方法33-1︰誰を最初にどうにかすればいいのか(報告は早めに)
ヨーミギがここへ来て、一か月近くが経った。ワタシはあれっきり会ってない。
百頭宮は仮営業をしながら少しずつ修復とリニューアルが進み、争奪大会は相変わらず新聞なんかを賑わせていた。脱落者は増えてるけど、すぐやられるような弱小は淘汰や再編されて、だんだんペースが落ちてきてる。
結局アシェトの事情聴取はあったみたいだけど、向こうが話を聴きに来てそれっきり。
ワタシは平和だった。起きて、働き、寝る。いやもうこの安定感、安心感。顔なじみも増え、ソウルコレクター撃退の件もあって、最初の頃に比べたら居心地は遥かにいい。
このまま愉快な仲間と他愛もなくふわふわ戯れるSSばっかでいいんじゃないかな。
この前まとめた気になることリストとか捨てよう。うん。
例えば──。
スタッフホールの片隅に古ぼけたアナログ体重計がある。
そういやこっち来てから体重なんて測ってないなあ。
ゴクリ。
ワタシはツバを飲んで体重計に乗ってみる。気になる結果は……。
「30!」
ヤッター! ヤッタヨー! いやあ、スマートな方だとは思ってたけど、ここまでとは! 軽い通り越してちょっと浮いてるまである。
いやそんな馬鹿な。ワタシは体重計に乗ったまま屈伸してみるけど、針はゆらゆら揺れるだけ。壊れてんのかな。
「何やってんだ?」
「うおっ!?」
ベルトラさんだ。
「それ、ヘゲさん専用の体重計だぞ。単位はひと目盛1キロトン。つまり1000トンだ。あの人ほら、この建物と連動してるから」
「ああ、なるほど。ってアレ? そしたらワタシの体重は……??」
どうカナ!? ダメカナ!? それじゃヘゲちゃんの体重で床抜けんじゃね? とか、この世界じゃ言いっこなしだぞ!
なんて作業しながら妄想でハートキャッチなハピネスチャージしてると、本物のキロトンデブ、じゃなかったヘゲちゃんが現れた。
「今日の就業後、ヨーミギの部屋に来て」
「ちょっと今忙しいから後にして。大量のニラを刻まないといけないの。その後はネギ」
「だから就業後って言ったでしょ。あなたの頭の中身はおがくずかなにかなの?」
「聴いてるって。ニラの後にネギでしょ」
ヘゲちゃんはため息をついて姿を消した。
いやちゃんと聴いてたのに。ネドヤから帰ってきてから任される作業が増えてちょっとテンパってるだけで。
ネギの後にニラ、じゃなくてニラの後にネギ、でもなくて、就業後にヨーミギの部屋でしょ。
それにしてもあそこ、いつから待ち合わせスポットになったんだろ。あんなとこで待ち合わせてどこへデートに行こうってのか。
とにかく仕事が終わると、ワタシはヨーミギの部屋へ向かった。
ドアの前にヘゲちゃんがいる。
「待った?」
「いま来たとこよ」
おお!? なんかカップルみたいな会話だ。こりゃマジでデートじゃねーの?
「タイミング合わせて転移してきたの。あなたのこと1分1秒でも待つなんて発想、どこから出てきたの?」
おぉ。こりゃマジでデートじゃねーな。あとヨーミギの部屋は待ち合わせスポットじゃなくて目的地だと思いました。解ってたけど。
中へ入るとヨーミギが読書してた。部屋の中はベッドや大きなテーブル、ソファに戸棚に。なかなか広いし快適そうになってた。
「おお。来たか」
ヨーミギは最初ここへ来たときよりずっと落ち着いて見えた。
「話は聞いてる。にわかには信じがたいが、言われてみれば確かにそのツノはラズロフのとこのだな」
ワタシはイスに座らされる。ヨーミギがその後ろに立った。
「えっと、これから何が?」
「まあ、検査だ」
それからヨーミギはワタシのツノをつつき回したり軽く叩いたり、表面に何かを書き込んだりした。
しばらくして、重々しく告げる。
「もう抜くんじゃないぞ。死んでもいいなら別だが」
なんとなくワタシもそんな気がしてた。前も抜いたとき大丈夫じゃない感じしたもん。けど、気になるのはその先。
「一生このまま?」
「いや。ツノだけを上手く破壊できれば恐らくは……。しかし、うーん。どうなんだろうな?」
「そこは断言して欲しいんだけど」
「無茶言うな。私の知識は魂が禁止されてから検証した推測なんだ。そもそもこれ、こんな使い方を想定したものじゃないだろう。連続装用は一日3時間以内とか、言われなかったか?」
「マニュアルみたいなものはなかったそうよ」
ヘゲちゃんが答える。
「そうか。こいつはな、植物だと思えば解りやすい。ツノを植えると根が魂に作用するんだ。長時間身につけているとそれだけ根は深く大きく張り、抜くのが難しくなる。無理やり引き抜けば魂はズタズタになる。ツノを破壊すればやがて根は枯れるだろうが、枯れてどうなるのかが判らん」
