方法56︰魔界で死なない一つの方法
あれから一ヶ月が過ぎた。けっきょくルシファーは行方不明のまま。ダンタリオンは地獄にいたのだけじゃなく、ほかのも含めて姿を消してた。もっともダンタリオンだってこと隠してるのも多いから、案外そこらへんにもいるのかも。
タニアはワタシたちの報告を聞いたアシェトが天界に恩を売ろうってことで、天使たちに引き渡された。
破壊されたバビロニアは順調に復興……してない。パン・オプティコンの復旧が最優先されてるから。どうもほぼ作り直しって感じらしい。そのあいだ、罪人の魂の受け入れは停止中。
街を壊したことは特に誰からも責められなかった。みんな魂が手に入って、寛大な気分になってたのだ。
そう、魂はまだ悪魔たちが持ってた。回収したところでパン・オプティコンが再建されるまではどうにもできないってのもあったけど、アシェトさんが教えてくれたところによると、天使の上の方で“今回の件はあまりに魔界から魂が欠乏したことも原因なのではないか。それに、これは武力以外で回収するよう、神が天使に与えられた試練なのではないか”なんて主張してるのがいるらしい。
ワタシとヘゲちゃんには、その天使が誰なのか判る気がした。
アシェトがなんでそんなこと知ってんのかって言うと、ルシファーの後釜になったから。
ベルゼブブは最初すごい怒ってたらしいけど、部下の誰かがアシェトの就任を提案したら機嫌治ったらしい。
「けど、魔界のトップがお店とか経営してているマズくないんですか?」
「は? なんでだ?」
心底不思議そうな顔された。魔界に政治的公平性って言葉はない。
そんなアシェトのゴリ押しで、百頭宮だけは早々に魔力供給が復旧し、規模を縮小して営業再開してた。もちろんあのとき着地した地獄のすぐそばで。だって誰にも建物動かせないんだもん。
ギアの会のみんなはあたりに魂があふれて、てっきりワタシの魅了から解放されたと思ったんだけど……いや、解放はされたんだけどね?
「なんでもあの天使たちを丸め込んで撤退させたのはアガネア様だとか。やはり私たちの目に狂いはありませんでした」
とかフィナヤーに言われて、他のメンバーみんなも相変わらずっていう。いやまあ、魂から漏れてる何かの作用がなくてもこうして尊敬してくれるっていうのは嬉しいんだけどね……。
そういやヨーミギ、地下牢に囚われたまま体当たりに巻き込まれて死んだんじゃね? とか思ってたけど、これも魂集めに動員されてて生きてた。
そんなわけでワタシは今日も厨房で働いてる。最近はまかない作りを任されるようになった。
「ガネ様ぁ、まだですかー?」
サロエが催促してくる。
「おまえなあ。もう少し全体の手順ってものを」
ベルトラさんがボヤく。
新顔も二人増えた。
「おーい。ワインのおかわり! キリストの血なんてとっとと飲んでションベンに変えてやろうぜ!」
「ジャックさん! さすがにそれは」
「そりゃ間違いだ、マリー。こういうのが円滑なコミュニケーションをだな……」
酔ってる悪魔が“ロードサイドの”ジャック。たしなめてる悪魔が“ハイランドの”マリー。アシェトの知り合いって触れ込みでちょいちょい遊びに来るようになった二人の正体がロムスとハイムだって知ってるのはワタシとヘゲちゃん、ベルトラさんにサロエにアシェトさんだけだ。
なんでも前から二人は悪魔に化けて、情報収集のために街をうろついてたんだとか。
それにしても悪魔の格好したロムスの違和感のなさがハンパない。やっぱこの人、ホントは天使じゃないんじゃあ……。
ヘゲちゃんもいる。あれからワタシたちは周囲も目を背けるほどのバカップルになった──りはもちろんしてない。
「あなたの作るまかない、どれも後味が濡れ雑巾みたいなのよね。今日はどうかしら?」
まあ、ざっとこんなもんよ。それでも今は二人部屋で一緒に暮らしてるんだからお察しください。
今みたいな発言はヘゲちゃん流の照れ隠しと、悪魔流の愛情表現ってことで。とりあえずワタシのなかではそういうことになってる。
「そうだヘゲちゃん」
ワタシは料理が一段落すると、棚から黒い革のケースを取り出した。
「これって……」
驚くヘゲちゃん。そうこれはミニチュア百頭宮の収納ケース。もちろん中身も無事だ。ワタシがメフメトにこっそり頼んでルシファー城のどこかから盗みだ……もとい。回収してきてもらったのだ。
「うん。だからさ。今度の日曜日、二人でどっか行こうよ」
「そうね。忘れられない一日にしてあげようかしら」
ヘゲちゃんはそう言って、誰が見ても解るくらいの笑顔を浮かべた。
というわけでこれにて完結です。
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