方法16-3:昨日の敵は今日も敵(無駄な抵抗はやめましょう)
その日はまだ続きがあった。
仕事を終えてベルトラさんとスタッフホールで一休みしていると、今度はティルが近づいてきた。
あたりをキョロキョロしてるのはヘゲちゃんがいないか気にしてるんだろうな。
「あの、ちょっといいですか?」
「なに? 手短にね」
ベルトラさんと過ごすこの時間は数少ない癒やしタイムなんだから。
「ヘゲさん、やっぱりどういうわけか私のこと嫌ってるみたいなんですよ。私がお姐さまと居るとすごい視線を感じて、見るとヘゲさんが冷ややかな顔でこっち睨んでるんです。気になってお姐さまに集中しきれなくて困ってるんですよ」
なるほど。ティル目線だとそうなるのか。
というかアシェトに集中できなくて困るって、あんた本来の任務はなんだったのかと問い詰めたい。
「それで?」
「擬人に目をつけられるってやっぱり身の危険も感じて怖いですし……。そこで同じ擬人同士でよく一緒にいるアガネアさんからなにか言ってもらえませんか?」
「それならいいアドバイスがある。アシェトと過ごすのをやめればいいと思うよ」
「ムリです」
即答。イヤとかダメとかじゃなく、ムリと来たか。
「ギアの会の方たちからたくさん話を聞かされて、私もアガネアさんがどれだけ素晴らしい悪魔なのかよく解りました。そんな立派なアガネアさんの話なら、ヘゲさんもきっと耳を傾けてくれると思うんです」
ギアの会のみんな、ちゃんと言いつけどおりティルにワタシのことを聞かせまくってるみたい。よしよし。
そして、そんな見え透いたお世辞に引っかかるほどチョロいのがワタシです。
「約束はできないけど、話すくらいなら」
「本当ですか!? さすがです! ありがとうございます」
よし、これで満足した。あとはもうどうでもいいや。
ティルの敗因は今もうワタシを褒め讃えちゃったことだ。
「そもそもあの人、お姐さまの補佐役ですよね。なんだかお酒臭いしサボってるみたいだし、ちゃんと仕事してるんでしょうか」
してたよ。おまえが来るまではな。
「さあ、ワタシはそのへんはあんまり」
「そうですか。あれなら私の方がよっぽど……」
ティルはごまかすように咳払いした。
「あと、ギアの会のみなさんにアガネアさんの話はもう結構ですとお伝えください。みなさんお忙しいでしょうから、私のためにわざわざお時間割いていただくのも申し訳ないので」
ほほう。それはなんとも立派な心がけ。
よし、今度はギアの会の集まりにティルを呼ぶよう頼んでおこう。ティルは奥ゆかしいから全力で遠慮してくるだろうけど、絶対に諦めないよう言っておかないと。
成功したらさっきヘゲちゃんに作ったサラダを出すとか言えば、たぶん拉致ってでも参加させるはず。ティルの喜んでみせる引きつった笑顔が目に浮かぶ。
次の日ワタシは休みだった。そう、ワタシにもちゃんと定休日があるのですよ。
“人間には安息日ってのがあるだろ。それにおまえ、週イチくらいで休ませないと倒れそうだしな”と
いうベルトラさんのありがたい配慮のおかげだ。そのベルトラさん自身は年中無休で働いてる。
あまりにも疲れてるせいで休みの日はほぼずっと寝てる。夜早くに起きれたことなんてない。
「おい、いるな?」
いきなりアシェトが入ってきた。やたら大きな声に目が覚める。時計を見るとまだ21時だ。
「おまえ今日は休みだろ。ヘゲとティル誘ってうちの店に来てくれ。これやるから」
「あい?」
受け取った金色のチケットには“百頭宮グレーターVIP優待券”と書いてある。
裏を見るとどうやら飲食宿泊娯楽、すべて無料という太っ腹なチケットらしい。
1枚で5人まで有効。
「わざわざ客のフリするんですか?」
「フリ? 客として来るんなら客だろうが」
この人、スタッフ割引という概念が存在しない退屈な世界に生きてるらしい。
「でも、どうして」
「いやな、あの二人仲悪いだろ。困ってんだよ。それにヘゲの調子が悪くて仕事は進まねぇし店の空気もなんか重くて売上がイマイチだし。こういうときゃ酒でも呑んで腹ぁ割って話しゃお互い解り合えるってもんだ。な?」
なんという脳筋マネジメント。発想がヤバすぎて吐きそう。
おまけにその自信に満ちた笑顔。いや、相変わらずお美しいけどさ。
「自分で連れてったほうが良くないですか?」
「いや、それじゃ普段と変わんねぇだろ。あの二人と親しいお前の方がお互い遠慮もねぇ」
なんで飲み会のセッティングだけちゃんとできるんだ。
「じゃ、あとは任せた」
そう言い残して颯爽と出て行くアシェト。相変わらずの丸投げ力だ。
次回、方法16-4:昨日の敵は今日も敵(無駄な抵抗はやめましょう)