方法3-4:押し倒され系(不用意な接触は避けましょう)
次に目覚めると、ワタシはベッドの上に居た。
「起きたか。どうだ、調子は?」
床に座って新聞を読んでいたベルトラさんが立ちあがる。
なんとその顔にはメガネがかかってた。
ワタシの視線に気づくと、ベルトラさんは照れくさそうにメガネを外した。
「ものを読むときだけだ」
体を起こす。内装がワタシのところと同じなので、住み込みスタッフ用の部屋だというのは判った。
でも、ずっと広いしベッドが二つある。
「ここは」
「ああ、今日からおまえとあたしは相部屋だ。その方が安心だろ?」
愛部屋。そんな部屋があったなんて。
たしかにワタシとベルトラさんは同性という壁も種族の壁も超えて愛しあっていると言っても過言ではなくもないこともないような、あるような、ありそうでなさそう、なさそうでありそうなそんな感じだけどいきなり愛の部屋だなんて。
と、そこまで考えて気づいた。
ああ、相部屋ね。二人部屋ともいうアレね。判ってたよ、うん。
半分寝ながら聞こえていた三人の会話を思い出す。
「再発防止に向けたアクションプランを作ろう」
とかアシェトが言ってた。
これもそれなのかな。
というかアシェトはブラック経営者ってだけじゃなく、意識高い系でもあったのか。
手に負えないな。
「で、どうだ」
ワタシは折られた指に触れ、それからゆっくり動かしてみる。
「大丈夫そうです」
「まあ、指はな。折れただけだからな。うん。先生のアレがありゃすぐ治る」
ワタシは自分がベルトラさんにしがみついて子供みたいに泣いてたのを思い出す。
うう。気恥ずかしい。
あのときよりはずいぶんマシな気分になってる。
けど、なんて答えればいいんだろう。
もうイヤです。ダメですって言ったところでどうにかなんの?
ワタシが何も言えないでいると、勘違いしたのかベルトラさんは少し慌てたようだった。
「仕事はしばらく休んでいいから、落ち着くまでゆっくりしてろ。
あたしは休めないからそのあいだ厨房には来てもらうが、何もしなくていいからな。
そりゃ手伝ってくれるんならそれが一番いいが、あんな目にあった後だし、な?」
これまでとは違う、腫れ物に触るような態度。
ムリに気遣ってるのが見え見えで厭な気分。
「いや、仕事はやります。休んだりして、変な名目でお金を請求されたり減らされたりしても困るんで」
声ににじみ出る、隠しきれない不機嫌。
って、なんだろこの流れ。
ワタシ意外と面倒くさい女なの? 自称サバサバ系でしかなかったってこと? それはいかん。
ワタシはそんな女じゃないということを自分に証明しないといけない。
これはプライドの問題だ。
「厨房に居るのに何もしなければ、食事に来たみんなから“あいつ何やってんだ。ベルトラさんあんな忙しそうにしてるのに。あ、役立たず過ぎて何もするなって言われたとか。動けばマイナスだけど、何もしなけりゃプラマイゼロでまだマシだから。アシェトさんの古い知り合いだがなんだか知らないけど、そんなの押し付けられたベルトラさんも災難だよな”とか思われそうで」
「おまえ、あたしらをなんだと思ってんだ」
「え? 悪魔ですけど」
あっれ? おっや? なんか凄いトゲだらけなこと言ってるぞワタシ。
どしたー? これじゃますますスネてるみたいじゃないの。
ほらベルトラさんも呆れてるって。やぁ、ワタシをそんな目で見んといてぇ。
「まあいい。おまえの居たところからすりゃ、ここが信用できない危険な場所ってのはたしかだ。
でもな。あたしとヘゲさん、それにアシェトさんはお前を護りたい。
情とか優しさとか、そんな不確かなもんじゃない。
そこに動かせない利害があるからだ。
だからこれは信用してくれ。そこで、あたしらはおまえに一つ誠意を見せたい。
で、だ。あたしの言うこと、信じられるか?」
ワタシはうなずく。
魔界で誰が何を言おうと、この人だけは信用できる。
騙されたってベルトラさんなら許せると思う。
憶えてないけど人界に居たときだって、これほど信用できる人はいなかったんじゃないかな。
ベルトラさんの話はこうだ。
ワタシはいろいろ謎めいてるせいで、数は少ないけどここのスタッフの中にワタシを熱烈に崇め、心酔する悪魔が出てきてるらしい。
ちょっと理解できないけど、そもそも悪魔の考えることなんて解らない。
そしてそれだけなら神聖ワタシ帝国が形成されてみんなハッピーなだけなんだけど、熱狂的な愛情が人間の基準からすれば歪んだ方向に出やすいのが悪魔。
それはもう身をもって経験したから納得できる。
エイバートにしろライオン男にしろ、ワタシが憎かったり嫌いだったからあんなことをしようとしたわけじゃない。
むしろ魅力的だなあ、ステキだなあ、と思ってたからあんなことをしたわけで。
ヤダ、ワタシったら罪な女だったのね。全然うれしくないけど。
それで、そうしたスタッフの中でも一番アレげな感じになってるのを見せしめにするらしい。
どれくらいアレかというと部屋中の壁から天井からワタシの隠し撮り写真で埋め尽くし、どうやって手に入れたのか洗濯に出した私の服も手に入れて、口では言えないようなあれやこれやをしているらしい。ソースはヘゲちゃん。
そっか。やっぱ服、一着なくなってたんだ。
どうもそんな気はしてたんだけど。
「流れとしては単純だ。このあとワタシは今日の仕事の残りを片付けに厨房へ戻る。
そこで一人きりになったおまえのところへそいつがやってくる。
そして、襲われそうになったところでヘゲさんが助けに入る。
こっちの動きは仕込みみたいなもんだが、すぐできそうなことはコレくらいなんだ。
それにそうやっておけば、他のスタッフもおまえに妙な気を起こしたところで理性で抑えられるうちは手を出せなくなる」
サラッと言ってたけど、“※ただし理性があるうちに限る”って前提条件ありありなのは気になるけど、そこは置いておこう。
ただ、
「そう上手くいくんですか?」
「いく」
ベルトラさんは断言する。
なんだじゃあしんぱいないね。
安心するワタシ。チョロいなー。
けどそれだけだとベルトラさんの解説魂が納得しないようで、言葉を重ねてきた。
「ヘゲさんが良からぬことを吹き込んでるはずだからな。あの人は人心操作が得意なんだ」
ベルトラさーん。さすがのワタシでもそれは信じらんないっすよ。
ヘゲちゃんといえば無表情、無感情、無反動。
“心? 新しいラーメン屋か何かですか?”とか言いそうだもん。魔界にラーメン屋あるか知らないけど。
ワタシの疑わしげな空気を感じてベルトラさんはちょっと困ったようだった。
困るベルトラさん。略してコマトラさん。ご飯3杯はイケると思います!
「少なくともあたしはそう思ってる」
「なら心配無用ですね!」
見よこの盲従っぷり。もはやなんかの病気レベル。
ベルトラさんさえちょっと引いてる。
ちょっと待って。引かないでもう少しこっち来て。さあさあ寄っといでー。怖くないよー。
それからしばらくして。ベルトラさんが部屋を出てワタシは一人きりになった。
もちろんベルトラさんの私物をあさるようなことはせず、ベッドのフチに腰掛けてぼんやりしていた。
さすがに少し睡眠を取ったくらいでこのところの心労は抜けきらない。
静かにドアが開いた。
「アガネア様」
女のささやき声。
次回、方法3-5:押し倒され系(不用意な接触は避けましょう)




