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方法46-4︰ぶらり途中下車してる余裕はない(見知らぬ土地は要注意)

 どうにかお店を一つ諦めれば他は回りきれそうというベルトラさんの判断で、ワタシたちはとりあえず地獄行きの辻馬車に乗った。この場合、文字どおりなのでちょっと感動する。


 地獄の入口はなだらかな丘のてっぺんにあった。地上部分、いわゆる“地獄の釜のフタ”は緩やかな灰色の巨大ドームで、表面に地獄絵図のレリーフがビッシリ刻まれている。

 周囲300メートルくらいは何も建ってないんだけど、入退場の悪魔でかなり混雑してる。列整理の悪魔があちこちで大声を上げてた。


「あれは地面に埋まった球体のほんの一部で、その球体が管理施設、パン・オプティコンです。この丘全体が球体を覆うようになってるんですよ。地獄の各階層はその周囲に広がっていて、各層が魔界と同じくらい広いって言われてます」


 ガイドブックを見ながら自慢げに説明するサロエ。一方、説明チャンスを奪われたベルトラさんは空を見てる。


「あ、ほら、来たぞ」


 ベルトラさんの指す方を見ると、たくさんの大型コンテナがこちらへ飛んでくるところだった。

 コンテナがゆっくり速度を落としながら下降してくると、ドームの一部が開いた。コンテナはその中へ入っていく。


「あのコンテナの中に地獄行きの魂が詰め込まれてるんだ。これから各コンテナはそれぞれの階層へ行くと、ハッチを開ける。すると魂が出てきて人の姿になって、各階層に合わせた責め苦が始まるってわけだ」

「あれって護衛とかいないんですね」

「最後、空になったコンテナが飛んで帰るまで全自動だ。悪魔を係わらせると、盗もうとするとでも思ってんだろうな」


 それはありそう。ただ無人で飛んでるときもこれだけ悪魔がいて誰も手出ししないから、盗難対策は万全なんだろうな。魂に魅了されてる悪魔もいないみたいだし。もしかしたらソウルシーラってあのコンテナから発想したのかも。


 ワタシたちの最初の目的地はこの地獄から歩いて10分ほどのところにあるお店。モーニングセットが有名なんだとか。まあ夜だけど。


 地獄から離れても、このあたりは悪魔が多い。有名な観光名所の周りって、だいたいそんなもんだよね。

 しばらく歩いてると、急に後ろで悲鳴が聞こえた。びっくりして振り返ると、ワタシのすぐ後ろに腕が落ちてた。

 その持ち主は切断面から血を流しながら痛みにうずくまってる。

 え? え? と思ってるあいだにもその悪魔は賽の目状に切り刻まれ、その場に崩れた。すぐに荷車を引いて通りかかった魔獣がその、ダイスカット悪魔を食べはじめる。

 周囲の悪魔は平然としてて、チラッと目を向けるだけで通り過ぎてしまう。


 ちょ、どういうこと? 通常マップと瞬殺バトルシーンとの切り替えがシームレス過ぎて頭がついてかない。声も出ない。これがオープンワールドか。(違う)


「あなたの腰のそれを盗ろうとしたのよ」


 隣でヘゲちゃんが言う。これやったのあんたか!?


「まさか擬人の持ち物に手を出すバカがいたなんて」

「けど、やり過ぎじゃない!? なにも殺さなくても」

「ただのスリじゃないかもしれないわ」

「ならなおさら、生かしておいて捕まえるとか」

「……どうせこんな下っ端、何も知らないわ。話を聞くだけ時間のムダよ」


 そう言うヘゲちゃんの様子がおかしい。いつもの無表情とはちょっと違って、むしろ顔がこわばってるような。なんだか自分のしたことに自分で驚いてるみたいな。

 ワタシはベルトラさんを見る。ベルトラさんは肩をすくめた。



 ヘゲちゃんの魔法で身代わり札のケースとミニチュア百頭宮のケースを見えなくすると、ワタシたちは目指す店へ急いだ。

 そしてどうにか目当てのセット、“ハム! ベーコン! ソーセージ! ボリューム満点加工肉セット。なんの肉かは聞きっこなしだ!”を食べると、すぐに次の店へ向かった。

 

 移動中も、そして二軒目で“陸海空3種のグリルバーガー”を食べてるときも、ヘゲちゃんはいつも以上に無口で、どこか上の空だった。


「なんかヘゲちゃんの様子、おかしくないですか? やっぱさっきやり過ぎたの気にしてるとか」

「それはないだろ。そもそも家を出たときから、なんだか少しぼんやりしてたぞ」

「サロエはどう思う?」

「行きたいとことかやりたいことがあるんじゃないでしょうか?」

「たとえば?」

「激闘! マジカル獣園とか」


 あー、あの魔獣同士のバトルが見られる動物園みたいな。ってそれ、サロエが行きたがってたとこじゃん。こやつ子供か。


「あそこなあ。あそこは予定がスムーズにこなせたら、帰るまでのどこかで行ってやるからな」

「やったあ! 約束ですよ!」

「ああ。だから次の店に急ごうな」


 ベルトラさんとサロエ、父娘みてぇ……。



 けっきょくその後もヘゲちゃんはパッとしないままで、特にトラブルもなくワタシたちは一日を終えた。ところが帰ってみると──。


「こんなものが屋敷の前に届いておりましてございますよ」


 ヤニスが差し出したのは小さな箱。


「念のため中を確認しましたが、ただの記録石でした」


 ワタシたちはさっそく再生してみる。


“チャオ。みんな元気そうだね”


