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チートも無双もないけれど。魔界で死なないためのn個の方法  作者: ナカネグロ
第1部:新生活応援フェアってないの?
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番外8-6:ヘゲちゃんの憂鬱ふたたび

ヘゲちゃん視点メインの三人称です。

番外扱いですが、ほぼほぼ本編です。

 村は魔界の田舎とそう変わらなかった。

 ただ悪魔の代わりに人間が暮らし、動物や植物も人界のものだ。

 しばらく進むと、みすぼらしい格好の男が話しかけてきた。


「おまえさん、見かけない顔だが旅の人かね?」

「ええ。旅の……途中で」


 初回プレイはこの男にあれこれ聞かれているうちどんどん疑われていき、とうとう村人たちに納屋へ監禁されたところで終わった。

 捕まりそうになったとき抵抗しようとしてヘゲは愕然とした。

 とにかく、弱い。足も遅い。魔法も使えない。なすすべもなく縄で縛られてしまった。


「えっと、ヘゲさんHuman Modeだと人間なんでこんなもんだと思いますよ。続けます?」


 あまりの非力さに呆然としているヘゲにブッちゃんが言う。


「もう一回」


 再スタート。今度はすぐに村へ入らず、手近にあった小屋へ隠れて夜を待つ。

 ところが、途中で視界左上にゲージが現れだんだん減っていき、尽きたところでゲームオーバー。


「それ、生命維持のゲージです。適度に水分とったり何か食べたり、寝たり休んだりしないと減っていって終わっちゃうんで。

 これ、やっぱ最初に説明しとかないとダメそうですね。アガネアさん以外はみんなだいたい最初、そこで失敗してるんで」


 ブッちゃんの説明にヘゲは聞き返す。


「アガネアもやったの?」

「ええ。ナウラのこともあるし、あの人ほどピッタリな悪魔もいないでしょ? Human Modeでクリアしてましたよ。というか、最後までクリアできたのあの人だけです」

「そう……。そうなの」

「続けます?」

「もちろん」


 どうにかもっともらしい理由をでっちあげて滞在先を確保し、飢えや乾きなどの対策をしつつ境界へ接近できるようになるまでに数時間かかった。


「うーん。やっぱりこうなるよな……。この辺、サービスインの時には事前にこっちで対応法を説明しといた方がいいな。イントロで疑われないような身の上を伝えておくとか」


 ブッちゃんがメモを取りながらつぶやく。


 教会へ近づけるようになってからも難航した。

 石造りの教会は殴ろうが蹴ろうが少しも傷つかない。

 持てるものでは破壊できないし、破壊力のありそうな大きくて重いものは人間の力だと動かせない。


 どれだけブッちゃんに説明されようとも、ヘゲには人間であることの面倒くささや貧弱さが信じられなかった。

 もしこれが人間の実態なら、アガネアなんて今まで生きてこられなかっただろう。


「いやだから本当に人間なんてこんなもんなんですって。よく思い出してみてください。ヘゲさんも人界に行ったことくらいあったでしょう!?」


 とうとうブッちゃんが切れ気味に言うと、ようやくヘゲは黙った。本当は人界へ行ったことなどなかったのだが、なるべく知られたくなかったのだ。


 さらに試行錯誤を重ね、とうとうヘゲは“教会に火を放つ”という策にたどり着いた。

 しかしそれも最初はただ盗んだたいまつを投げ込むだけで、当然あまり燃えない。

 あっさり神父に見つかって失敗してしまった。


 そこから工夫を重ね、最終的に”まず神父を殺害。教会内の灯油をバラまいたうえで放火”という方法でとうとう教会を炎上することに成功した。


 内部からの炎でステンドグラスが割れ、天井が落ち、熱で石壁が崩壊するのを後にして、ヘゲは誰にも見られず滞在先へ戻った。


 ところが翌朝、ヘゲは村人たちに捕らえられた。

 あんな恐ろしいことが起きたのはこの余所者のせいに違いない。こいつは悪魔だ。

 というわけで火あぶりにされてしまった。視界を覆う炎の中に”Normal End”の文字。


「あれ? これって」

「クリアです。いちおう。教会の破壊には成功しましたが、自分が殺されてしまったので」

「……あ、火を放ってから村を出ればいいのね?」

「いえ、それだと追手が掛かって捕まり、やっぱりNormal Endです。ウチのテストプレイでNormal Endまで行った悪魔は何人かいるんですけどね。True Endまで行ったのがアガネアさんだけなんです」

