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チートも無双もないけれど。魔界で死なないためのn個の方法  作者: ナカネグロ
第2部:南国ってリゾートじゃないの?
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方法38-2︰なにか金融道(責任は果たしましょう)

「おお、アンケートを書いてくれたのか。ところでそちらは誰かね?」


 ワタシはヨーミギにサロエを紹介した。


「おまえさんが従者を持つとは。しかも妖精悪魔」


 ヨーミギの部屋は前に比べてずいぶん変わってた。

 どうやって運び込んだのかあちこちに金属製の大きな機械が設置され、その間を棚が埋めてる。棚には本やらメモの束やらが押し込まれてる。

 どこからどう見ても立派な研究家の部屋だ。スチームパンクっぽくもある。

 サロエは珍しい機械に興味津々丸かと思ったのに、なんだか居心地悪そうだ。


「妖精は金属を嫌うというからな。落ち着かないんだろう。私も本物に会うのは初めてだが、どうやら本当の話だったらしい」


 研究者魂が騒ぐのか、ヨーミギはサロエをじっと見てる。


「しかし。妖精悪魔というのはなんだな。ずいぶん禍々しい気配を放っているものだな。やはり魔法の相性が悪いことを本能的に感じ取るんだろうか」


 いやそれは、たんにこの娘が呪われてるだけで……。


 と、サロエがヨーミギに手を伸ばし、透明な方に触れた。


「こっちもなんかあるんですね。プヨプヨしてる」


 サロエはサワサワとヨーミギの左側を撫でまわす。


「うむ。万霊素体で作ったものだ」


 ヨーミギはされるがままになってる。ヘゲちゃんの髪触ってたときもそうだけど、サロエって他人に触るの上手いよな。呼吸とか間合いとか、何かコツでもあるんだろうか。



 次の日。ワタシは一人でヨーミギの部屋に来てた。さっそくインタビューがしたいらしい。


「今日はサロエはいないのかね? 廊下で待たせとるとか」

「今日はワタシだけ。あの娘にはワタシが人間だってこと話してないから」

「そうか。それじゃ色々と面倒だろうに。そもそもなんで従者なんぞ」

「まあ、成り行きで」

「ふむ。……まあいい。それでは、始めよう」


 ワタシはヨーミギの質問にあれこれ答える。

 その結果、新しいことが解ったりはしなかったけど、今までのことが整理された。


 まず、ワタシには人界で体験したことの記憶、いわゆる“思い出”がほとんどない。

 女子高の光景とか、ドラゴンバスターのカセット見たこととか、微妙に思い出したことはある。ただし記憶が部分的にあるのか、全部あるのに思い出せないのかはハッキリしない。

 そもそも自分で思い出したと思ってることも本当にそういう記憶なのか、意識が捏造したものなのかは判断できない。ひょっとしたら体験したことの記憶は何もないのかも。


 次に知識の記憶。これはある。コタツやら回転寿司やら、知ってることの量とディテールから見て、捏造とは考えにくい。


 謎めいてるのが、時々ある心の動き。争奪大会の説明会のときパニックを起こしたり、一生みんなを警戒して暮らさなきゃならないのかって考えたときに激しい絶望を感じたりした、あれだ。

 人界での経験が影響してるって気がするけど、元になってるものの記憶はない。もしかしたら嫌なことの印象だけが魂に染みついてるのかも。

 

 ヨーミギと一緒に解きほぐしてみると、整理はされたけど全体的にワタシの記憶についてはどうなってるのか曖昧で、なんとでも言える状態だった。


「魂は人間の証明。失えば死ぬ。しかし今のところ、それ以外で人間にとってなにか具体的な機能はない、とされている。ただそれすらもたいした根拠はないし、まして魂と記憶の関係など研究されてもいない。成果が出るまで時間はかかるだろう」

「けど、魂から記憶を読み取ることはできるんですよね? なんか、最初の頃に言われましたけど」

「そういう技術はあるが、あれも仕組みは不明だし、どこに何がどのように、なぜ記録されているのかも解っていない。そもそも、どれくらいの信頼性があるのやら。たとえばその記憶は客観的なものなのか、勘違いや思い込みも含んだ主観的なものなのか。いま、お前さんの魂から人界の記憶が呼び出せるかさえやってみなければ解らない。本人が思い出せない記憶が魂に記録されているのかどうか……。このテーマは人間の脳科学やら認知科学とも密接な領域だろう。そういった学問を担当するダンタリオンの手が借りられればいいんだが」


