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チートも無双もないけれど。魔界で死なないためのn個の方法  作者: ナカネグロ
第1部:新生活応援フェアってないの?
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方法7-1︰むしろ囲まれる会(設定資料集を読まないなんて、とんでもない)

 囲む会を開く。意味がわからない。囲む会って、あれ? ゲストをお迎えして楽しくおしゃべり的な?


「アシェト様も言っていたように、あなたの売りは決まった。手始めにVIPのみなさまでセリをしていただき、上位3名と短時間だけど歓談ならびにツーショット写真の撮影会を行うことにしたの」

「ワタシの意向は?」

「ありません」

「いや、あるんですけど」


 ヘルズヘブンでの記憶が蘇る。

 大勢に見つめられ、自分でなんとかするしかなくて、なのに頭が真っ白になる。

 みじめさ、不安、恐怖。


 ワタシがこうやって心の中でヘラヘラふざけてるのが、そうした気持ちをごまかし、フタをするためでもあるってことには気づいてた。

 けど、それが通用しないとあんなにダメになるなんて、自分でもショックだった。

 もしかしたら人界にいたとき、似たような状況があったのかもしれない。


 そんなワタシの気持ちをよそに、ヘゲちゃんは言う。


「アガネア。魔界は金と社会的地位が複雑に絡みあった縦社会。でも、一つだけシンブルなことがあるの。それは、両方で劣る悪魔は上の言うことに絶対服従ということ。

 だから、私がないと言えばない。それが嫌なら少なくともどちらかで私を上回ればいい。単純なことでしょ?

 ただし、あなたは接客未経験。人間関係も蟻以下だし、設定も不十分。このままではお客様を楽しませられないだけではなく、気まずい沈黙の続く時間の中で追い詰められて自爆的にボロを出すことは明白」


 ちょっと。不安を煽るのはやめてよね。

 いいの? そんなことして。ストレスで体調崩すよ? 自分でも生々しく想像できちゃうあたり、ヘゲちゃんの予想は確かだけど。


「そこで予行演習をかねて、“あなたの”七使徒(プッ、クスクス)と囲む会を開くから」


 おい、いま笑わなかったか。“ワタシの”七使……。ななし……。

 あー、いかん。まともな精神状態じゃ恥ずかしくて言えないわ。ひょっとしてこれ、新手の精神攻撃なんじゃないの?


 ヘゲちゃんがどこからともなく1冊の本を取り出した。大きめの画集くらいのサイズで、厚さは辞書くらい、革装で鋲まで打ってある。魔導書とかかな。


「“擬人”アガネアの設定資料集を作ってみたの。少しだけど巻末には想定問答集も収録。豪華革装限定2部」


 え? これワタシの設定資料集? これが? なんかそういうレベルを超えてるんだけど。

 っていうか、ヘゲちゃん暇なの? あ、字がすごく大きいとか?


 ワタシの考えを察したように、ヘゲちゃんは中を開いて見せる。

 なんか小さな飾り文字がびっちり。ところどころに手書きっぽい図版やイラストもちりばめられているが、数は少なそうだ。

 うわぁ。重度の設定厨とワタシが好きすぎるのと、どっちなんだろう。


 ヘゲちゃんが本を差し出すので受け取ろうと手を伸ばし、途中で止めた。


「これ、いくら? 有料ならいらないけど」


 危ない危ない。これだけの本だ。うかつに受け取ったら最後、80ソウルズ払えとか言われかねない。ワタシも学習するのだよ。


 見た感じなんの変化もないのに、ヘゲちゃんは少し悔しそうに見えた。


「無料に決まってるじゃない」


──たぶん金取る気だったんだな。


 ワタシはようやく安心して本を受け取る。重くて片手で持てない。


「囲む会の開催は10日後。場所は七使……あれのクラブハウス。その場で嘘がバレて死にたくなければ、その内容を頭に叩き込んでちょうだい。不意打ちテストするからね」


 10日でこれ暗記しろって、ワタシの記憶力を買いかぶりすぎでしょ。ナメてんのか。


「無理。魔法でワタシにだけ見えるカンペ用意してくれるとか、ヘゲちゃんがワタシにだけ聞こえる声で設定を耳元で甘くささやいてくれるとか、そういうのにしてくれない?」

「こういうのは会話に合わせてすぐ受け答えできないと不自然でしょ。そうすると記憶するのが一番」

「じゃあ無理。何年かかろうと記憶なんてできるわけないじゃん、こんなの」

「なせばなる」

「ならない。だいたいなんでフィナヤーたちなわけ?」

「あなたに好意的で、うちのスタッフ。酒場での一件以来ますます執着してるみたいだし、このあたりで一度ゆっくり話す時間を取ってやって、満足感を与えてなだめたほうがいい。

 実際に会って話せば幻滅しておとなしくなるかもしれないし、会わせろ会わせろって面倒だし」


 最後の二つ、本音がダダ漏れじゃないですかね。傷つきやすいんだから気をつけて! 


「でも、やっぱり無理だって!」

「ヘゲさん。人間と会うのは初めてだからってのは解るんですが、こいつらそこまで記憶力よくないですよ」


ベルトラさんも援護してくれる。


「えっ。そう、なの……?」


そっか。ヘゲちゃんここから出たことないし、本気でワタシがこれを憶えられると思ってたのか。


「なんかこう、記憶力を高める魔法とか薬とかないの?」

「魔界の薬は人間には効果がない。効かないだけならまだしも、有害なことだってある。

 記憶力を増す魔法はあるが、人間に有益な魔法は基本的に契約して、その契約者に対してだけ使えるものだ。魂とヒモでつながってる必要があるんだよ」

「そもそも、この本の設定でなくてもいいんでしょ?」

「それはそうですが、この世界と矛盾なく、不自然でもなく、一貫性のある設定を他に考えるのも難しいんじゃないかしら。あなたできる?」


 それはそれで無理だな。どうしたものか。


「囲む会とか接客デビューとかやめればいいんじゃない?」

「なら、あなたがアシェト様を説得してください」


あれ?


「ひょっとして、ヘゲちゃんは反対なんじゃないの?」

「いいえ」


じーっと目を見ると、視線をそらされた。そしてヘゲちゃんはどこかから別の本を取り出す。そちらはずっと小さくて薄く、普通の冊子だ。


「ならこっちを。ダイジェスト版。こんなこともあろうかと」


おー。あるじゃん。逆にこれだけの内容をどうやってそんなに短くまとめたのか気になるけど。


「このダイジェスト版をできるだけ暗記して。それくらいならできるでしょう? オリジナル版の関連ページ番号も載せておいたから、必要に応じて参照して」


 ワタシは冊子を受け取ると、パラパラめくってみる。うーん。これくらいならどうにかなる、かな。一字一句この通りでなくてもいいんだろうし。


ふと顔を上げるとヘゲちゃんと目があった。


「800ソウルチップス。中も見たから返品不可」


しまった! 油断した。


「さっきあなたがお金の話をしていなければ、両方ともタダだったのに」


ヘゲちゃんのこえには嗜虐的な響きがある。


「拒否したら?」

「嘘がバレて死ね。じゃなかった。みんな、あなたが日々を無事に過ごすよう願ってるの。だからそんなこと言わないでちょうだい。代金については給料から天引きでもらっていくようにするから」


 ヘゲちゃんのありがたい言葉に、涙が溢れそうだった。悔し涙ではない。

次回、方法7-2︰囲まれる会(設定資料集を読まないなんて、とんでもない)

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