方法50-6:呪いなしではいられない(借りれる力は借りましょう)
ジェラドリウスはワタシのプレゼンが終わると、あらためて資料を眺めながら言った。
「たしかにこれは旧くて新しい。呪物屋をやっていたころには、こんなこと考えもしなかった。が、やってみる価値はあるかもしれない。成功すれば当分はウチの独占状態だろう。しかしこの、百頭宮の話は本当なのか」
「はい。もちろん。数量や価格が折り合えば、ですけど。プレイのたびに解呪するので、継続的な発注が見込めます」
「あっちにツテでもあるのか」
やっべ、そういえば名乗ってなかった。ジェラドリウスもどこの誰ともしれない悪魔とよくこんな話してるな。
ワタシたちはあらためて自己紹介をした。
「百頭宮の悪魔だったのか。失礼だが、確認を取らせてもらおうか」
ジェラドリウスは部屋を出ると、しばらくして戻ってきた。
「遠話させてもらった。たしかにそちらも、その提案も本当らしい」
ジェラドリウスは黙り込んだ。そして本当に干物の一線を越えちゃったんじゃないかと心配になったころ、また喋りはじめた。
「正直なところ、新しい用途の提案だけなら面白そうだが実際に呪物屋を再開するほどではなかったろう。在庫があると言っても、そうなるといろいろコストがかかるからな。だが、百頭宮からの仕入れが期待できるのなら話は違ってくる。ちなみに細かい条件なんかはすべてこれから、ということだな」
「はい。百頭宮に連絡してもらえれば資材部かどこかと交渉になると思います」
「そうか。まあ、昨日の今日ではこれで充分だろう。呪物屋を再開しようじゃないか」
「あの、じゃあ?」
「正式に開業してから、といいたいところだが急ぐんだろう。これから倉庫へ案内する。呪われたアクセサリーを売ってやろう。足元見たりはしないから、心配するな」
「ありがとうございます!」
こうしてワタシは近くの倉庫へ案内されると、サロエの好きそうなやつを買えるだけ買うことができた。さすがにプロ論ぶちかますだけあって呪物の在庫はかなり多く、サロエがしてたようなアクセサリーも選び放題だった。
おかげで使い魔学会からもらったワタシの分のお金はほとんどなくなったけど、これでサロエが復活してくれるなら後悔はない。もしダメだったら……。ベルトラさんにでも慰めてもらおう。
買ったアクセサリーを大きなバスケットに詰めてもらったワタシは、家へ帰るとすぐにサロエの寝かされてる部屋へ行った。
アクセサリーはどれも封呪加工とかいうのがされた箱に入ってる。その加工をすると外に呪いが漏れ出さないそうで、呪物屋ならどこでも商品はそうやって保管してるんだとか。さもないと、大量の呪物が発する瘴気で従業員がまっさきにヤラれちゃうから。
部屋に入ると、サロエは最後に見たときのまま虚ろな顔をしていた。ベルトラさんとメフメトには居間で待っててもらってるので、今はワタシとサロエの二人きりだ。
「サロエ」
ワタシは呼びかける。
「あのさ。安くてすっごくいいアクセサリーがあったからたくさん買ったんだけど、どうもこれ呪われてるみたいなんだよね。全部。だからサロエにあげようかと思ったんだけど、ベルトラさんの話じゃ妖精の中には人間からプレゼントもらうと、なんでかキレていなくなっちゃうのがいるんだって?」
信じられないけど、ホントの話らしい。
「サロエがそういうタイプか知らないけど、だからこれはあげられない。でもワタシが持っててもしょうがない。だからこれ、もったいないけどそこに捨ててくね。捨てちゃったらあとは誰がどうしようが、ワタシとは関係ないから」
サロエはピクリともしない。
「じゃ、ここに捨てるから」
ワタシはベッドのサイドボードにバスケットを置くと、一番上にあった箱を三つ開けた。それくらいじゃワタシには何も感じられないけど、サロエが意識を取り戻す刺激になるかもしれない。
それからワタシは居間へ行くと、ベルトラさんたちと落ち着かない時間を過ごした。ヤニスやローザリーンドも気にして様子を見に来てくれた。
数時間後。
「なあ。ひょっとして──」
ベルトラさんが言いかけたときだ。
「シッ。……階段を降りる足音がします」
メフメトが言った。ワタシは耳を澄ます。ホントだ!
