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チートも無双もないけれど。魔界で死なないためのn個の方法  作者: ナカネグロ
第2部:南国ってリゾートじゃないの?
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方法31-4︰秋の全国仁義なき戦い(傍観してましょう)

次回、方法31-5︰秋の全国仁義なき戦い(傍観してましょう)

 古式伝統協会のための独占的交渉権争奪大会。その事前説明会は20時からはじまった。

 会場には200人以上の悪魔が集まり、記者も大勢来ている。


 最初はなぜかナウラのミニライブ。いくらメディアが来てるからって脈絡なさすぎないか? 頭大丈夫か? と思ったけど、かなり盛り上がってた。むしろライブ終わったら帰っちゃった悪魔も少しいて、あいつらホント何しに来たんだ。


 その次はいよいよワタシとアシェトがステージへ……。


 出られなかった。


 名前を呼ばれ、拍手が起きる。それなのに、なぜか足がすくんで動けない。鼓動が激しくなり、呼吸が上手くできなくなり、耳鳴りがして目の前がチカチカする。手足が痺れて感覚がなくなっていく。


「どうした? っておまえ、大丈夫か!? おい、誰かイス持ってこい。あとカタツムリの爺さん呼べ! 私は出るけど、何かありゃ呼んでくれ。それと持ち直してもな、アシェトは出てこさせなくていいぞ。休ませとけ」


 振り返って異変に気づいたアシェトがあれこれ指示して、ステージへと進み出た。ドレスのスカートがひらめく。

 それから、どうやって座ったのか記憶にない。気づけばワタシはステージ袖で椅子に座って、照明を浴びたアシェトを眺めていた。


「みなさま。本日はようこそお越しくださいました」


 アシェトの言葉からすると、意識があやふやになってたのはせいぜい数十秒くらいのことらしい。アシェトはナウラの宣伝を交えながら挨拶をしてる。

 ワタシはカタツムリの爺さんに診察を受けて何ともないと言われ、心配するヘゲちゃんたち周囲の悪魔に大丈夫って答えながらも、どこかぼんやりしてた。


 どうしちゃったんだろ。さっきまではなんともなかったのに……。

 ワタシは自分に起きたことを振り返る。ステージへ出ようとして、客席を埋める悪魔たちが見えて、それで……。ついさっきのことなのに、思い出そうとすると体の奥からザワリとした感覚が湧いてくる。不思議と、やけに馴染み深い。

 ワタシは立ち上がるとステージへ出ようとして、そこでまた足が止まった。急にまた気分が悪くなって、イスへ戻る。

 ステージへ出ることを諦めると、とたんに気分が良くなった。

 思い出せないけど憶えてる。ワタシは前に似たような状況で辛い目にあったんだ。たぶん、人界で。


 ステージ上では自信たっぷりのアシェトが、いよいよ本題に入った。


「まず最初に。これからお話しする大会ルール。詳しくは後でお配りする資料をご確認くださいね。もし私の話と資料とで食い違うところがあれば、そのときは資料の記載が優先されますから、どうぞよしなに」


 ワタシもその資料はもらってた“楽しい争奪大会のしおり”というタイトルの分厚い紙束で、ヘゲちゃんが異様な気迫とともに空いた時間で書いてたものだ。

 それから受付期間や参加申込みの説明が続く。


「それじゃ、みなさまお待ちかね。何をやっていただくかをお話しするわね。焦らしちゃってゴメンなさい」


 緩やかな口調。アシェトはドレスの胸元から小さな三角のフラッグを取り出した。


「参加する支部には、それぞれこのフラッグを1枚ずつお配りします。みなさんはそれを奪い合って、最終的にすべてのフラッグを手に入れた支部が、おめでとう、私たちとの独占的交渉権を獲得よ。手に入れる方法は自由。力づくでも、買うのでも、お好きになさってくださいな」


 静かだった会場にその言葉が浸透し、ざわめきが生まれる。


「並列支部からフラッグを奪えるのは、他のすべてのフラッグを揃えた支部だけ。並列支部は最初っからアガネアを誘ってくれてたから、それくらいしてあげてもいいでしょ? フラッグがどこにあるか、破壊されてないかはこちらでも把握してるから、悪さしちゃダメよ?」


 ざわめきは今や、喧騒に変わっている。


 ふざけるな。

 何様のつもりだ。

 何を言ってるかわかってるのか。

 そんな価値があるとでも。

 馬鹿じゃないのか。

 何を考えているんだ。

 愚かな。

 

 悪魔たちは口々に不満を叫んでいた。


「うるせえ!!」


 アシェトが叫び、威圧を放つ。その気迫に会場が静まった。


「ごちゃごちゃ言ってんじゃねーよ! 嫌なら参加しなきゃいいだろうが! だいたいな。私が仲良しゲームでもやると思ってたのか? あぁ? おまえら協会ん中で生ぬるく調整して済まそうとしてたんだってな? ふざけんな。おまえら悪魔だろ? 悪魔っつったら力でねじ伏せて自分の欲しいもん勝ち取るのがスジってもんじゃねぇか。そうやって私らは血まみれん中で這いずりながらここまで来たんだろうが! 政治だってかまわねぇよ。けどな。悪魔の政治ってのはケチくせぇ調整じゃなくて、知力と騙し合いの闘争だろ。私らはくだらねぇ悪魔だ。だからってよ、穏便に済ませようなんて脳の腐った態度になんじゃねぇよ! 私はおまえらのそういうとこにムカついてんだよ!!」


 吠えるアシェト。思うんだけど、アシェトってわりとちょいちょい素に戻っちゃうよね。


 それはさておき、アシェトは怒ってた。表に出してなかっただけで、ずっとずっと。少なくともこっちに来てアムドゥスキアスやケムシャと会ってからは。

 何にそんなに怒ってたのか。さっきの話がすべて。つまり、悪魔がぬるいことやってんじゃねぇよってこと。


 けどなー。なーんかなー。本当なら盛り上がるようなところなんだろうけど、どうにもワタシは乗れなかった。

 さっきのことでテンションだだ下がりってのもあるけど、やっぱり悪魔的な価値観とはズレがあるんだと思う。そもそも、急に集められたうえで突然キレられるって、協会の悪魔たちの置いてけぼり感とかハンパないんじゃないの?


