方法12-6:牧場クエスト(クエストは禁止)
封筒の表には流麗な筆跡で"アガネア嬢へ"と書かれている。
裏には"あなただけの特別なオファー! 今だけ!!"の文字。
スパムメール?
「ここで読んでも?」
「どうぞ」
気を遣ってかマガジンラックから新聞を取り出して読みはじめる。ワタシは封筒を開けると手紙を取り出した。
"親愛なるアガネア嬢へ
チャオ! 先日はラズロフ兄弟社で会ったのに、ろくな挨拶もできずすまない。
善男善女の社交場、悦楽の宝庫といえばおなじみ仙女園のタニアだ。
キミの監修したフレッシュゴーレム、すごい評判じゃないか。ウチに来る客もあれの話をしているよ。
そこで、キミのその特別な才能をもっと活かす仕事をしてみないか? 具体的にはウチへ移籍してほしい。
担当するのはフレッシュゴーレムプロデューサーのポジション。
フレッシュゴーレムごとの個性を見極めて、その魅力が最大限に発揮されるよう磨き上げる仕事だ。
ノルマはなし。最初から大きな裁量を持ってもらう。スタートから幹部級の待遇を保証するよ。
まかないキッチンの下働きよりはるかにいいはず。それだけ私たちがキミを評価しているということだ。
どうだろうか? 私たちと成功へのビッグチャンスの扉を開いてみないか?
くわしい情報を知るには、同封の小切手に60万ソウルズと記入してサインをしたうえで、これも同封の返信用封筒にて送ってくれたまえ。換金できしだい連絡するよ。
……というのはジョークだ。驚いたかい? ハッハッハ。
もちろん「くわしい情報を~」云々は冗談にしても移籍のオファー自体は本気だ。
もし要望や移籍にまつわる課題があるなら、最大限の支援も約束する。
すぐに返事をしなくていいから、考えてみてほしい。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
仙女園タニア
追伸:当店は未経験者歓迎、若手が多数活躍する風通しのいいアットホームな職場だ。
体験入店可、面接時交通費支給、アリバイ会社あり。どうか安心してくれたまえ。”
最後まで読んでも、特におかしなことは起きなかった。
ただ、これ、えっと、マジメに書いてるんだよね? どういうセンスしてるんだ。
ビジネス詐欺の勧誘と普通の会社の求人とブラック企業の求人と風俗店の求人が混ざったような文面なんだけど。
──なんでそんなことが判るのかはワタシにも謎。深く考えてはいけない。
ともあれ、ワタシを引き抜きたいってことか。
現状だと考えるまでもなくお断りだし、この手紙の文面を読み返すとなおさら否、だ。
「読み終わったか?」
メフメドが新聞から顔を上げる。
「はい。ありがとうございました」
「そうか。じゃ、オレはこれで」
新聞をたたんでマガジンラックへ戻すと、メフメドは部屋を出ていこうとして足を止めた。
「あ、そうそう。ミュルス=オルガンにもウチの支部があるから、もし協会に入るんならよろしくな。
俺の名前を出してくれれば優遇される、はず。んじゃーな」
軽やかに手を振ると、メフメドは帰っていった。やっぱなんかカッコいい。
あんな悪魔がギアの会にも一人くらい入ってこないかなー。
そしてこの手紙、どうしよう。
その辺に捨てて誰かに読まれても困る。しかたがないのでポケットに入れるとワタシは部屋へ帰り、今度こそ本当に寝た。
翌日。寝てたのはワタシくらいで他はみんなずっと飲んでたらしい。
18時集合って言われてたのに、なんか遅刻したような空気になってた。しかもみんなかなり酔ってる。
「さあアガネアさんも来たところで、お待ちかね肉羊の出荷作業です!」
「ウェイヨーっ!」
なんなのこのノリ。ワタシが寝てる間になんかあったんだろうか。
田舎で若者が夜通し酒飲んで、明け方に海へ花火しに行こうぜ的な。
そして肉羊の放牧場へ移動。といってもそこは果てしなく拡がる森林の脇にある草原でしかなかった。
「よしじゃあみんな、今日もはりきって行ってみようか! なるか記録更新! ヒア〜ウィ〜ゴォ〜ウッ!」
ランパートの合図とともに、いっせいに駆け出す従業員たち。
「ウチの放牧地はそこの森林を含む100キロ平方くらいの広さがあります。
周囲には柵の代わりに結界が張られていてますが、環境に配慮して出入りできる悪魔や生物を決め、かなり細かく管理しています。
これだけ広い自然の土地を一律に通り抜け不可にしたら、生態系がおかしくなってしまいますからね」
説明モードになったランパートはさっきまでが嘘のようにしっかりしている。環境に配慮してますよアピールも抜け目ない。
「ずいぶん広いな」
「運良く、割安で確保できましたのでね」
「ハートフルファーム系はどこも広いんだったな」
「そうです。アウグストなんてここより遥かに広い土地でやってます。まあ、あそこは肉羊の以外もいろいろ手掛けてますが。
ともあれそれで、まずは追い手と呼ばれる探知系や速度に優れた悪魔のグループが森の中から肉羊の群れを草原へ追い出します。
すると誘い手と呼ばれるグループが特定の方向へ誘導。その先で待つ仕留め手たちが電撃系の魔法なりサンダーロッドなりで肉羊を感電死させます。
ここでもあれこれ試してはみるんですが、やはり電気ショックが一番肉の味を損ねないんですよ。
切ったり刺したりは可食部分を傷つけますし、毒殺は論外。窒息死も味が落ちます。
そしてその肉羊を回収するのが集め手。もっとも危険でもっとも給料のいい奴らです。精鋭部隊ですな。体が大きかったり、防御力の高い悪魔が多い。ベルトラさんたちならこんなことは全部ご存知でしょうが」
もちろんワタシは初耳だったけど、ベルトラさんと一緒にうなずいておく。
「私は行きますが、お二人もどうです。生きの良さが間近に感じられますよ」
するとベルトラさんはワタシの肩を叩いた。
「良かったじゃないかアガネア。クエストだぞ、お望みの。デデデン! 制限時間内に肉羊を十匹討伐しろ! なんてな」
そして笑うベルトラさんとランパート。どうにも酒臭い。
「遠慮しときます。いくら肉羊でも、ワタシはもう、この手で他の命を奪いたくないんで」
少しだけ憂いを帯びた調子で言う。
ほらほらベルトラさん。ちゃんと設定を応用した受け答えですよ! って、やっぱ気づいてないなこりゃ。代わりにランパートが食いついてきた。
「さすがは"三界ニ恥ナシノ"アガネアさん。夕方からトバしてますな」
あー。悪魔の文化じゃ非戦とか平和主義ってちょっと変態っぽいんだっけ。
よく考えたら設定を踏まえた発言してると、ますますワタシのド変態という評価が不動のものになっていくんじゃないの、これ。
色々とごまかすためにしかたなかったとはいえ、構造的欠陥ですよ。
ベルトラさんはワタシの二つ名を知らなかったみたいで、盛大に吹いてた。この地方だけのローカルな呼び名だったらいいなあ。
「あたしは参加させてもらうよ。誘い手で」
「では一緒に行きましょう。あ、そうそう。もしかしたら途中でちょっとしたサプライズがあるかもしれませんが、危険なことはないので安心してください」
サラリと不安になるようなことを言って、ランパートたちは行ってしまった。
次回、方法12-7:牧場クエスト(クエストは禁止)