方法32-1:来ちゃった……(救いを求めるものには助けを)
帰ってきてから数日が過ぎた。旅行中ブランクがあったせいで、仕事はキツく感じられた。大娯楽祭の前くらいはだいぶ慣れてきてたんだけどなあ。
その日も仕事を終えたワタシは、部屋で書き物をしていた。
「なに書いてるんだ?」
「あ、これですか? ちょうどいま書き終わったところです」
ワタシはベルトラさんに紙を渡す。そこにはこう書かれている。
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『ワタシはいったいどうなっているのか?』
■メインクエスト
・なぜ魔界にいるのか
-不明。分かる気しない。そこまで興味ない。
■サブクエスト
・謎の襲撃者を見つける1
-ザレ町近くで襲ってきたやつらの黒幕
・謎の襲撃者を見つける2(解決済)
-ネドヤビーチで襲ってきたやつの黒幕
-ネドヤ・リゾート支部の犯行
・謎の襲撃者を見つける3(解決済)
-マスク・ザ・ネドヤの帰りに襲ってきたやつらの黒幕
-協会の大会開催反対派の一部の犯行。本気じゃなかったと供述
・毒盛事件の犯人を見つける
-並列支部本部でワタシに毒を盛った犯人を見つける
-進展なし。経営企画室の調査では並列支部の犯行を裏付けるものも、犯人の手がかりもなし。
・挙動不審なフィナヤー
-大娯楽祭前、なぜフィナヤーは猛アプローチしてきたのか理由を探る
-大会中は協会の悪魔とは会わないことになってるから保留。上からのプレッシャー?
・タニアの行方
・魂の気配の謎
・さっちゃん山の謎の施設
・施設の紙片にあったH.Y.Rとは誰か?
-四つセット。魂ということでワタシと何か関係があるのかもしれない
-関係ないとしてもタニアはロクなこと考えてないだろうから確保しておきたい
・ダンタリオンの陰謀
-ダンタリオンの陰謀を暴く
-本当にそんなもんあるのか。陰謀脳?
-ワタシとは関係ないかも
・正体バレについて
-ダンタリオンに悪魔じゃないと気づかれたのをどうするか
-わりとどうしようもなさそう。もう知らん。なるようにしかならん。
・ケムシャの正体
-ケムシャがダンタリオンなのか確かめる
-場合によってはダンタリオンの陰謀に含める
-ただの変人かも
・争奪大会の後対応
-勝者と独占的交渉権を結んだ後どうするか
・信頼できる魂学者の手配
-できればワタシの魂から漏れてるなにかをどうにかしてほしい
・ヘゲちゃんの書いたワタシ名義のコラム差し止め
-月刊アシェト様に連載が始まったコラムをどうにか掲載中止にできないか
-ほとんど諦めてる。もう第1回が載ってる号は発行されてるし。
-けどせめて、キズが深くなる前にどうにかできないか。大事なのは諦めない気持ち。
・老後の心配
-死んだ後にどうなろうと何が起きようとかまわないけど、老いていくのをどう誤魔化すか?