 ダンタリオン、か。その名前聞いただけで気が重くなる。


「脳っていえば、そもそもワタシで魂と記憶の関係が研究できるの? ほら、こうやって生きてるわけだし、普通に記憶喪失の人間調べてるだけなんじゃないの?」

「ふむ」


 ヨーミギは自分の角を引っ張る。考え事してるときのクセだ。


「おまえさん、メンタルは強いかね?」

「見てのとおり、もろくて繊細で透明で輝く、ガラス細工みたいな心だけど? メイドインパリ」

「なるほど。どうやら頑丈そうだな」


 ワタシの返事のどこにそう判断する要素があったんだろう。

 けど、ワタシの心が何製だろうと、メイドインどこだろうと、ヨーミギの言葉は気になる。こっち来ていろんな目に遭ったおかげで、ちょっとやそっとのことじゃ驚かないし、たぶんなに言われても平気。


「確証はないが、いくつかの状況証拠から判断するに、お前さんの肉体はフレッシュゴーレムのものだぞ」

「え?」


 思わず自分の体を見下ろし、両手を閉じたり握ったりする。それは握りっぱだ。ゆっくり開くと手汗がすごいのを確認し、また閉じる。


「それって、健康に悪かったり……?」

「するわけなかろう」


 なんだろう。冷静ではあるんだけど、どう反応したらいいのか解らなくて戸惑う。


『へいへいよー。ヘゲちゃん、聞いた? あいつあんなこと言ってるけど』


 ヘゲちゃんに意見を求めてみたり。


『聞いてるわ。ヨーミギからいくつか問い合わせを受けてて、そんなことじゃないかって想像はしてたのよ。とにかく理由を尋ねなさい』


 そうか。理由ね。


「なんでそんなこと言うの?」


 あ、これじゃ責めてるみたいだ。


「論理的に考えれば、それが一番ありそうなことだからな。まず、おまえさん初登場のとき。もとの積み荷のフレッシュゴーレムはどこへ行った? カケラも見つからない以上、おまえさんの体と入れ替わったか、おまえさんがそのフレッシュゴーレムか、だ」


 たしかに、積み荷だったフレッシュゴーレムはどこに消えたのか、解ってない。


「次に言葉。おまえさんは悪魔の言葉を読み書きできるし、会話もできる。その知識はどこから来た?」

「それは設定の穴だから気にしないで」


 ヨーミギは鼻で笑った。


「ならば私が埋めてやろう。ラズロフが納品しに来たフレッシュゴーレムは言葉の知識のみ装填されていた。こちらでその他の知識は組み込む段取りだったそうな。ここでの接客に最適化された知識をな。しかしそのためには言葉が理解できないと不便だ。だろう? まさに“はじめに言葉ありき”というやつだ。おまえさんがフレッシュゴーレムに宿ったのなら、言葉についてだけ魔界の知識があるのは筋が通る。なんといっても記憶や知識は脳にあるのだから」


 フレッシュゴーレムの体は人間と同じ。だからその脳にある知識はワタシのものになる、のか。


「ただし、運ばれていたフレッシュゴーレムとおまえさんの外見は異なる。そこがこの理論の空白部分だ。憑依で人間の外見が変わるという例もあるそうだが、どれくらい変わりうるのかが判らない。しかしそれでも、おまえさんはフレッシュゴーレムに人間の魂が宿ったと考えるのが、一番もっともらしい。原因は今のところ見当もつかんがね」


 ヨーミギの話をじっくり考える。たしかにそれなら、いろんな辻褄は合いそうだ。


「つまりワタシはフレッシュゴーレムなの?」

「いや。魂がある以上は人間だ。肉体的にフレッシュゴーレムと人間に差異はない」


 ヨーミギは右手と、見えない左手をパチンと合わせた。


「これでなぜ、私がおまえさんで魂と記憶について研究しようと考えたか、理解できたろう。おまえさんの魂は元の肉体とは異なる肉体に宿っているのだよ」

次回、方法38-3︰なにか金融道(責任は果たしましょう)

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