方法37︰ローグライクサイコホラー(メンタルヘルスも大切に)
股間からインコの頭をぶら下げた、首無しの魔物をベルトラさんが拳でぶち抜く。ハデな血しぶきと共に魔物は爆散した。返り血やらでベトベトになるベルトラさん。
ワタシたちは不慮の事故によって、サロエの不思議なダンジョンが展開された小型な時空間、ポケットディメンションに転送されてしまった。
そう。事故である。不慮の。
「いやあの、本当にすみませんでした」
だからこうして謝ってるのは、物事を円滑に進めるための処世術でしかない。
「気にするなって言ってるだろ。あたしはただ、みんながメシどうしてるか心配なだけだ」
「私も怒ってないわ。あなたの思考過程が限りなくウミウシに近いことは解ってたもの。こうなることは予測しているべきだった。私はただ、アシェト様にどれどだけ迷惑をかけているか。それと、あの方の独創的な思考で意外なところが被害に遭ってないか心配なだけ。たとえばサロエを八つ裂きにして、その生首を投げ込むことで妖精悪魔と全面戦争になってたり、ね」
よかった。二人とも怒ってない。とか思えればいいんだけどね。まあ、無理だよね。めちゃ怒ってるよね。これ。
むしろ周囲の迷惑について言うことで、地味に精神攻撃してきてるまである。コイツら日本人の攻めどころ解ってんじゃねーか。
いたたまれなくなったワタシは二人から視線を外す。
ダンジョンは、たしかに迷宮って意味じゃダンジョンだった。けど、洞窟とか石造の回廊とか、そういうのじゃない。
一番近いのは、劇団イヌカレーがデザインしたのをムリヤリ立体化したような感じ。
綺麗なんだけど、ずっといると落ち着かないし、だんだん精神的に疲れてくる。
構造は複雑な立体交差で、梅田の地下街みたい。どこまでが同じフロアなのか判らないし、道が縦横で直角にクロスしてないから位置感覚が狂う。
おまけに魔界じゃ見ないさっきみたいな魔物がわりとたくさんいる。魔物というより、ホラーゲームに出てきそうなクリーチャー。
こっちの知識のせいもあるけど、見た目からは強さもよく解らない。そして雑魚から強敵まで振れ幅があるから油断はできない。
こんなところにワタシたちはかれこれ十日はいる。
そう。十日。
限界まで探索してワタシが寝るのを10回以上は繰り返してるから、少なくてもそれくらいは経ってるはず。
不眠不休に慣れてるヘゲちゃんでさえ少し疲れて見える。ましてやワタシに合わせて普段は毎日寝てるベルトラさんなんてかなりキツそうだ。
水と食料はヘゲちゃんが謎の収納空間へ大量に備蓄してくれてた。ラズロフんとこの人間臭を消す丸薬まで。しかも大娯楽祭の後に改良されたやつ。
完璧とは無駄に見える準備の積み重ね、とか言ってたけど今回ばかりはヘゲちゃんの言うとおりだと思う。
もしここへ来たのがワタシだけとか、ベルトラさんと二人とかだったら、今頃ワタシは飢えと乾きで死んでた。
まあ、そうした諸々と引き換えに、手紙なくしたことは絶対しゃべらないよう約束させられたけど。特にアシェトさんに知られたらワタシを殺して自分も死ぬ覚悟らしい。
……なんかひょっとして。ひょっとしてだけどヘゲちゃん、これまで他にもアシェトに対してだけ揉み消してるミスとかあるんじゃないかって気がする。怖くて追求する気になれないけど。
「それにしてもあの悪魔、よく数時間で抜けてこられたよな」
ベルトラさんがボヤく。
「抜け道でもあるのかしら」
「ですが、ここはランダム生成のはず。毎回すぐに抜け道が見つかるとは思えません」
「抜け道に関しては規則性があるのかも。もしくは、実際には毎回同じだとか。ランダム生成ってサロエが言ってるだけでしょう? あの娘が自分でここに来て確かめたわけじゃないと思うの」
なんか、喋りながらヘゲちゃんの目がだんだん虚ろになってる。
「それどころか、特定のルートじゃないと外に出られないなんてことも……。だっておかしいじゃない。これだけ歩いてるのに出口がないなんて。ひょっとしてサロエが慌ててたせいで、出口のないポケットディメンションに送られたとか?」
聞いてるこっちまで不安になるようなこと言いだした。猛スピードで心が病んでってるような。ついさっきまで普通そうだったのに……。
あれか!? 全然大丈夫そうに見えて、限界超えると突然ダメになるタイプなのか!?
