8 パリイ!
「……分かった」
俺の説明でイリィは納得し、
「そんな使い方があるなんて……」
とアナは感心していた。
まぁ、裏技的な運用だしな。
「不要な品は売り払うとして、後は……」
葉っぱでくるまれた携帯食糧。
「これって【ペロリーマイト】?」
正式名称、力の行糧。
森妖精が作ることで有名な超高機能携帯保存食に、筋力アップのドーピング効果を練り込んである希少品だ。
「これは、アナに」
物理攻撃の主力とも言えるアナに与えるのが一番いい。
「フォーチューンクッキーもあるわね」
こちらは中に入っているおみくじの内容に沿って幸運値が上昇するアイテムだ。
幸運値は、因果律に干渉し確率を操作するという能力値で、麻痺や毒などの状態異常の回避に役立つものだった。
どこかの異能生存体と言われる主人公かよ、とも思うが。
「これも、アナに」
「何でこんなに栄養が高そうなものばかり食べさせようとするんですか!」
そう、アナに抗議される。
太るのを気にしてかとも思い、
「大丈夫、アナは栄養がみんな胸に行く体質だから」
そう言って誤魔化すが、アナはばっと両手で胸を隠して叫ぶ。
いや、そんなことで隠せる大きさじゃないが。
「何で知ってるんですか!」
は?
ちょ、それマジで?
「何と言うワガママ・ボディ」
けしからん。
実にけしからん。
そう言うと、アナは自分の胸を掻き抱いたまま真っ赤になってしまった。
一方、イリィは自分のなだらかな二つの丘をペタペタと触っていたが、
「うう……」
がっくりと肩を落としてため息をつく。
いや、それも個性だろ。
俺はちっちゃいのも好きだぞ。
「……えーと、あと銀貨と銅貨が少々。それからこれは」
木でできたコインが数枚あった。
「それは?」
尋ねるアナに、こう答える。
「ネコゼニね」
マタタビの木で作られた特別な通貨だ。
これらも旅行者の帯に付いているポーチにまとめて仕舞い込む。
「後は、夕食前にお風呂ね」
俺は、イリィを連れて宿付きの共同サウナに向かう。
熱した石に水をかけて湯気を出すものだ。
「いいいいいい、サウナは風呂妖精のもの。だから要らない要らない」
ああ、風呂住みの隣人ね。
このサウナにも居るのかな。
「ほら、ネコの子みたいに暴れないの」
「自分でできるできる」
「サウナの使い方なんて知らないでしょ。洗ってあげるから」
「ぎにゃあああああああ!」
イリィは風呂ギライのようだった。
「白樺や樫の葉の付いた枝で身体を叩いて血行を増進させるんだって。こう?」
パァン!
「ひゃん!」
「気持ちよさそうね」
パン! パン!
「あっ、ダメっ!」
「気持ちイイの? ねぇ、気持ちイイの?」
パン! パン! パン! パァン!
「ああああああああっ!」
だからサウナが楽しめるよう調教、もとい教育してあげた。
「むー」
めっちゃ拗ねられた。
「許して、イリィ」
「許せと言えば、許されると思っているでしょう」
アナがそうツッコむ。
しかし、俺がイリィをさわさわと撫でてやると、
「……許す」
「あなたがね? そうやってブリュンヒルデを甘やかすからね?」
そう言ってアナはため息をつくのだった。
翌朝、
「新婚旅行に行きましょうか」
「まだ寝ぼけているのですか?」
「酷い。今朝はアナの方が盛大に寝ぼけてたくせに」
「私は朝に弱いんですよ」
目玉焼きに厚切りのハム。
レタスにトマト、タマネギにピクルス。
味付けは塩コショウ。
焼きたてのトーストにはバターをザクザク言わせながら塗って、ジャムと一緒に!
