方法43-1︰呼ばれて飛び出てくれないか?(権力には従いましょう)
アシェトが腕を組んだ。
「で、なんの用だ?」
「ああ、それだ。じつはアガネアに伝えたいことがある」
「伝えたいこと、だぁ? そんなもんのためにこんな時間に来たってのか?」
「いや、なんとなく24時間営業な気がしてて」
「それくらい調べて来いよ。そりゃおまえならウチの警備抜いたり、たいがいのことはどうとでもできるだろうが、常識ってもんがあんだろ。そもそもベルゼブブのやつもそうだが、おまえらにゃ部下ってもんはねぇのか?」
「いや、ベルゼブブがおまえに会ったって聞いてな。俺も久しぶりに会いたくなったんだ」
アシェトはため息をついた。
「あのなあ。なら先に私んとこ来いよ。だいたいおまえは──」
本題そっちのけでクドクド説教するアシェト。ルシファーは“ああ、そうか”とか“いや、そうだな”とかおとなしく叱られてる。この二人、きっと昔からこんな感じだったんだろうなぁ。
それにしてもルシファーは精悍なルックスとそのしょぼくれた態度のギャップにグッとくるものがあるけど、やっぱり魔界のトップには見えない。
「それで、どういったご用件なのでしょうか? アガネアがウザくて死んだほうがいいということでしたら、私が常日頃から陰に日向に申しておりますが?」
ヘゲちゃん、初見の超偉い悪魔相手にまで何言ってんの!? それともこう、ワタシとヘゲちゃんは日常的にディスり合うくらい深い仲ってことをアピールしたいわけ? もしくは、ワタシと見るや噛みつかずにはいられない恋と脳の病気とか?
まあ、ルシファーって不思議とちょっとくらいウッカリしたこと言っても大丈夫そうな感じはある。
「いや、違うんだ。アガネアに会ってみたいという有力な悪魔が多くてな。バビロニアに招待しに来た」
「いくら私に会いたかったからって、そんなのおまえが来るような用件じゃねぇだろ。だいたいんなもん、招待状の一通で済むじゃねぇか」
「おまえのことだ。招待状出しても無視するだろう?」
「そりゃあ、そうだけどよ……。でも、アレだ。そんなに会いたきゃツアー組んで来いよ。で、ウチに金落としてけ。20名以上なら団体割引もあんぞ」
「ああ、そうだな。普通ならそれも悪くないんだが、じつは天使もアガネアに会ってみたいから呼んでほしいと言っててな。争奪大会の件で興味が湧いたらしい」
天使、という言葉にアシェトが渋い顔をする。ワタシは反射的に振り返った。準備万端のベルトラさんと目が合う。
「そうか。おまえ大秘境帯にいたから知らないのか。魔界が制圧されてから、監視役ってのか天使が派遣されてきてんだよ」
「ああ、そうだ。教導駐魔大使といって、数年交代で2名が来る」
ベルトラさんの話にルシファーが補足した。
「それにしたって、私らに天使の気まぐれに付き合ってやるギリなんてねえぞ」
「断ってくれても構わない。ただ、そのときは自分で個人的に断ってくれ。だいたいあれは気まぐれなんかじゃなさそうだ」
言葉を切ってルシファーはワタシを見つめる。
「まず、おまえは悪魔大鑑に未掲載の、サタン様に造られた暗殺者だ。そして、大娯楽祭のときは長年停戦状態だった仙女園が攻めてきただろう。あのときは魂の気配のこともある。そして、争奪大会では古式伝統協会の安定を悪魔らしい形に崩した。妖精悪魔とも親しいらしいじゃないか。すべてに直接関わってたわけじゃないにしても、おまえが表に出てきてからこの1年近くであまりに多くのことがあった。天使たちがなにか起きつつあるんじゃないかと懸念するには充分だ」
「じゃあ、行かないと?」
「痛くもない腹を探られる。おまけに今の大使は二人とも変わり者だが優秀みたいだ」
ワタシたちが誰も返事をしなかったら、ルシファーはうなずいた。
「俺はしばらくここにいる。数十年ぶりに休暇を取ったんだ。ああ、そうだ。ここは泊まりもやってるんだろう?」
「まあな。で、私に会いに来たんだろ。ここじゃなんだ。部屋は手配してやるから、ちっと場所変えないか?」
「ああ、そうだな」
アシェトとルシファーは部屋を出ていった。
「ねえ。ちょっとどこから話せばいいのか悩むんだけど、結局ワタシって」
「このままだと行くことになるでしょうね」
「せめて来てもらうとか」
「それは難しいな」
ベルトラさんが答える。
「天使ってのは忌み嫌われる存在。招くとなればミュルス市民からの反感はかなりのものだ。あたしだってあんな奴ら中に入れたくない。イメージダウンも大きいだろうし、警護のための対策費用だって莫大なものになる。それでもトチ狂った奴らの襲撃があれば、たとえ無事だったとしてもどんな難癖をつけられるか解らない」
「そういうのって中央の支援とか」
「ないだろうな。むしろ招待を断ってこっちに招いたんだから全責任は百頭宮にある、くらいの態度に出るはずだ」
とにかくツンデレ、じゃなくて詰んでることは解った。
「正直、私にもどうしたらいいか解らないわ。あとでアシェト様も入れて相談するしかないわね。それより今のうちに、ヨーミギをどうにかしないと」
「なんで?」
「今日のことで解ったでしょ。店内でさえルシファー様を監視するのは難しい。それでもし、ルシファー様があそこでヨーミギを見つけたら……」
「それは、マズいですね」
重たい沈黙に包まれる。なんだって毎回、地味で面倒なことに。ワタシだってもっとこう、同じ厄介事でもクソ詰将棋みたいなんじゃなくて、爽快なのがよかった。あ、クソ詰将棋ってなんかクソを詰める(以下略)。
「サロエ。おまえ目くらましの魔法と、普通に道に迷わせる魔法は使えるか?」
「もちろんですよー。なんならピロシキに見せかけた馬の糞を食べさせたり、風呂だと思って入ったら田んぼだったり、なんてこともできますよ」
おまえはタヌキやキツネの仲間か?
「ヘゲさん。サロエの魔法で近づけないようにするってことでどうです? 外へ出すのはリスクがありますし、妖精魔法ならルシファー様にも有効かもしれません」
「護衛をつけてポケットディメンションに送り込むほうが確実じゃないの?」
「長引いた場合、中じゃ1ヶ月以上とかになります。それだけのあいだ、研究もできないのにおとなしく隠れててくれますかね? それに、万が一あそこの魔物に殺されでもしたら」
「それはそうね。いいわ。あとからアシェト様で実験して、失敗したら別の方法を考えましょう」
ワタシたちはヨーミギのいる地下監獄へ続く階段なんかをサロエの魔法で隠し、ようやく終わったころにはもう夜が明け始めてた。
次回、番外16︰ベルトラ小講義(ルシファー編)




