方法12-5:牧場クエスト(クエストは禁止)
ちょっと移動してはトンボであたりを探り、また移動してを繰り返していく。
トンボにタマネギが食いついたらそれを歩いてソリまで運ぶんだけど、あまりに歩きたくなかったからトンボを少し持ち上げてタマネギの姿がチラッとでも見えたら、また砂の中に突っ込んで逃がしてやってた。
ベルトラさんは筋力のおかげで苦もなく従業員に交じってタマネギを収穫している。
厚皮をむいて生のままかぶりついたりもしてた。
「強烈な辛さが一瞬抜けて、あとからタマネギの香りとほのかな甘さ。このコロニアルってのはなかなかいいな」
なんて充実した時間を過ごしてる。
それでいて砂に足を取られた私が転びそうになると、すかさず襟をつかんで倒れないようにしてくれる。
そのたびに首が締まって“クエっ”とか“ぐげ”とか怪鳥みたいな声が出るんだけど、むき出しの手を砂に突っ込んでタマネギに血を吸われるよりかはマシだ。
「アガネアさんはこういうの苦手なんですね」
さわやかに笑うヒューゴにはすきを見て、砂目つぶしをくれてやろう。
「大秘境帯での暮らしが長かったから、どうも砂地でのバランス取りになじめなくって。あそこは岩場と硬い土ばかりでしょう?」
とりあえず擬人としての設定を応用して言い返しておく。
どうですかベルトラさん、見てますか? ワタシだってこれくらいの機転は利くんですよ、って見てねえな。
タマネギ畑で体力の限界を迎えた後は歓迎会。従業員も全員交えてのバーベキューだった。
羊の肉に新鮮な野菜。焼き立てのパンには自家製バターを添えて。もちろんミルク酒にチーズもある。
さっと火で焼いて塩コショウやらビネガーソースをかけるだけなんだけど、食材はどれもこれも美味しかった。
空腹のせいだけじゃない。
ふだん第1厨房で仕入れているものとは大違い。さすがは名門の精神的後継舎で、高級ブランド化を目指すだけのことはある。
しかしここでみなさんに残念なお知らせがあります。
魔界には焼肉のタレがありません。もちろんしょうゆも、つまりはポン酢ダレも。これマメな。
そんなこんなでたらふく食べて飲んで、飲めや歌えの牧場らしいワイルドなパーティーは盛り上がるばかり。
ベルトラさんも楽しそうに笑っては野菜スティックをつまんだり酒をあおったりしている。
もちろん肉も忘れない。つまりワタシはもう活動限界です。
牧場の悪魔たちはワタシも悪魔だと思っているから、寝ないとだめだなんて考えていもいないだろう。
どうしよう。どっか部屋の中に引っ込んで寝ちゃおうか。
いやでも誰かが心配したら面倒そうだし。
今にも居眠りしそうな私に気づいて、ベルトラさんはランパートに声をかけた。
「さっきも言ったが、もう10時だ」
「ええ。解ってますよ。アガネアさんは規則的な生活習慣を重んじられ、11時には寝てしまうんでしたな。
今日くらいは、とも思いますが悪魔それぞれ信念というのは大事ですからね」
さすがベルトラさん。いつの間にそんな話を。さりげない気遣いに、デキるビジネスパースン的なオーラが漂ってる。
どうしてそんなに気が利くんだろう。そりゃみんなベルトラさん頼るようになるって。
アシェトやヘゲちゃんもこの万分の一でもいいから見習ってほしい。
「ベルトラさんはどうされます?」
ランパートが尋ねる。
「来賓がみんな帰るわけにもいかないだろ」
「さすがですな! ささ、もっと飲みましょう」
盛り上がる酔っ払い二人を残して、ワタシは引き上げた。
シャワーを浴びて着替えてベッドへ。例のベルトは枕元に。
早くも全身筋肉痛の予感がする。
横になろうとしたところで誰かがドアをノックした。
「アガネアさん。お客様なんですけど……」
入ってきたのはさっきタマネギ収穫の時に見た従業員の一人だ。
「誰?」
「えっと、近くの村の協会の人なんですが、直接お渡ししたい預かりものがあるとかで」
話を聞いてみてもさっぱり心当たりがない。ワタシはベルトを腰に巻くと、応接室へ向かった。
待っていたのは「荒れ地の同盟支部」とかいう古式伝統協会支部の悪魔だった。
名前はメフメド。無精ひげの似合う、ちょっとカッコいい中年男性の姿をしている。
「急にすまない。じつはよその支部からこれを渡してほしいって頼まれてね」
一通の手紙を差し出してくる。普通のしゃべり方をしてるけど、本当に協会の人なんだろうか。
みんながみんな契約話法で話すわけじゃないって言ってたけど。そんなことよりも。
「これって有料ですか?」
「無料だよ。どんな対価も必要ないし、前提条件やこれを受け取ることで成立するような合意事項はない。ここに誓った」
それでもワタシは手紙を受け取らない。
「おいおい。ちゃんとここに来る前に事務所で魔力探知機にかけてきたって。特に何も検出されなかった。
こっちとしても暗殺やもめごとに巻き込まれるのはご免でね。
あんた、あの"三界ニ恥ナシノ"アガネアさんだろ。あんたみたいな有名人なら変な手紙だって可能性もあったからさ」
「三界ニ恥ナシ?」
「魔界、人界、天界の三界どこにもいないくらい羞恥心がないって意味の二つ名だ。
すくなくともこっちの新聞じゃそう書いてあったぞ」
へぇ、ほぉ、ふふーん。ワタシってばそんな有名人だったんだ。その二つ名は不許可だけど。
というか、どんな記事になってたんだろう。知りたいような、知りたくないような。
そこでようやくワタシは手紙を受け取った。
次回、方法12-6:牧場クエスト(クエストは禁止)