 昨日、企画案を聞かされたときワタシはかなりビビった。ワタシの名前をダシにして支部に潰し合いをさせようなんて、いくらやりたい放題わがまま盛りを数千年だか続けてきたアシェトでも許されないんじゃないの? っていうか、そういうことは一人で勝手にひっそりとワタシの目の届かないところでやって欲しい。実際、さっき悪魔たちからは非難ばっかりだったわけだし。


 今、客席はあいかわらず静かだ。ひょっとしてみんな無音で帰っちゃったんじゃないの? と思うくらいだけど、ステージから周囲を見渡すアシェトの顔から、そうじゃないって判る。


「キミはつまり、悪魔らしい方法で決着をつけろ。そしてその過程で、力による支部間の序列をハッキリさせろと。そういうことだね?」


 ベルゼブブの声だ。冷静で、柔らかいのによく通る。


「ええ。そういうこと」


 散々叫んで落ち着いたのか、アシェトは営業用の声に戻っている。


 にしても序列をハッキリさせるなんて、そんなこと言ってた?

 疑問に思ったけど、考えてみればベルゼブブの言葉は間違ってない。

 これまで各支部は平等で、ワタシのことみたいに問題が起きたらなるべく争いじゃなくて調整で解決しようとしてきた。それは平和だけど、権益や権力を拡大するには向いてない。

 でも、大会に参加すればそれを口実に各支部は堂々と他支部と戦える。

 不参加なら後で臆病者として発言力が落ちるかもしれないけど、参加した支部が壊滅したり疲弊するのを無傷で待てるってメリットもある。

 さすがにアシェトだって、こうしたことは解ってるはず。


 もしかしたらアシェトがアシュタロトだった昔、二人の関係はこうだったのかもしれない。

 アシェトの言葉は強く、激しい。物理攻撃かってくらい。だから周囲を衝き動かせる。けどそのぶん、説明不足だ。

 ベルゼブブの言葉は整理されていて柔らかく心地良い。だから意図が伝わりやすい。けどそのぶん、心は掻き立てられない。

 だから二人はこうやって補い合う。とかね。


 今日のアシェトがいつもよりずっとシンプルで理屈より勢い重視なのは、どこかでベルゼブブのサポートがあるって信じてたのかも。……え? なにそのキレイなアシェト。やだ、甘酸っぱいじゃねーの。

 こうなるとルシファーが気になってくるな。ぜひ三人の過去にはリア充が超新星爆発起こしたような、せつな系ラブストーリーを期待したい。


「なるほど。それは正論だ。これ以上ないくらい悪魔としては正論だ。それを振りかざされたら、これ以上総本部長として言えることは一つしかない。いつものように、判断は各支部に任せる」


 こうしてベルゼブブの言葉で説明会は終わった。拍手も怒号もない。ただみんなじっと黙って、自分たちがどうするかを考えてた。

 反対派のはずなのにあっさり開催を認めたのは、それが悪魔の正論だからか、ケムシャ=ダンタリオン絡みで何かあるのか。実はアシェトに甘いだけなんてことはない……よね?


 アシェトがステージからはけてきた。


「お。アガネア。どうだ調子は?」


 いつものアシェトに戻ってる。それどころかなかなかゴキゲンそうだ。


「もう平気です。すみません」

「気にすんなよ。拾い食いでもしたか? 道に落ちてんのはありゃイヌのクソだぞ」


 なんだか昨日も似たようなこと言われた気が……。

 ヘゲちゃんはワタシの視線を全力で無視して、アシェトに水を渡した。


「お疲れ様です、アシェト様。さっきの演説、すごく良かったです。私も自分のこと反省しながら胸が熱くなりました」


 さも自分で水を持ってきたみたいな顔してるけど、さっきホテルスタッフに持ってこさせてたの知ってるんだからね! あとその媚び媚びな態度はなんなの! 今度ワタシにもしてよね!


「まあ、演説は得意だからな。にしてもベルゼブブの奴、見たか? せっかく私が簡潔で解りやすく喋ってやったってのに、バカみたいに聞き返したりしてな。おまけにカッコつけて何言うのかと思や、みんな好きにしろだとさ。じゃ反対なんかすんなって話だ」


 ヒドい言われようだ。ベルゼブブのアシストがなかったら、みんな置いてけぼりで微妙な空気になってたろうに。これはベルゼブブに助けられた照れ隠しってことにしておこう。


「あいつらにゃ一度ガツンと言ってやりたかったんだ」


 アシェトは両腕をあげて伸びをした。破壊的な胸が強調される。


「あー。スッキリした満足だ。なんか私はもういいや。ヘゲ、アガネア。あとは任せた。しっかりやれよ」


 は? おまいまなんつった?

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