「そうに違いないわ。つまりもう、私は永遠にアシェト様には会えない。存在する意味が、もう……。ああ、アシェト様はどうしてるのかしら。着てたドレスその辺に脱ぎ散らかしてるんじゃないかしら。いただきもののお酒の空き瓶、床に転がしっぱなしにしてるんじゃないかしら。ウフ、ウフフっ…………かわいい……」
いきなり思考が飛躍しすぎだけど、ワタシもベルトラさんも異様な雰囲気に声が出せない。
ベルトラさんが必死で“おまえなんとかしろ!”って目で訴えてるけど、すいませんできません。
地面を見つめてヘゲちゃんがブツブツつぶやくのを何もできず見守ることしばし。途中で何体か、寄ってきた魔物をベルトラさんが倒したりもした。
やがて、ヘゲちゃんがスッと立ち直った。ワタシをまっすぐ見るその目には強い意志の光。
表情もさっきまでの思い詰めたものから、いつまの無表情に戻ってる。
「ねえ。最初から思ってたんだけど、ここならあなた殺しても天使にバレないんじゃないかしら」
違った。立ち直るどころか反対側に突き抜けてる。
ベルトラさんがワタシの目の前でしゃがんだ。
「死ぬ気であたしの首にしがみついてろ」
つべこべ言わず指示されたとおりにすると、ベルトラさんはヘゲちゃん置いて一目散に駆けだした。
「何してるんですか!?」
「逃げてるんだよ。おまえ死にたいなら今すぐ止まってやるぞ」
「逃げましょう地の果まで! いい機会だからそこで二人、いつまでも幸せに暮らしましょう!」
「クソッ。おまえ普段どおりなのかおかしくなってるのか、ほんっと判りにくいな! いや、普段からおかしいのか。とにかくあの人最悪、もうダメかも解らん。ありゃ限界迎えると急激にガタが来るタイプだな」
ワタシと同じこと言ってる。ウフフー。
ベルトラさんは全力で走った。かなりのスピードだ。どれくらい速いかというと、ワタシの体が地面と平行になるくらい。
ヘゲちゃんは嗜虐心に火がついたのか、わざと追いつかないで一定の距離を保ってる。
終始無言なのがよけいに怖い。
ベルトラさんは現れる魔物をかわし、飛び越し、股下をスライディングで抜ける。ワタシは死にものぐるいで、そんなベルトラさんの首にしがみつく。
魔物たちは後から来るヘゲちゃんに瞬殺されていった。
久々に命の危機を感じる。しかも相手はあのヘゲちゃん。怖くて押し潰されそうで、どうにかなりそうだった。
恐怖を紛らわせるために口を開く。
「ヘゲちゃん弱ってるって設定はどうなったんですか!」
「設定言うな。営業も再開したし、工事もほとんど終わってる。つまりヘゲさんは大娯楽前の力とほぼ同じとこまで回復してるはずだ」
こんな時でも質問にはきちんと答えてくれるベルトラさん。解説に関してベルトラさんの辞書に“今それどころじゃない”って言葉はない。
どれくらい走ったろう。ワタシの腕は限界超えて感覚がなくなってる。
ふと前を見ると、ひときわ複雑な装飾の密集してる中に“出口”の文字。
「ベルトラさん! あれ!」
「ん? おお!」
ベルトラさんも表示に気づく。
「ヘゲさん! 出口です! ありました!」
ベルトラさんが足を止めた。次の瞬間、ヘゲちゃんがワタシたちの隣に立ってた。やっぱ、その気になればいつでも追いつけたんだ……。さすがにゾッとする。
「本当ね。でも、それらしいものはなさそう。やっぱり出られないんだわ。よし、アガネア殺そう」
「まっ、待ってください。もっとよく調べてみましょう」
さんざん探してようやく見つけた扉は複数の装飾にまたがる大きなものだった。そりゃパッと見じゃ気づかないわ。
ベルトラさんが扉を開けるとワタシたちは光に包まれ──。
気がつくと夜の野原に立ってた。どこだろ、ここ。
「おいあれ、百頭宮じゃないか?」
ベルトラさんの指差す先、月をバックにライトアップされてるのは、確かに百頭宮みたいだ。
ワタシたちが空を飛んで戻ると、特に変わった様子はなかった。正面玄関の前に立ってる警備員も、驚いたりしてない。
「おかしいわね」
ヘゲちゃんが警備員に確認すると、ワタシたちがポケットディメンションに送られてから3時間も経ってないことが判った。
「なるほどな。向こうとこっちで、時間の流れが違うのか」
独り言のフリした解説、お疲れ様です! 抜け目ないなぁ。
「ってことは」
「昼間の悪魔、何日もかけて脱出したと思ったらまた送り返されて、また何日もかけて脱出したら送り返されて、ってのを繰り返してたことになるな」
想像しただけでおなか痛くなるな。けど、そう考えるとあいつに妙な仲間意識が湧く。同じ苦労を体験した者同士というか。
一度くらいはあいつの話をちゃんと聞いてやるべきかもしれない。
帰って来られて、しかも数時間しか経ってなかったからか、ヘゲちゃんは正気に戻ってた。少なくとも、おかしくなってないようには見える。
部屋へ戻ると床に濡れタオルが散乱してて、ベッドの上ではサロエが気持ち良さそうに安らかな顔で寝てた。
「このまま永眠させてやろうかしら」
ヘゲちゃん怒りの強チョップが炸裂。サロエは叩き起こされ、そのまま三人による寝起きドッキリ大説教タイムに突入した。
次回、番外12︰本物の上司な二人




