方法14-4︰そういうアレではない(契約は守りましょう)
向かった先は創作料理を出す、こじゃれたバーだった。
「ウチのグループ店なんですが、少し前にシェフが変わって、人気急上昇なんです。ライネケさんがスカウトした悪魔だそうです」
たしかに、まだ早い時間なのに店内は満席だった。あの悪魔、そんなこともしてるのか。
というか、いま気になるフレーズが。
「グループ店?」
「あれ? 知らないんですか? 百頭宮と仙女園はそれぞれお互いの縄張りの中でいろいろな店や事業を展開してるんですよ。
議会もそれぞれ三分の一ずつ抑えてますし。万物市場が中立地帯にあるのも、そういった事情があるんです」
アシェトが“総”支配人だったり、これまでにも“グループリーダー会議”がどうこうって話が聞こえたりしてたから、なんとなく想像はしてたけど。
「あのアシェトさんがねぇ」
ワタシの言葉に驚いたような顔をするロビン。
「そうか! アガネア様はアシェトさんの個人的なお友達だから、逆に実感ないんですね!」
「どういうこと?」
「あの人はすごい悪魔ですよ。たしかに細かい経営や実務はあまりされませんが、そういうのが得意な、有能な悪魔を上手く統率することについてはたぶん魔界でもトップクラスです! こういうの、なんて言うんでしたっけ。将に将たる器、でしたか」
なんだろ。魔界格言かな。
「一軍を率いる将軍には向いてないけれど、そうした将軍たちを率いる総大将には向いてるっていうあれです。なので普通の経営者とは全然違いますし、アガネア様がピンと来ないのも無理ないと思います!」
力説されても納得いかない。けどここは、話に乗っかっておいた方がよさそうだ。
下手に反論したら、熱く論破しようとしてくるに違いない。
「なるほどね。それじゃ個人どうしで友達付き合いしてると解らないかも」
「きっとそうですよ。それで僕は、いつかアシェトさんに認められてグループ長になるのが今の目標なんです!」
あ、この話まだ続くの?
「今の僕は清掃係ですが、グループ傘下の清掃会社からの出向なんですよ」
ワタシはロビンの語りを聞き流しながら食事を続ける。あ、このところてんみたいなの美味しい。
「それでですね。百頭宮への出向というのは出世コースなんですよ。行って本店とパイプを作ってこいっていう」
変に話題ひっぱると思ったら、これが言いたかったのか。
男がやりがちな、本人だけさりげないと思ってる自慢話とアピールタイムが合体したような。
それにしても、自分イケてるトークの内容がこれとか、おまえ昭和か。
タニアじゃないけど、本当に悪魔か疑いたくなる。
「あのさ、ロビン君」
「なんでしょうか!?」
あらたまった口調のワタシに背筋を伸ばすロビン。
「このピザチーズって何だと思う?」
「へ? あ、これは焼きたてのピザを沈めて発酵させたチーズだったはずです。珍味、ですね。はい……」
渾身のアピールをどうでもいいことでスルーされ、ちょっと気落ちするロビン。
あとで脳内反省会するときにでも、何がマズかったか解るといいね。
怖いもの見たさで注文したピザチーズはたしかに珍味だった。珍プレー的な意味で。
食事を終えて馬車で百頭宮へ戻ったのは11時。
前日ほとんど寝てないので、部屋の前まで来たときにはフラフラだった。けっこう強い方なのに、お酒が回ってる。
「今日はありがとうございました! ご案内できて本当に楽しかったです!」
「こっちこそありがと。おかげですごくいい休日だった」
「そう言ってもらえて、僕も嬉しいです!」
ニッコリと笑うロビン。
「それでその、衣装の返却なんですが……」
「これってくれたんじゃなかったの?」
どういうこと? 衣装部から借りてきたとか?
