9 ああっ、あの木の上で腕を組んで立つネコミミの男性は!
「このっ!」
狙いすましたアナの二回目のスイングがバイト・ラビットのこめかみへ命中。
そこは獣型モンスターの急所だった。
たまらずくずおれるバイト・ラビット。
これでやっと二匹目か。
「二発当てないと倒せないなんて」
四つ星レア・ファミリアの天使であるとはいえ、最下級のレベル1まで変位している今のアナに、バイト・ラビットは荷が重いようだ。
武器が土産物屋で売っている木刀レベルの代物だということもあるが。
まともな武器が買えない【無課金ユーザー】はこの辺、大変なのだ。
だがそれでもイリィの魔力矢の威力と合わせれば押し切れると踏んだ矢先に、様子見をしていたブラック・レイヴンが襲い掛かってきた。
狙いはイリィか。
飛行ユニットはこちらの陣形を無視して上空から攻めることができるからやっかいだ。
だが、
「こちらとて、飛べます!」
イリィを守っているのは天使のアナだ。
翼を閃かせて飛び上がる。
フレイルが風を巻いて振るわれ、ブラック・レイヴンを撃墜する。
残りはバイト・ラビットが二匹。
一匹は俺が引きつけているし、もう一匹はイリィの魔力矢で確実に仕留められる。
「あうっ!」
しかしここで、イリィが呪文詠唱に失敗。
低レベルだとまれにあるアクシデントだが、ここで起こすか!?
イリィはその隙をバイト・ラビットに突かれ、腕に噛み付かれてしまう。
「っ! っ!!」
イリィが声にならない悲鳴を上げて慌てふためく。
こうなると持続的に体力を削られて行く。
この特殊攻撃からバイト・ラビット、つまり【噛み付き】ウサギと呼ばれているわけだ。
「早く振りほどいて!」
俺の指示に、イリィはその場で転げまわって何とかバイト・ラビットから逃れる。
そこに、
「もらいました!」
アナがフレイルを振り下ろす。
当たり!
「魔力矢!」
イリィの魔術が今度こそ炸裂。
魔力矢がバイト・ラビットに突き立つ。
これで三匹目。
あと一匹、俺の目の前に居るが、もう勝負は決したようなものだった。
「初陣の相手としては物足りない気もするけど、こんなものかしらね」
戦闘終了後、血を見るのが大好きな邪妖精、赤帽子であるイリィは嬉々として獲物の処理をしていた。
小さな解体用ナイフを使って頸動脈を切って血抜きをすると、帽子の口の中に飲み込んで行く。
マジック・アイテムである彼女の赤帽子は、こうやって多くの荷物を一時的に保管することにも使えるのだ。
ゲームで言うインベントリ…… 大量のアイテムを格納することができるアイテムボックスみたいなマジック・アイテムもこの世界には存在する。
しかし、バカみたいに高くて【無課金ユーザー】にはまず手が出せない代物となっている。
だからイリィの帽子が持つアイテム保管機能は【無課金ユーザー】にとって、とてもありがたいものなのだった。
そして俺たちは急いでふもとの村に逃げ込んだ。
それなりに苦戦したので、体力が心許なかったし。
倒したバイト・ラビットとブラック・レイヴンをこの村唯一の食堂兼宿屋に持ち込み、おかみさんに売り込む。
「これはバイト・ラビット!? しかも四匹も!」
普通の猟師にはなかなか倒せないバイト・ラビットは肉と毛皮に価値があり、良い値段で売れた。
ブラック・レイヴンの方はそれなりというところ。
「カラスなんて、どうするんですか?」
アナは不思議そうにたずねるが、
「どうって、普通に食べられるわよ」
日本でもカラスは食用にされていたって話だしな。
囲炉裏で焼き鳥にしたり、醤油漬けの保存食にしたり。
鍋料理の具にもなるそうな。
「それでしたら食べてみますか?」
宿のおかみさんがそう薦めてくれたので、夕食はカラス料理を頼む。
参考のためカウンター越しに調理の方法を見せてもらった。
おかみさんは羽根を丁寧にむしって行くが、
「手が黒くなるのが難でねぇ」
黒く染まった手を見せ、そう苦笑する。
そうしてカラスを丸裸にすると、包丁で器用に解体して見せる。
砂肝に肝臓や心臓といった鳥もつ。
そして腿や手羽、胸肉、ササミを取って焼き鳥に。
食べきれない肉は煙で燻し薫製にして日持ちするようにする。
残ったガラは、石皿の上に載せた磨石で骨を細かくなるまで砕く。
そうすると中から骨髄が出て来て、つなぎになるので骨団子ができあがる。
これを出汁に、村で採れた新鮮な野菜を入れてスープを作るのだ。
他にも、砂肝、肝臓、心臓はまとめて煮物に。
こうしてできた豪勢と言ってもいい食事を三人で取る。
「う…… 美味しいです。味の濃いニワトリの肉って感じで」
串に打たれた焼き鳥を口にしたアナは目を丸くする。
カラスは普通に美味いからな。
イリィも夢中になって食べているし。
おかみさんは声を出して快活に笑うとこう言った。
「明日の朝食はバイト・ラビットを出しますから期待して下さい」
うん、この料理の腕なら期待大だな。
こうしてふもとの村の夜はふけていった。
翌朝、俺たちはバターで揚げるように焼いた熱々のバイト・ラビットの肉と黒パン、新鮮な野菜サラダに取れたてのヤギの乳という朝食を取った後、鍛冶屋に向かうことにした。
「バイト・ラビットのお肉で良ければお弁当をお包みしますけど」
「ぜひ!」
という具合で、おかみさんが作ってくれたライ麦パンにバイト・ラビットの肉と野菜を挟んだ物をほくほく顔で受け取って宿を出る。
「さすがにすりこぎじゃあ今後の戦いに不安があるしね」
俺用の武器を仕入れるのだ。
手に入るのは武器にも使える日用品だが、それでもすりこぎよりはマシだろう。
「んーっ」
途中、道端にある大きな岩にイリィが駆け寄ると、一生懸命押し始める。
人には見ることのできないものまで捉える妖精の視野を持っているイリィだ。
何かに気付いたのだろう。
「アナ」
「はい」
俺たちの中で一番筋力値の高いアナにお願いすると、彼女はイリィが苦労していた岩をやすやすと動かしていた。
その下から現れたのは、
「あ、ネコゼニ」
イリィが嬉々としてそれを取ろうとした瞬間だった。
「甘いぞ少女よ!」
野太い男の声がイリィに向かってかけられた。
周囲を見回す俺たち。
そしてアナが見つけた。
「ああっ、あの木の上で腕を組んで立つネコミミの男性は!」
「キティガイ!?」
「いかにも!」
パンツ一丁で鍛え抜かれた肉体を惜しげも無く晒すネコミミの男は深くうなずいた。
キティガイはびしっとイリィを指さすとこう言う。
「己の限界を勝手に決め込んで、挑戦を放棄し他人に頼る。シスターよ。君はいつもそうだ。あの頃から何も変わっちゃいない!」
俺はイリィに聞いてみる。
「知り合い?」
イリィはぶんぶんと首を振る。
首がもげそうな勢いだ。
そうして俺がよそ見をしていると、
「とう!」
という掛け声と共に、
「あの高さから跳んだ!?」
アナが言うとおりキティガイは木の上から跳躍、イリィの元へと降り立っていた。
超人じみた身体能力だった。