「それって、どういう……?」

「ご自分で確かめないんですか?」

「ええ。もうずいぶん時間も経ってるし」

「あ、確かに。こりゃすみません。長々とお時間もらっちゃって」


 ブッちゃんの説明によると、アガネアは滞在先の確保までは行けたのだが、火を放って教会を焼くところまでは行けなかった。

 見当違いなことをあれこれやってはゲームオーバーを繰り返し、Normal Endは見ていない。


 横で見ていたブッちゃんがそろそろ諦めるだろうと思っていたとき、アガネアは急にぜんぜん違うことを始めた。

 村人たちに神父の悪い噂を吹き込みだしたのだ。


 ”神父は隠れて悪魔を崇拝している”

 “子どもが行方不明になったことがあったろうが、あれは神父が悪魔へ生贄にささげた”

 “教会も不浄の存在に汚染されており、いたるところに神への冒涜が隠されている”


 さらにはバチカン発行という身分証と指令書を偽造し、自分は堕落した邪悪な神父を処罰しに来たのだ、とまで言った。


 それからアトラクション内で数日が経過したとき、突然アガネアは“一度報告に戻り、援軍を呼んでくるから”と言い残して村を出てしまった。

 この不可解な行動の後、ブッちゃんは驚きに襲われた。


 アガネアが村から出ると画面が一転。村人と神父の対立がダイジェストで語られ、とうとうある日、村人たちが手に手にたいまつや農器具を持って教会を襲撃、神父を殺害して火を放ったのだ。崩壊する教会を背景に“True End”の文字。


「あんまり上手くいかないんで腹いせに神父の評判を落とそうとしたらシャレにならない空気になったから逃げだした、なんて冗談言ってましたけど。さすがにアガネアさんですよね。人間理解がハンパない」


 ブッちゃんの話を聞きながら、ヘゲはアガネアの説明がたぶん本当なんだろうと思った。


 けれど、そこで腹いせに神父の評判を落とそうだの、空気感がヤバいから逃げだそうだの、そのあたりが人間でないと出てこない発想だ。

 結果的にそれが上手くいった。裏返せばこのゲームを監修した悪魔たちが、じつに正確に「人間」というものを再現できていた、ということになる。


「Devil Modeは1回いくら、Human Modeは時間で課金すればいいんじゃないかしら?」

「あー。やっぱそうですよね。ありがとうございます。アトラクション自体の感想はどうでした?」

「没入感がすごくて驚いたわ。あと、すっかり忘れてたけど、人間ってただ生きるだけでこんなに大変だったのね」


 忘れていた、というよりも人界未経験なので知らなかったのだが、それは嘘偽りのない実感だった。


 もし自分が本当に人間になってしまったら──。

 おそらく長くは生きていけないだろう。あまりの制限の多さに発狂するかもしれない。

 疑似的なものとはいえ、人間として生きるというのはヘゲにとって、それくらい大変だった。


「いやホントそれですよ。僕のほかにもHuman Modeやった奴はみんな終わったらグッタリしちゃって。

 人間ってよくあんなんで平気ですよね。馬鹿で非力で。

 僕だって、最初はなんでこうなるんだって思いながらアガネアさんがTrue Endになるの見てたんですよ。

 けどあとから思い返せば、たしかに人間っていかにもああいうことになりそうですもん。村人たちの意味不明なくらいの愚かさとか。すっかり忘れてましたけど。あ、みんなそうだから逆に気にならないのかな」


 ひとりで納得するブッちゃんに苦笑するヘゲ。“意味不明なくらいの愚かさ”という言葉がなんだかしっくり来たのだ。


 “意味不明ナクライ愚カナ”、なんてアガネアの通り名としてはピッタリなんじゃないだろうか。

 少なくとも、“三界二恥無シノ”よりはずっと上手く本人を言い現している。


 アガネアがバカで、私にもバカなこと言ってくるのは仕方ないことかもしれないわね。人間だもの。


 そう思うと少しだけ、ヘゲはアガネアを大目に見てやれそうな気がした。なぜか気分が軽くなる。


 そんなわけで今日のヘゲことティルティアオラノーレ=ヘゲネンシスは、そんなに憂鬱ではなくなった。

次回、方法19-1:娯楽の終焉(ときには怒り狂いましょう)

※今日の夜に公開予定です。

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