番外21-2︰エンド・オブ・ヘゲちゃんの憂鬱
モヤモヤとした気分が残ったままろくに休めず、ヘゲは2時間ほどでアシェトの部屋を訪ねた。
アシェトはいつものようにイスに座っていた。ヘゲは机を挟んでその前に立つ。
「もういいのか?」
「はい」
「なら、いいけどよ。で、話ってのはアガネアのことだ」
アガネアという言葉を聞いて、ヘゲの脳裏にまた不要な映像がチラつく。
「アガネアのヤツはタニアとダンタリオンから狙われてる。あいつらが繋がってんのかどうか。それは今はどうでもいい。で、質問だ。あいつら、アガネアを殺すと思うか?」
「ええ。おそらくは」
「なんのために? 憎いからか?」
「いえ。おそらくは魂を手に入れるために」
そう答えて、ヘゲには話の向かう先が見えた気がした。
「そうだ。あいつらはアガネアが人間だって知ってる。全部承知の上でアガネアを殺そうとしてる。で、魂をバレずに保管する技術も持ってる。つまり、あいつがタニアやダンタリオンに殺されたところで、私らが破滅するなんてことにゃならねぇ。そこで次の質問だ。こんな状況で私らが結構なリスクとコスト抱えてあいつを護り続ける意味ってあんのか?」
ヘゲの予想は当たった。アシェトはアガネアを見捨てることを検討しているのだ。
意味なんてない。そう答えるのは簡単だ。だが、それならアシェトはわざわざ質問したりしない。ただ自分で決断するだけだ。
「アガネアは百頭宮を救いました。その恩義があります。革新的なアトラクションも考案しています。今回の招待は有力悪魔から興味を持たれている証拠です。ですからアガネアには功労への報奨として身を守られる権利がありますし、利益をもたらすことも期待できます。妖精悪魔と友好関係になるきっかけ作りにも貢献しました。それにアガネアを護らなければ、ダンタリオンやタニアの望みを叶えてやることになります」
ヘゲは思いつく限りの理由を挙げてみた。だがここまでは当然アシェトも想定している。ここからがスタートだ。
「たしかにカネやそれ以外の貢献はあるな。今後も期待できるかもしれねぇ。それと、ウチがぶっ壊れずに済んだのはあいつのおかげ。これは人間の寿命分くらいは面倒見てやる理由になる、か。たしかにそれがスジってもんだな。永年生きる私らはスジを曲げちゃいけねぇ。それがどんな形をしてようと、だ。でなきゃ永劫に近い時間の中で、私らはあっさりクズになる」
自分の言葉を噛み締め、アシェトはうなずいた。
「ただな。利益はあいつを抱えるリスクやコストと、良くて相殺だろ。忘れたのか? アイツはウチにかなりの借金がある。少なくともそれを返すまで、収支は赤字だ。恩義についてだが、ものには限度ってもんがある。今はいい。だがな、たとえば中央のやつらにバレたらどうする? ルシファーやベルゼブブ。ぶら下がってるやつら。あいつらが魂を欲しがったら、敵に回してまで護る価値はあるか? そもそも敵に回す可能性を抱えておく価値はあるか? たしかにタニアの思いどおりなんてのは気に食わねえ。ただ現状、ノーリスクでアガネアを押し付けられんのはあいつらだけってのも事実だ」
「同じ手放すなら、中央に事情を話して引き取らせるというのはどうでしょう? あちらも押収したソウルシーラーのコンテナを所有しています」
「断られたら?」
「え?」
「さっき中央が魂を欲しがって敵対するって言ったのは、あくまで仮定の話だ。実際には厄介すぎるって理由で断る可能性だってあんだろ。もし断られりゃ、それはそれでかなり面倒なことになるぞ。それならいま、現実に欲しがってるやつにくれてやるのが一番確実だろ」
ヘゲは反論しようとして言葉に詰まった。百頭宮の存続を第一に考えれば、安全にアガネアを処分できる相手に譲るというのは、最適解に思えた。思えてしまった。
「ま、今ここで結論を出す必要はねぇよ」
「そう、ですね」
「ちなみに私個人としちゃ、アガネアが来てからずいぶん色々と面白くなったからな。手放したくはねぇんだ」
「総支配人と個人とで、考えが相反すると?」
「いや。総支配人としても安易に手放していいもんかどうか悩んでる。アガネアがくたばるまでウチで抱えてりゃ、その魂は手に入る。すぐには使えなくても気長に待ってりゃ、なんかに使えるときが来るかもしれねえ」
ヘゲにとって、それは迷いを生む話でしかなかった。アシェトの希望に応える。それがヘゲの行動原理だ。しかしこれではどうしたってアシェトに不満が残る。それをよしとすることが、ヘゲにはできなかった。
今ある選択肢か、それとも別の選択肢か。なんであれアシェトが心からどれかを望むまで、ヘゲはこの件について何も行動を起こせないと判断した。
しかし、アシェトはそれを許すつもりなどないようだった。
「この件については、おまえに判断を一任する。おまえがどう決めようが、私はそれを尊重する」
驚きとプレッシャーで、建物自体が軋んだ。アシェトは気にせず続ける。
「おまえもそろそろこういう、一歩間違えりゃ終わりみたいなデカい問題について、自分で決断できるようになってもいいころだ」
「そんな! ムリです! 私はアシェト様のお考えを実行することこそが望み。そんな重責は背負えません」
必死の色を浮かべて懇願するヘゲにアシェトは微笑み、首を横に振った。
「けどな。少なくとも私は、おまえがそうなることを期待してんだ。私の考えを実行するのが望みなら、この考えも実行してくれ」
アシェトは立ち上がると、ヘゲの頭を撫でた。
「もう一度言うぞ。今ここで結論出す必要なんかねぇんだ。それよりか、よく考えろ」
しばらくして、ヘゲはポツリと言った。
「はい」
その声は弱く小さく、頼りなかった。
次回、番外21-3︰エンド・オブ・ヘゲちゃんの憂鬱