「いえ、ちゃんとメッセージカードに……。あっ! ひょっとして僕、書き忘れてましたか!?」
テメーコノヤロー! 絶対わざとだと思いました。
「それはお貸しして、今日一日の思い出に僕がもらおうと思ってたんです。あー。緊張してて書き忘れたのかな」
嫌な予感がする。
「じゃ、じゃあクリーニングに出して返ってきたら渡すから。それじゃ、おやすみ!」
「待ってください!!」
そこから飛び出す元気な土下座。悪魔にも土下座って文化があるんだなー。じゃなくて。
「どうかその服、脱いだのそのままもらえないでしょうか!? 一生の思い出の記念に大事にしますから!」
「はぁ!? ダメに決まってるでしょ! それでホイホイ渡せるなら洗濯係いらないっつーの!」
まあ、貸しただけって言われたときから、こういう流れになりそうな気はしてたけどね。
「そこをなんとか! 一部だけでもいいので!」
ロビンは土下座のままジリジリ距離を詰めてくる。落ちて転がったシルクハットには目もくれない。
「一部でも全部でも、嫌なものは嫌! フィナヤーたちに言いつけるよ!」
「彼女たちならきっと理解してくれます!」
う……。それありそう。
まったく。悪魔が欲望に忠実なのはよく解ってるけど、どうしてこう好青年でも変態モードとナチュラルに行き来するのか。
「じゃ、ヘゲちゃんに苦情出すからね!」
出したらどうなるってわけでもないけど、いちおうスタッフたちからは恐れられてるみたいだから名前を出す。
「かまいません! アガネア様の脱ぎたて衣装が手に入るなら、僕はどんな責めにも耐えられます!」
「けど、それって最初にワタシがオークションに出した脱ぎたての服と同じことじゃないの。やっぱダメだよ」
「同じじゃありません! なに言ってるんですか!」
本気で怒られた。
「それは──それは僕がアガネア様の初デート用に選び、今日という特別な日を共にした至宝。オークションに出していただいたのとは全然別物です!」
それってロビン的にはむしろ前回よりグレード上がってるじゃないの。
それを今日の落札金額に含めて手に入れようなんてムシがよすぎる。
いや、そういう問題じゃないけども!
「いま、僕がアガネア様を怒らせて瞬殺される瀬戸際にいるのは解ってます。ですがそれを逃すくらいなら、今ここでひと思いに殺されてもいい」
ロビンはゴリゴリと絨毯に額をこすりつける。
困った。これ絶対に諦めない。
もしいま他の悪魔が通りかかって助けを求めても、たぶん笑って相手にしてくれない。
うーん。しかたない!
「100ソウルズ」
ハッとしたように顔を上げるロビン。
「あなたの熱意にワタシも感動したから、100ソウルズ払うなら脱いだのそのまま持って帰っていいよ。あなたの言葉が本当なら、それくらいの価値はあるでしょう?」
決してデート商法とか、風俗のオプションみたいなものではない。
自分でもなんでそんなこと知ってるのか判らないけど、とにかくこれはロビンの覚悟を問うためだ。
ぐっと言葉に詰まるロビン。
「ぶ、分割でもいいですか?」
悪魔は基本、貯金という概念が薄い。
まとまったお金が口座にあっても、それはたんに何となく余った分が残ってたってことでしかない。
けれど、ここで甘やかしたらダメだ。
「分割なら利息を乗せて110ソウルズ」
……いや、ね? ほら。厳しい態度で臨まないとね?
「……わかりました。110ソウルズなら安いものです」
なら分割すんなと言いたい。
どこからかヘゲちゃんが現れた。手には書面を持ってる。
見ればそこには“分割払いに関する覚書(古式伝統協会監修)”の見出し。
一言も喋らず流れるようなスムーズさでワタシとロビンに署名をさせると、ヘゲちゃんは書面を持って姿を消した。
なんなんだ。助かるけど。
よく考えたら勝手に契約内容作って持ってくるとかすごい話だ。
確認しないワタシもワタシだけど、なんとなくヘゲちゃんなら変なことはしない気がする。
正式に契約しちゃった以上はしかたない。魔界じゃ契約は命より重いのだ。ワタシは覚悟を決めると部屋に入って着替えた。
ワタシの着てた服の入った大きな袋を渡すと、ロビンは中を確認した。
そして袋の口に顔を当てて胸いっぱいに息を吸い込むと、至福の表情を浮かべて帰っていった。
あんな嬉しそうな人、見たことない。こっちは少しも嬉しくないけどね。
さて、110ソウルズ分で何を買おうかな。
ロビンがすでにあちこちの分の天引きを抱えていて、ワタシの入金が始まるのは何年も先と知ったのはもう少し後のこと。
なー。悪魔っていっつもこうなー。
次回、方法15-1:みんな知ってるダンタリオン(知識は応用しましょう)
※誤字修正しました。