もちろん許可なんてしないけど、たいていその後で店内の人手不足のところに行って、仕事を手伝ってくれてるの。しかも無給で。なかなか覚えが早くて器用で役立ってるわ」
“役立ってるわ”じゃないでしょ。そのユルさはなんなのか。
「それって、気に入られようとしてるだけなんじゃ?」
「たぶんそうね。実際、アシェト様も“おまえはなかなか見どころあるな。うちに来ないか?”なんて言ってるもの」
チョロすぎる。
「さすがに無給のままじゃこちらが恩を売られるだけだから、せめてここで食事をしてもいいってことにしたの。あとで協会から交渉材料にされても困るし。伝えてなかったかしら?」
「そういう連絡は受けてません。誰もなにも言わないんで、問題ないだろうとは思ってましたが」
ベルトラさんが気まずそうに言う。
「あら、ごめんなさい。みんなバタバタしてるから、どこかで伝達が途絶えたのね」
人手不足のヘルプとスタッフ用の食事で貸し借りなしって、あとで協会からなにか言ってこられても通用しないんじゃ……。
とにかくこれで、シャガリがその辺にいる理由は判った。
「今はシャガリと並列支部の動きに注意する、くらいしかなさそうね。忙しいし」
その、最後に本音を漏らしてくるのはわざとなの? うっかりなの? ヘゲちゃんの場合、どっちもありそうだ。
翌日、また配膳の列に並んでたシャガリはワタシがノーリアクションなのを見てガッカリしてた。
いや、ここまでの流れでさんざん遠回しに断られて、あれでなにを期待してたのかと。
そんなこんなでとうとう大娯楽祭の初日がやってきた。
あれきりシャガリは何もしてこなかった。毎日、食事を渡すときに悲しそうな目で見られて辛かったけど。
百頭宮からの参加者はアシェトを始めとした幹部たちにブッちゃんたち企画のメンバー、フィナヤーたちは広報らしい。他にもホストやホステスがゾロゾロと。総勢で40名くらいだ。
ヘゲちゃんは百頭宮でお留守番。
休業するわけじゃないから、副支配人が留守を預かるってのは表向きの理由。
これまで毎回、仙女園に来てなかったヘゲちゃんが今年になって急に参加するのは不自然だろうというのが本当の理由だ。
せっかくミニチュア百頭宮で外へ出られるようになったのに、なんだかもったいない。
ヘゲちゃんの代わりに副支配人代理としてメガンが来ていた。
ギアの会のメンバーで、人型のときはメガネをかけた黒ずくめの老婦人だけど、今は本来の枯れた木の枝がごちゃごちゃ集まったような姿をしている。
パッと見ゴミみたいだけど、実はそこそこ偉かったのか。
会期中、ワタシたちは仙女園が用意したゲストハウスに別れて滞在する。
ワタシの割り当てられたところにはアシェトたち幹部とナウラがいる。
はじめて近くで見る仙女園は、丘一つを使った広い庭園だった。
ゲートを抜けると芝の敷かれた野原があり、あちこちに小さな森や小川がある。
その間に椅子やテーブル、屋台、野外劇場、植え込みで作った迷路、彫像、アトラクションの小屋、あずま屋、ゲストハウス、レストハウス、大きなテント、バラ園、温室なんかが配置されていた。
魔界のいろんな名所をミニチュアで再現した、淡路ワールドパークみたいなところもあるらしい。
建物はどれも背が低く、空が広い。
ゲストハウスで荷物をおろしたワタシたちはさっそく見物に、ではなく持ち場へ散った。
ワタシとナウラはアシェトの、無限に続く挨拶まわりに付き合わされた。
特に何もすることはなく、アシェト専用の背景画像みたいなものだ。
楽といえば楽。退屈といえば退屈。ときどきナウラが自信たっぷりに不規則発言するのだけが楽しみだった。
途中でタニアたちにも会った。向こうもエルフっぽい悪魔と、もうひとり人型の悪魔を連れてる。
「やあ、アガネア君。また会えて嬉しいよ、マイラヴ。もちろんアシェト君も」
いきなりの挑発。
「テメェ……。私のことキレさす以外にできることねぇのかよ」
素の口調が出るのも気にせず凄むアシェト。一方のタニアはいつもどおり、楽しげな表情だ。
「キミとは長い付き合いだからね。どうすれば怒るかくらいよく知ってるよ。おや、なんだい? その顔は。冗談だよ。実を言うと、キミを怒らせるのは世界一簡単なことなんだ。誰がやっても失敗しようがない」
「おいおい。おまえん中で唯一の能力を“世界一簡単”なんて言っていいのかよ」
「その僕に一度も勝ててないキミはじゃあどうなるのさ?」
言い合いを始める二人。野次馬が集まってくる。
すると、エルフ系悪魔がワタシのところへやって来た。お? なんだこいつ。やろうってのか? 勘弁してください。
「どーもどーも。私、副支配人をしております“蜂蜜ヲ腐ラス”エゴールと申します。どうぞエゴールとお呼びください。ちなみにあちら、タニアの後ろにおりますのが秘書のメアリ・ジェニファージェーンです」
ワタシと目が合ったメアリがピョコンと頭を下げる。
「いやはやどうも先日はタニアがご迷惑おかけしたようで申し訳ありません」
「はあ、これはどうもご丁寧に」
なんかめっちゃ腰が低い。見た目からしてもっと気取った嫌な奴かと思ってたのに。
「あの二人、あれ大丈夫なんですか?」
「ああ、あれですか。あれは毎年恒例の突発的な寸劇めいたもの、ということになってまして。最初の大娯楽祭を儀礼的に再現しているという建前になってます。なので好きにさせておいて問題ありません」
「それって、ガチで言い合ってるってことだよね。大丈夫そうに聞こえないんだけど」
「毎年のことですから。まあ見ていてください」
さんざん言い争ったあと、とうとう二人とも言うことがなくなったのか黙り込む。
やがて、タニアが口を開いた。
「いろいろ言ったけど、この街は仙女園と百頭宮、どちらが欠けても成り立たない。せいぜい仲良くしようじゃないか」
「ムカつくが、反論できねぇ」
かわされる握手。観客の拍手。なんだこの茶番。
次回、方法19-3:娯楽の終焉(ときには怒り狂いましょう)