方法3-6:押し倒され系(不用意な接触は避けましょう)
記事を読み終えたワタシは、ヘゲちゃんにうなずいてみせた。
「つまりヘゲちゃんの態度はぜんぶ好きの照れ隠しだったってこと?」
「どうしてそうなるのか解らないけれど、ポイントは二つ。関係の薄い複数の悪魔があなたを甲種だということ。そして対外的にはあなたが私の庇護化だと公知すること。これであなたに手を出す悪魔はずいぶん減る。狙いどおりに」
「つまりそういう建前があって、本当はワタシが大好きってことを世間的な既成事実にしちゃって外堀から埋めていく作戦なんでしょ? 回りくどいなあ」
久々にヘゲちゃんが頬を引きつらせる。
「アシェト様はあなたが最大限に安心していられるよう、できる限りのことをするようにと言っていたの。だからここで、ひとつ私の秘密を明かすわ。これは私とアシェト様しか知らないこと」
ワタシの発言は無視ですか。もしかしてアドリブに弱いのかも。少しポンコツ気味なところがあるから。
「それ、あたしが聞いててもいいのかい?」
「ええ。あなたの高潔さは信頼してるわ。けれども、私たちはかつてないほど強い利害関係にある。
だからお互いの関係をもう一段階、深めておくのはよいことだと思うの。
それに私とあなたは共にアガネアの身を守る役割。そのうえでも知っておいて欲しい情報なの。
もっとも、ここの悪魔ならある程度は予想できていると思うけれども」
「なら、お返しにあたしもガキの頃の恥ずかしい秘密なんかを話してやらなくちゃな」
「それはどうでもいい。もし役割に益があるなら聞くけど」
「あ、ワタシそれ聞きたいです」
ベルトラさんが微妙な顔をする。あれ。なんか変なこと言ったっけ。
「悪魔なんだからガキの頃のなんてあるわけないだろ。冗談だよ。冗談」
「それで私の話だけれど。いいかしら?」
ワタシたちはうなずく。
「じつは私は悪魔ではないの。ここ百頭宮という場所そのものが化身した、精霊みたいなもの」
ワタシは頭にハテナマークを浮かべてベルトラさんを見る。
一方のベルトラさんはなんだか納得したようだった。
「つまりヘゲさんが傷つけばここは破損するし、ここを破壊すればヘゲさんも傷つく。そういうことか。
払いがかさんで肩代わりもなく、働いて返しながらずっと居残ってたって噂は違ってたんだな」
「そう。それは私が流した噂。それでとにかくだから、あなたの要求したスタッフ用調理師の追加は却下。アガネアに何かあったからって、あなたが持ち場を放棄して駆けつける必要はないの」
うおお。ベルトラさん、影でそんなことしてたなんて! “どんなことがあっても、おまえは必ずあたしが護る(脚色ぎみ)”って覚悟、そこまでだったんですね!
「もちろん、なるべくなら私が動かないほうがいいのも事実。だってここの建物だけじゃない。制度、スタッフ、営み。それらすべての総体としての百頭宮こそが私の本体。だから誰かが私を傷つけるのは難しい。
一方で、わたしはここの影響をたやすく受ける。施設の老朽化や破損、人間関係の摩擦、経営上の不都合。それは私を損ね、疲弊させ、負傷させる。
私を見れば百頭宮という組織そのものの状態さえ判る。逆も同じ。私を滅ぼせばここは場所も組織もすべて潰れる。
昨夜の怪我も広く薄く、ここのすべてが受け止めた。もう治ったけれど。もしこれが回復に時間を要するような大怪我なら百頭宮の営業に支障が出る。
だからこれは強みであり、弱み。だから私はここの敷地から出られないし、ここの中ならどこにでも現れることができる。
注意を向けさえすれば内部のことはなんでも知ることができる。そしてアガネア。今は常にあなたのことを意識してる。この中にいる限り、あなたが危険な目にあってもすぐに察知して駆けつけられる」
だから安心しろってことか。
おはようからおやすみまで、暮らしのすべてをヘゲちゃんに監視されていたいとは、まあ、少しは思わなくもないけど、ちょっとなあ。
いつトイレに行ったとか、いま入ってるとかも丸わかりなわけでしょう? ワタシにもいちおうプライバシーってものがあるんだけど。
とはいえ、それが生死を分けることもあるのは昨夜の事件でも判る。
ここは特殊スキル「よかった探し」を発動しよう。
……発動成功!……。ま、しゃーない。脂ぎったオッサンとか粘液ぎった男悪魔とかでないだけマシだ。
ベルトラさんとヘゲちゃんから24時間365日年中無休で守られてる。
そう思うとワタシを押し潰そうとしていた不安はずっと軽くなった。
うん。これなら大丈夫。だといいなあ。
次回、方法4︰お申し込みは今すぐ!(契約書はよく読みましょう)