方法18-4:半分の肉屋(素直になりましょう)
いきなりアシェトが椅子の脚を蹴った。
“半人前ノ”ヨーヴィルが椅子ごと横向きに倒れる。
そしてアシェトは足をヨーヴィルの角に乗せ、軽く体重をかけた。
シルクのスカートが太ももの付け根まで滑りあがる。
「関係者かどうか判らねぇやつを尋問すんのは難しくてな。まず、しら切ってんのか本当に知らねぇのかが判らねぇ。それに、アタリなら口割らせるのに拷問だろ。ところが、ハズレでも責めすぎると楽んなりたくて、知らねぇことをでっち上げて喋りだす。で、だ。どうすんのが正解か、わかるか?」
「わ、わか、わかりません」
小声で答えるヨーヴィル。
「は?」
「わかりません!」
「そうか。……正解はな。情報源として期待しねぇってことだ。関係者だった場合を考えて拘束はしとくが、保険でしかない。無関係って判りゃ詫び金払って放免。関係者だってことになりゃ改めて楽しい尋問。だからな。これからする質問は形式的なもんだ」
アシェトは足に込める力をすこし強めた。
「知ってることがあれば、全部話せ」
ヨーヴィルは目を閉じて深呼吸する。
「まず──」
「“まず”はナシだ。前置きも前提条件も取引もな」
「……フレッシュゴーレムミートを仙女園に卸す契約をしたのは本当です」
へ? どういうこと? なんでいまそんな話するの? ところがアシェトは最初っからそれを予想してたようにうなずいた。
「それで?」
「最初は断ったんですが、しつこくて。なんでも今年の仙女園のテーマが人間だそうで、その企画に加えたいとか。最後はコランバガーさんからも熱心に頼まれたので、1年だけで延長なしってことと、店頭売価の3倍の価格で買い取るって条件で。実際、それほど量は出ないだろうって話でしたし……」
「コランバガーってのはミュルス=オルガン評議員のか」
「そうです。開店当初からの上得意なんです」
「なるほどな」
納得したようにつぶやくアシェト。なにがなるほどなのかサッパリ解らない。
アシェトは角から足をどけると、椅子を起こしてやった。
「怖がらせちまって悪かったな。迷惑ついでだが、大娯楽祭が終わるまではここに居てもらうぞ。喋っちまった今となっちゃ、お前もすぐには外に出たくないだろ。従業員部屋に軟禁ってことにはなるが、多少の自由や差し入れは許してやる。ヘゲ、あとは任せた」
最後で華麗に丸投げすると、アシェトは部屋を出ていった。
「じゃあ、誰か寄越すからここで待っていて」
ヘゲちゃんもワタシと部屋を出る。
「結局いまのって、どういうことなんです? なんで急にあんな話に?」
「さあ? アシェト様も言ってたけど、現状で“半人前ノ”ヨーヴィルは情報源と見なせない。もしあの話が本当なら、ヨーヴィルは百頭宮が仙女園の動向を確認するため拉致されたとでも考えてるんでしょうね」
「でも、向こうのテーマがウチと一緒でしたよ」
「そうね。ただ、ここ最近のこちらを見てれば今年のテーマが人間ってことは予測できる。仙女園があえて同じテーマで勝負を掛けてきたのかもしれない。お互いにこれまでもそういう年はあったの。ヨーヴィルがこちらのテーマを聞いてでっち上げたのかもしれないけど」
「あの状況で嘘ついたりするんですか」
「もちろん。その可能性はいつだってある。誰だって、どんな理由でだって。人間も同じでしょ?」
それはそう、なのかな。あんな極限状態の人間、実際には見たことがないからなあ。
「それはそうと」
「はあ」
「上に立つ者はスタッフのやる気を高めはしても下げてはいけない、と日ごろアシェト様が言ってるの。だから、さっき助けたお礼を言われたとき、素っ気ない態度だったことは謝るわ。……あんな緊迫した忙しいときに、後でもいいこと言わないでちょうだい」
それ、謝ってるのか喧嘩売ってるのか、それとも混乱してるのか照れ隠しなのか──。
「ヘゲさん」
「なに?」
「カワイイっすね」
抗議するヘゲちゃんを置いて、ワタシは厨房へ急いだ。
次回、番外7:ご自慢ヨーヴィル
※23時すぎくらいに公開します。