やがてドアが開き、ワタシが買ったアクセサリーをすべて身に着けたサロエが入ってきた。
「サロエ! うっ!?」
部屋へ流れ込む異様な空気。触れそうなくらい濃い。
「ガネ様!」
サロエはアクセサリーをジャラつかせながらワタシに駆け寄ると、強く抱きついてきた。あ、ダメだ。首吊りたくなってきた。
「私、ガネ様の声、ちゃんと聞こえてましたよ! でも、心と体が重すぎて……。手を伸ばして箱が取れるようになるまで、こんなに時間かかっちゃいました。あ、あと、本当にすみません! あんなことになっちゃって。でも、ガネ様はこんな私を救ってくれたんですね。これで二度目です」
嬉し涙がサロエの頬を濡らす。けど今は呪いの放つ負のオーラのおかげで、サロエの感動的な話さえどうでもいい気がしてる。
「ガネ様! 私、私もう!」
押し倒さんばかりの勢いで、ワタシの肩に顔を擦りつけるサロエ。なんか耳を甘噛みされてるけど、そんなことしてくれるくらいなら、今すぐワタシの息の根止めてくんねーかな。
「サロエ。アガネアが瘴気で死にそうだ。それくらいにしてやれ」
ベルトラさんが助け舟を出してくれる。
「あっ! すみません!」
慌ててワタシから離れるサロエ。
「ベルトラさん、メフメトさんも、本当にありがとうございました」
サロエは頭を下げる。
「気にするな。元はと言えばこっちのやったことだからな」
「そうです。まあ、あそこまでショックを受けるとは思いませんでしたが」
「たしかにショックはショックだったんですけど、あれはなんかそれだけじゃないって言うか……。自分でもよく解らないんですけど……」
「なるほどな。やっぱりそうか」
なぜか納得するベルトラさん。
「おまえがああなったときから、その理由をずっと考えてたんだ。いくらショックでもヒドすぎたからな。で、これは起こったことを見ての仮説だからなんの裏付けもないが……」
ベルトラさんによると、サロエは大量の呪いを受け続けるうち、いつしかその環境に適応。逆に呪いがないと普通の状態でいられなくなったんじゃないかって話だった。
「じゃ、サロエが望んでも解呪はできないってことですか?」
「なんとも言えないが……。その場合は時間をかけて一つずつ解呪するとかした方がいいだろうな」
「私がそんなことしたがるなんて、ありえませんって」
「しかしサロエ。いくら嬉しかったからって着けすぎじゃないか? 前より禍々しい気配が強くなってるぞ。なんだか目もシパシパするし」
「それなら大丈夫です。新しいの増やすといつもこうなんですよ。何日かしたらほどよく馴染んで、まろやかになりますから」
まろやか……。
「それにしても、こんなに短期間でたくさん、どこで手に入れたんです?」
そこでワタシはここ二日間のことを説明した。
「ガネ様。私のためにそこまで……」
またサロエが目に涙を浮かべる。
「ヘゲちゃんもいないし、簡単に補充なんてできないからね。休職されたり長く休まれると困るんだよ」
あっ。今のなんかブラック上司っぽい。そういや結果的にフィナヤーとかブッちゃんにも一日で新企画の提案資料作らせちゃったし。
無自覚にワタシ、ブラック上司になってるんじゃないだろうか。いかん。呪いの影響がまだ残ってる。死にたくなってきた。
「強い絆で結ばれた二人が、呪われたものを贈りあう……。ステキですね! これはガネ様も率先して、私とペアのアクセサリー着けましょうよ。一個でいいですから。私プレゼントしますから」
「ヤダよ呪われんのなんて」
「いいじゃないですか〜。着けてくれないならこうですよ!」
サロエはワタシの頭を抱えるようにして抱きつく。豊かな胸に顔が埋まって苦しい。あと、ゼロ距離からの臭気、じゃなかった瘴気がワタシのガン面をモロに……。これホント目にクるな。あ、なんか意識が消えそう……。
「ずいぶんと楽しそうね」
ビクぅってなったワタシとサロエの向けた視線の先にいたのは──。
不機嫌そうなヘゲちゃんだった。
次回、方法51-1︰仲間がなに考えてるか解らん件について(溜め込みすぎないように)