「あら、イリィって左利きなの?」
テーブルナイフを左手に、フォークを右手に持つイリィに気付く。
「ん」
うなずくイリィ。
アイルランドの一部では左利きの子は取替え子だと言われてるんだっけ。
妖精には左利きが多そうだった。
宿の食事を取った俺たちは勇者学園の生徒たちが実習で使うトレーニング用ダンジョンにチャレンジするため、そのふもとにある村を目指して出発した。
しっとりと濡れた豊かな緑の木々が放つ芳香を感じながら、足元の大地を踏みしめ進む。
身体が緑に染まり、時がゆっくりと流れていくような感覚を覚える。
風にざわめく葉の一枚一枚が透明な空気を通して木漏れ日をきらきらと瞬かせた。
入山して結構経つが、まだモンスターには遭遇していない。
「それにしても……」
アナはしげしげと俺を見る。
「何?」
「いえ、昨晩は髪洗ったんですよね。その後は自然に乾くに任せた」
「そうだけど?」
「どうしてその縦ロール、取れないんですか?」
いやまぁ、俺も驚いたけどブリュンヒルデのトレードマークみたいになってるこの金髪縦ロール、髪を洗っても放っておくと勝手にくるんと巻かれちゃうんだよ。
思わず「天然かっ!」て叫んじまったぞ。
案外、【無課金ユーザー】になったため、【悪役令嬢のアバター】が固定化されてしまったのかもな。
そもそもここ、ゲームと同じ世界っていうのがおかしいんだし。
それはそれとして、とアナは表情を改めると言った。
「先頭に立つのは止めてもらえますか? そんな恰好で、モンスターに襲われたらどうするんですか」
アナが言う通り、俺はイヤゲモノ屋で買った【悪役令嬢が着ています】と書かれたチューブトップにショート丈のスパッツ。
それに旅行者の帯を巻いただけ。
手に握るのはすりこぎって格好だ。
ふもとの村に向かうのに、モンスターが出るという森をショートカットしている現状では不安に思うのも無理は無い。
しかし、
「大丈夫。私にいい考えがあるから」
この世界を元にしたスマホのソシャゲ、【ゴチック・エクスプローラー】でも有効な策だったし、大丈夫だろ。
そうして、木々の間から村が見えてきた時だった。
「来る」
邪妖精であり、人には見ることのできないものまで捉える妖精の視野を持っているイリィが何かを察知したらしく警告を発した。
彼女は最後尾、フルバックの位置にある。
それを守るアナがセンターガード。
先頭に立つ俺がフロントアタッカーだ。
イリィの視線の先を辿って身構えると、下草を割って噛み付きウサギ、バイト・ラビットの群れが現れた。
その数、四匹。
おこぼれを狙っているのか上空には森の掃除屋の黒カラス。
ブラック・レイヴンも一羽見える。
「魔力矢!」
イリィが呪文を唱え先制の魔術を放った。
一体のバイト・ラビットに突き刺さり、一撃で倒す。
魔力で造ったダーツを直射するだけの魔力矢はダメージが軽く誘導も無い役立たずと言われており、学ぶ者も実戦で使用する者もまず居ない。
だが、そんな魔力矢でも過負荷詠唱で放てばこのとおり、スタンダードに使われている魔力弾と同じくらいのダメージを叩き出せるのだ。
一般に過負荷詠唱は反動がきつ過ぎて術者自身を傷つけかねないため、めったに使われないものだ。
だが、魔力矢は元々の負荷が軽いため過負荷詠唱による反動も許容できる程度で済む。
その上、軽い魔術であるがゆえに詠唱時間も短くて済み、先制攻撃が可能。
そして魔力弾を一発撃つ間に魔力矢なら二発は撃ち込める。
これにより、邪妖精、赤帽子は【魔力矢しか使えないザコ】から【超有能な戦闘魔術の使い手】にランクアップするのだった。
「危ない!」
仲間の死をものともせず角を構えて俺に突進してくるバイト・ラビットにアナが警告を発するが、俺は避けない。
「大丈夫、勝てなくても引分けには持ち込める!」
身体を開いて半身に構え、すりこぎを振り下ろす!
「パリイ!」
【パリイ】は武器を使って敵の攻撃をいなし、身を守る防御法だ。
力の弱い俺がすりこぎなんかで攻撃したところで、大したダメージは与えられない。
それぐらいなら、こうやって防御に集中した方が良い。
俺が先頭に立って敵を引きつけた分、アナたちの負担は軽くなるしな。
ゲームで言う回避盾ってやつだ。
敏捷値に能力を割り振った盗賊系、レンジャーのような回避型は、耐久値に能力を振って高い体力で攻撃を受け止める戦士系、騎士などの耐久型より被ダメージが低く抑えられ一般的に有利と言われている。
この選択はかなり有効なはず。
「そこですっ!」
アナがフレイルを振るう。
長い柄の先に付けられた自在に動く短い棒が、打撃の瞬間に遠心力で素早くおじぎし、バイト・ラビットを打ち据える。
しかし、
「倒し切れない!?」
俺たちの中でも一番物理攻撃力が高いのがアナだったが、その彼女でもバイト・ラビットは一撃では倒せなかった。