 そう言って微笑むのは、なぜかちょっと胸元をはだけたバスローブ姿で籐椅子に腰掛けたタニア。

 再生する前からタニアだろうなあとは思ってたけど、まさかこういう変化球でくるとは。よく見れば風呂上がりっぽく髪が少ししっとりしてるみたいだ。芸が細かい。


“さっそくバビロニアを満喫しているようだね。来てくれてありがとう。おかけでキミたちの動向は手に取るように解るよ。昨日は、ええ、と”


 そして昨日ワタシたちが訪れた場所を順に挙げる。


“なるほど。食べ歩きを軸にしての観光だね。料理人が二人いればそうなるか。今日も同じかな? できれば僕のところにも訪ねてきてほしいんだけれど、あいにく場所を教えられなくてね”


 やれやれ、って感じでため息混じりに頭を振るタニア。


“ただ僕がキミたちに会いに行くのは自由だし、キミたちが僕の居場所を突き止めてくれるのも自由だ。そう。生きることは長く、自由だ。そう。僕が今ここで、自分の居場所を教えるのも”


 この悪魔、やっぱ頭が湧いてるんだな。


“けれど、居場所を教えられたキミたちがここへ来るというのはいかにもロマンがない。やはり……教えるのはよそう”


 それからふと、タニアの視線が記録石から外れた。


“こんな感じでどうかな? ……え? いつもこうだけど。 ……そうかな? ……そうだね──。”


 タニアはしばらく考えてから立ち上がると、記録石に近づいた。左手を膝に当てて前かがみになる。胸元がガバッと覗けるけど、気にしないで右手を振る。


“みんな元気カナ? タニアだよー”


 そこで動画は終わった。


「あの、今のって……」

「気にするな。気にしたら負けだ」


 ベルトラさんが頭痛そうな顔をする。


「誰か一緒にいたんですよね?」


 サロエはそう言うと動画を巻き戻して、音量マックスで再生する。けど、タニア以外の声は聞こえない。


「ひとり芝居かもしれない」

「でも、なんで?」

「タニアのやることが理解できると思うか?」

「あー。ムリですね」


 三人で納得してると、ヘゲちゃんが思い詰めた声でボソリと言った。


「監視に、気づけなかった……」


 なんというかこう、メンヘラ彼女が彼氏の浮気現場に出くわしたみたいな声だ。


「まあ、店外ですし」

「ヨーミギの言ってた組織でしょ? プロだろうからしょうがないよ」

「ですよ。二人の言うとおりです」


 ワタシたちは口々に励ましたけど、言いながら背筋が寒くなる。

 あいつらはどこにでもいた。ヨーミギの言葉を思い出す。店員が組織の手先だったこともあったって言ってたよな。それはさすがに弱りメンタルが見せた春の日の幻なんじゃないかと思うけど、もし本当ならワタシたちの寄った店の店員にも混ざってたかもしれない。

 そして、こっちに気づかれないで監視ができてたってことは、何か仕掛けることもできるかもしれないってことだ。


「あの、ワタシやっぱ明日からここに籠もっててもいいですか?」

「ダメよ」


 即座に却下したのはヘゲちゃんだった。


「なんで?」

「弱腰な態度は相手をつけあがらせる。何か仕掛けてきても、こちらがそれを凌駕すればいいだけのことよ」


 なんか戦争末期の軍人みたいなこと言い出した!


「ちょっとヘゲちゃん、大丈夫?」


 思わず心配になって尋ねる。


「もちろん。私はいつだって大丈夫よ」

「それ、大丈夫な人は言わないと思うけど。だいたい初めてポケットディメンション行ったときとかおかしくなってたじゃん」

「あれは……あれも計算ずくよ」


 少しも説得力がない。ワタシはヘゲちゃんに疑いの目を向けた。


「とにかく、こっちも経営企画室の奴らがいるんだ。監視だけならともかく、実力行使となるとそう簡単にはいかないだろ。ほら、ネドヤのときだってあいつら、ちゃんと仕事してたじゃないか」


 そりゃ、そうだったけど。うーん。せめてヘゲちゃんがいつもどおりなら、もう少し安心できるのに……。

次回、方法47-1︰パーティーからの推理コンボ(無謀な勝負は避けましょう)

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