方法16-4:昨日の敵は今日も敵(無駄な抵抗はやめましょう)
ヘゲちゃんとティルを誘うのは簡単だった。
二人ともアシェトの名前を出したらあっさりオーケーしてきた。
いかにも気乗りしなさそうだったけど、知ったことか。
予約もちゃんと取った。
まず個室は却下。怒り狂ったヘゲちゃんがティルを殺して転移で姿を消し、ワタシを閉じ込めるなんて展開になりかねない。
そうなったらリアル脱出ゲームだ。しかもヘゲちゃんが魔力でドアを封鎖してるだけなのでスタート直後に詰むという。
オープンフロアは全3層。それぞれ趣向を凝らした演出になってる。
1層目は人気の定番、地獄。
百頭宮は地獄と提携していて、リアルタイムで地獄の様子が360度投影されてるんだとか。
残り2層は月替りで、今月は幽霊の行進とサーカスの夜。
落ち着いて話ができそうなサーカスの夜を選ぶ。
なにげに店舗側へ来たのは初めてだったけど、予想以上にすごかった。
接客スタッフたちは普段見てるのとは別人みたいにしっかりしてるし、内装のクオリティも高かった。
フロアの中央には大きなサーカスのテント。
周囲にはアメリカだかヨーロッパふうの縁日。飲食の屋台や射的なんかのアトラクション。小さな観覧車やミニジェットコースター、メリーゴーランドなんかもある。
ただどれも悪魔好みのデザインなので、メリーゴーランドなんかは馬の代わりに、串刺しになってもだえ苦しむリアルな人間が回ってたりする。
あちこちに小さな小屋もあって、そこもアトラクションだったり見世物小屋だったり。
そしてその間にベンチやテーブル席なんかがバランス良く配置されてる。
天井は星と満月の輝く夜空にしか見えなかった。
客は屋台で買ったものを飲み食いしてもいいし、席にあるメニューを見てちゃんとした食べ物や飲み物を注文してもいい。
そこそこに混んでいて、みんな楽しそうにしてる。
けれど、初めてのワタシが見ても判るくらい、どうも盛り上がりきらない感じだった。
これがヘゲちゃんの影響なんだろうか。
なかでもワタシたちの席は最悪だった。
「そろそろ1週間になるけど、仕事の方は順調? アシェト様を邪魔してばかりでまともにやってるようには見えないけど。こんな部下を持ってダンタリオン氏は大変ね」
「補佐役が酒浸りのお姐さまの方が大変ですよ」
か、帰りてー。ここぞとばかりに険悪になるのはやめてほしい。ワタシがストレスで死にそう。
さっきから二人とも黙々と酒を飲み、食事をし、たまに口を開いてはディスりあう。
ワタシも最初はソフトドリンク頼んでたけど、とてもしらふじゃいられないので早々にお酒に切り替えた。初めて飲んだけど蜂蜜酒とかいうやつ。本当に甘くて飲みやすくて美味しい。
美味しいといえば料理もレベルが高い。
毎日食べるならベルトラさんの家庭的というか下町の食堂みたいなのがいいけど、たまにはこういう洗練されたのもいい。
なんだか判らないけど、この柔らかいカマボコに緑のゼリー乗せたようなのも美味しいな。
こんな状況なので酒も料理も進む進む。
お金の心配もいらないし、この二人さえ居なきゃ最高なのに。ベルトラさんと一緒に来たかった……。
「まあ二人ともアシェトを慕ってるってところは同じなんだから、同じ気持ちを持つ悪魔同士の出会いにカンパ──」
「「一緒にしないで」」
なぜそこハモる。
「だいたい、肉親を自称することで踏み込んでこようとする魂胆がどうかと思うのよね」
「仕事を口実に努力しないでベッタリしようって根性もどうかと思いますけどね」
「そういえば、今年は大娯楽祭が向こうだから、囲む会やるの?」
「もうやりました。ヘゲさんが難癖つけてくるから実行委員の娘が大変そうで」
「アシェト様の都合に対していちいち配慮が足りなかったからでしょ。そういうのを食い止めるのも副支配人の仕事なの」
いかん。なにか言うたびドツボにはまってく。
他の席ではホストやホステスが来たりしてるのに、こっちには誰も来ない。というか、みんなこっち見ないようにしてる。
フレッシュゴーレムも異様な空気を察してるのか近づいてこない。
ナウラだけがワタシたちに気づいて来てくれようとしたのに、どこからともなく現れた世話役のイカばあさんに止められてた。
それでも遠くから手を振ってくれたあたりに人気の秘密が。
というわけで死のリーグみたいになってるこの状況を打開するには、もうあれしかない。
ザ・マンツーマン。
「ワタシちょっと席外すから」
そう言うと立ち上がる。不自然に見えようが気にしない。
ワタシは離れた場所まで来ると物陰に隠れた。
そこからそっと顔を出して二人の様子を観察する。
「お客様、どうかされましたか?」
後ろから声をかけられ、あわてて振り返る。
そこにいたのは顔見知りの悪魔だ。
「なんだ、アガネアさんじゃないっすか。チュス。どうしたんすか?」
ワタシはヘゲちゃんたちを指差す。
「あれはキチーっすね。アガネアさんも近づかないほうがいっすよ」
「あれ、アシェトに言われてワタシが連れてきたの」
「マジすか? アシェトさん、相変わらずひゃっぺぇっすね。パねー」
ワタシたちの見守るなか、ヘゲちゃんたちはひたすら酒を飲み、料理を食べている。
「んじゃ、オレはこれで。チュスチュス」
「はいはいチュスチュス」
再び一人で監視に戻るワタシ。
しばらくするとティルが笑顔で何か言った。ヘゲちゃんも微笑んで答える。すると今度はティルが……。
二人はにこやかに会話を続ける。話が弾んでるみたいだ。
ひょっとしてこれ、ワタシいない方が良かったのかな。
と思ったら笑顔のヘゲちゃんがグラスの中身をティルにぶっかけた。
全然大丈夫じゃねー。ワタシはダッシュで席に戻る。
次回、方法16-5:昨日の敵は今日も敵(無駄な抵抗はやめましょう)