「根が魂を変質させたり、損なうことは?」
「それも判らん。そもそも魂は人格や思考に影響を与えるものじゃないからな。外から観察しても意味はないし、ツノの効果は魂を隠すものだ。どうかなってるかもしれんし、どうもなってないかもしれん」
ヘタに曖昧なことを自信たっぷりで断言されるよりはマシだけど、その答えは不安になる。
次に、ヨーミギはふせんみたいな紙を取り出すと、ワタシの体の周りで振り動かした。しばらくそうやってから、目を細めてその紙を眺める。
「微量の魂の気配が漏れてるようだ」
ヨーミギが紙片を見せてくれる。端のほうがうっすら赤く色づいてる。
「この量なら同じ環境で日常的に接してる、魂感受性の強い悪魔でなければ影響ない程度だが」
「それで、魂の質と量は判定できる?」
「いや、そうさな」
腕組みするヨーミギ。
「そうだ。単位時間あたりの魂の気配の漏出量と、ツノの隠蔽限界の推定値から計算すれば……」
ヨーミギは机の上の古びた手帳を取ると、ページをめくる。その手帳、どこから出てきたんだろ。ヘゲちゃんみたいに謎の収納空間でも持ってるのかな。
やがて目当てのページを見つけたヨーミギは、紙に何やら書いて計算を始める。
「推定値だからバラつきが大きいが質、サイズ共に15から20といったところか。ただなぁ」
「ただ?」
「数字の上ではあり得るが、現実にそんな魂が存在するとは考えられん。計算間違いか、算出法の間違いか。ツノの性能を読み誤っているか」
「仮に実在するとしたら?」
「そんな魂を作っただとか、複数の魂を合成しただとか。考えれば他にもあるかもしれない。ただどれも、どうとでも言える空想上の話でしかないぞ。現実味のある理論的裏付けは一切ない」
なるほど。さんざんあれこれ言ってたけど、結局は何も判らないってことか。使えねーな。
「ところで、この部屋を厚いソウルシーラーで覆って、アガネアを殺すというのはどうだ? 出てきた魂をバレずに確保して保管できるかもしれないぞ。ソウルシーラー製の容器も作れば持ち運びもできる」
「かも、というのは?」
「死んだときに出るカルヴィニウム放射を防げるかは未検証だ。理論的には問題ないはずだがね」
それだ! すごい合理的じゃん。悪魔的に考えて。ってか、こいつなにサラッととんでもねーこと提案してんの!? けど、さすがにそんなことしないよね? ワタシはヘゲちゃんをチラリと見る。
「そうね」
そ、そそそそそ、そうね!? そうねってどうね!?
顔が熱くなり、手足がすうっと冷える。
「あなたがそう考えるのは無理もないわ。カルヴィニウム放射のことは失念してたけど、大娯楽祭のあとでコンテナを回収したとき、私たちも同じことを考えたもの。ただし──」
ただし来たーっ! ただしが来たよ! たかしもたけしも続々来るよ!(錯乱中)
「たとえ人間でも、アガネアはウチを救った功労者。その恩義には報いる必要がある。悪魔の社会は義理と取引。それを忘れたら私たちは魔獣も同然」
あ、義理と人情じゃないんだ。でもやっぱ社会の基本理念がかぎりなくヤクザっぽいな。(急速に復帰)
「それに、アガネアが来てからウチや社会の一部には変化や動きが起きた。人界と断絶されて停滞している現状にとって、異分子との接触は役に立つのかもしれない。そもそもカルヴィニウム放射の件は確証ないのでしょ? そんなリスクは犯せないわ。だいたい」
そこでヘゲちゃんは一瞬、ワタシに目を向けた。
「人の一生は悪魔にとって短いもの。アガネアの寿命が尽きるのを待つのはたいしたことじゃない。そのときは、ソウルシーラー製の部屋なり棺なりが必要になるでしょうけど」
ワタシは知らずに詰めてた息を吐き出した。
「人間に義理立てするというのはピンと来ないが、その他はまあ、そうかもしれん。考えてみれば魂に対して、その器である人間からアプローチするというのは可能性があるかもしれない。なにも進んで貴重なサンプルを損なうこともないか。死は不可逆的なものだしな」
ヨーミギも納得する。
ワタシたちはヨーミギの部屋を後にした。
「ヘゲちゃんたちも、ワタシをソウルシーラーに詰めて殺すこと、考えてたんだ……?」
「ああ、あれはハッタリよ。そんなことも気づいてなかったなんて思われたらメンツが立たないでしょう。そんなことより、これであなたが死んだとき安全に魂を回収できるメドが立ったんだから、せいぜい長生きして稼がせてちょうだい。いったいウチにいくら借金してると思ってるの?」
ヘゲちゃん、口ではそんなこと言いながら本当はワタシのこと庇って……。ワタシいま、なにか超絶いらんこと言いたいけどガマンするよ!
方法33-2︰誰を最初にどうにかすればいいのか(報告は早めに)