・二人の未来
-ワタシはヘゲちゃんトゥルーエンドの確定ルートに入ってるのか
-最近ちょっとデレてきた気がする
-できればハーレムエンドに持ち込みたい
・目指せビリオネア
-どうすれば楽して大金持ちになれるのか
-モデルの仕事が決まって一歩前進
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「なんだこりゃ? 特に最後の二つ」
「これはですね。ワタシに関係ありそうな謎とか事件とか、そういうのを解りやすく整理したものです」
「解りやすく……。これが。そうか……。解りやすい?」
あれ? なんか納得いってないみたいだけど。
「メインってのがあれか。根本的なところか」
「はい。サブがこっち来てからのことです」
ベルトラさんはメモをしげしげと眺めた。
「人界に帰る、みたいなのはないのか?」
「え? あ、そういえば」
まったく頭に浮かばなかった。
「んー。人界のときの記憶ないですからね。戻りたいって動機がないですし、むしろ今のまま人界に放り出されたらどうすればいいのか……」
戻りたい、帰りたいってのは今と比較して前の方がいいときに思うことだ。比べようのないワタシにはそんな気持ちは湧いてこない。
それにときどきワタシには人界時代の影響っぽいことが起きるけど、それはどれも辛く、苦しい気分になるものばかり。もしかしたらここへ来る前のワタシはけっこう不幸な人生だったのかもしれない。
「しかし、このままでずっとここに居るってわけにもいかないだろ。いずれ死んだら大変なことになるし、その前にお前が書いたとおり老いていくのをどう誤魔化すかって問題が出てくる」
「それならワタシ、永遠の17歳だから問題ないです」
「…………」
「じょ、冗談ですって。けどそもそも、人界へは戻れないんですよね? 天使にゲートが封鎖されてるとかで」
「そうだな。抜けようとしたらおまえでも殺されるだろう。けど、おまえはとにかくここへ来たんだ。ってことは何か方法があるはずなんだが……」
「帰る方法より、ここでなるべく長く安全に暮らせる方法知りたいです。とにかくそんなに今、帰りたいと思ってないんで」
「そうか」
ベルトラさんはうなずいた。
「解った。って言っても、なにができるってわけじゃないが。……あたしとしても、人間かくまってたってバレたときの問題さえなきゃ、おまえがここで暮らしてくのは歓迎なんだ」
「本当ですか? いや、えと、その、嫌われてると思ってたわけじゃないんですけど、いろいろ手間とか出費とか」
「だとしても、本当だ。アシェトさんやヘゲさんだって、最初はともかく今はそうなんじゃないか」
ワタシはちょっと泣きそうになった。ベルトラさんの言葉に。そして、それが嘘じゃないって信じられることに。
ここへ来てから暮らす毎日のなかで、ワタシはベルトラさんだけじゃなくヘゲちゃんやアシェト、その他いろんな悪魔のことを知った。だから解る。
もちろん、みんなに愛されてるなんて考えるほどおめでたい考えは持ってない。
けど、もし、いま。
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・アガネアが百頭宮で暮らしていることについて、当てはまるものを丸で囲みなさい。
1.良い
2.どちらかと言えば良い
3.どちらとも言えない
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なんてアンケートを取れば、ヘゲちゃんもアシェトも2か3には丸してくれるはず。他の百頭宮スタッフたちだって同じだろう。それか、悪い評価が選択肢にないことに抗議するため自害するか。
ギアの会のメンバーやティルなんかは1を選んでくれるかもしれない。
こう思えるってことはつまり、ここに自分がいてもいいって思えてるってこと。それが自分でもびっくりするくらい嬉しい。
最初のころの不安や恐怖、それからの苦労を思えば当然かもしれないけど、そんなことじゃ説明できないくらい大きくて温かい気持ち。
こんなふうに感じるなんてやっぱりワタシ、人界では悲惨な生活だったんじゃないだろうか。一番最初に女子校のことがチラッと浮かんだから、もしかしたら学校で壮絶なイジメに遭ってたのかも。ワタシの愛らしさと知性、性格の良さが妬まれたりなんかして。それなのに、学校ではちょっと浮いてるけど超絶ステキな人が周囲にいなかったとか。
魔界っていう人間にとっては過酷な場所だけど、ワタシは確かに自分の居場所と、共に生きていける存在を見つけることができた。これからもここで、ワタシは精一杯生きていこう。 (完)
ごめん。いい話っぽくまとめられたから勢い余って(完)とか言っちゃったけど、またもや終わってなかったわ。
「どうしたんだニヤニヤして?」
そこでふと、ベルトラさんが表情を引き締めた。
次回、方法32-2:来ちゃった……(救いを求めるものには助けを)




