6 筋肉教団
「そこになおれ悪女め! この剣のサビにしてくれるっ!!」
イヤゲモノ屋を出た途端、騎士見習いに剣を向けられた。
意味が分からない。
しかし、ヒントはアナがくれた。
『彼はあの子の……』
あ、思い出した。
「バカ王子の乳母の子で幼なじみのモブ……」
「サブリミナスだっ!」
そうそう、サブちゃん。
ヒロインちゃんの逆ハーレム要員の一人で弟、ワンコ、草食系キャラだ。
ただし、兄のように慕っているレオン王子のためとか、ヒロインに攻略された場合はヒロインのためとか、とにかく信頼している相手にかかわることだと盲目的に突っ走るきらいがある。
女性にはそこがイイ! と言われているようだったが……
「これまでは公爵令嬢であるが故に、その行いにも目をつぶらざるを得なかったが、今の貴様は殿下から身分をはく奪された身。もう許すことはできん!」
はい、ぶっちゃけた!
俺は呆れながらもこう答える。
「へぇー、あなたの正義って相手の身分によって出したり引っ込めたりできるものなの。便利ねー」
「なっ!?」
絶句する騎士見習いだったが、先ほどの発言を身も蓋も無く要約すればそういうことだろ。
『そこまで腐れ果てましたか。これもあの子の……』
アナも心を痛めた様子でそうつぶやく。
言いたいことは分かる。
腐ったみかんの方程式ってやつだな。
腐ったみかんが箱の中に一つあると、他のみかんまで腐ってしまう。
悲しいがどこか否定できない、一片の真実が含まれている言葉のような気がした。
「きっ、貴様、どこまで人を馬鹿にすれば気が済むのだ」
アナの想いも知らず、騎士見習いは屈辱に震えながら剣を構える。
「剣を抜け! この場で成敗してくれる!!」
丸腰の女の子相手に何を言ってるんだか。
しかし、
「いいわよ。つきあってあげる」
俺は了承していた。
『ブリュンヒルデ!?』
アナが驚くが、いいから任せておいてくれ。
「いい場所があるから来てくれる? ここじゃあ周りに迷惑でしょ」
俺にそう言われてようやく街中で抜身の剣を振り回していたことに気付いた様子の騎士見習い。
ばつが悪そうに剣を収める。
「良かろう。逃げるなよ」
「こっちよ」
俺は取り合わず、先に立って歩き出す。
ほどなくしてたどり着いたのは廃墟と見まがう古びた聖堂だった。
「きょ、教会?」
騎士見習いは拍子抜けしたようにつぶやく。
「ええ、あなたにはここで生まれ変わってもらうわ」
俺は暗く笑って教会の扉を開いた。
と同時に中から絶叫が響きわたる。
「俺を見てくれーっ!」
教会の中から現れたのは、ぴっちりと張った下穿きとネコミミだけを身に着けた脳筋な男が三人だった。
全員表情にうっすらと笑みを浮かべており、その筋肉を汗がしたたっていた。
彼らこそ猫耳筋肉男。
通称キティガイだ!
「うげ……」
覚悟はしていたが思わず呻きが漏れる。
『へ、変態……』
アナは一目で怯んだ様子。
そしてイリィは真っ先に姿を消していた。
ずるいっ!
勇者学園でも戦士系の教師や生徒たちはいわゆる筋肉質の身体を持っていたが、彼らの筋肉はあくまでも戦う者の筋肉だ。
それに対して目の前のキティガイたちが持つ、確かに凄いが何の役に立つのか分からない見せつけるためだけに脈動する筋肉は、はっきり言って気色悪かった。
しかも全身の毛を剃ったような坊主にネコミミを着けた男たちが、いちいち筋肉を見せつけるポーズを取りながらこちらに迫って来るのだ。
飛び散る汗!
無駄にさわやかな笑顔!
あ…… 怪しいーっ!
怪しさ大爆発だっ!
来るんじゃなかったと後悔するが、後の祭りと言うものだった。
「なっ、何だこいつらはっ!」
衝動のままに騎士見習いは悲鳴を上げる。
彼は気付いてしまったようだった。
肉体を見せつけるキティガイたちの表情が、俺たちの視線を受け恍惚に輝いていることを!
「オゥ、セークシィ……」
こちらに迫る、三つの筋肉の壁!
このままでは俺とアナの精神が壊滅的な被害を受けてしまう。
ここは、さっさと生贄を差し出して逃げる手だった。
騎士見習いの背を押し、キティガイたちの前につき出す。
「新しい入信者よ。性根を叩き直してやってちょうだい」
「な、なにーっ!」
思いっきり驚いている騎士見習いだったが、もう遅い。
素早く動いたキティガイの一人に、がっしりと羽交い絞めにされる。
「はっ、離せーっ!」
騎士見習いは暴れるが鍛え方が違う。
まったく歯が立たなかった。
そして、その前にもう一人のキティガイが近づく。
そいつは騎士見習いの腰に手をまわしてベルトの金具を外しだす。
「おい、まさか…… やめろ、やめろ……」
騎士見習いの悲鳴が上ずった。
「うわああああっ!」
騎士見習いのズボンが一瞬にして脱がされた。
「な、なにするだぁ!」
騎士見習いの悲鳴はあまりのことにどもっていた。
そして今度はズボンを脱がしたキティガイが騎士見習いの両足を押さえ、それまで羽交い絞めにしていたキティガイが騎士見習いの上半身に着ていた服を一気にむしり取る!
「うああああっ!」
騎士見習いは、あっという間にキティガイたちと同じ下穿き一枚の格好にされてしまう。
キティガイたちの手際は非常に手慣れたものだった。
「は、離せっ。ううっ、気持ち悪くて力が出ないっ」
直に密着するキティガイたちの肌に、騎士見習いは悶絶する。
「た、助けてっ、助けてレオン殿下…… あ、兄貴ーっ!」
藁にもすがるように、騎士見習いは兄のように慕っているバカ王子の名を呼ぶ。
「そんなに仲良しだったとは知らなかったわ」
俺はやれやれと苦笑した。
ちなみに「兄貴」というのは中二病を患ったレオン殿下が悪ぶって、人目のない場所ではそう呼ぶよう騎士見習いに命じた呼び方だった。
しかし、騎士見習いの叫びはキティガイたちによって否定された。
「兄弟よ。我々信徒以外を兄貴と呼んではいけない」
騎士見習いの目の前に立ったキティガイが教え諭すように言った。
「兄貴と呼ぶなら我々兄弟をそう呼ぶのだ」
その隣のキティガイが底知れぬ笑顔で言う。
「さぁ、兄弟よ。兄貴と呼びたまえ」
騎士見習いを羽交い絞めにしたキティガイが耳元でささやく。
そのおぞましさに騎士見習いは身悶えして身体をよじったが、キティガイの手からは逃げることはできない。
もう、見ているだけでも精神が浸食されそうだった。
「悪く思わないでね。あなたの弱さが招いたことよ」
騎士見習いにそう告げて、俺は聖堂の奥へと歩み去る。
「助けてくれえぇーっ!」
「教会で大声を張り上げるなら、聖歌にしておくのね」
切り捨てるように言うと、騎士見習いの瞳が絶望に彩られ、そして血を吐くようにして最後の言葉を口にした。
「じっ、地獄に落ちろ!」
「何だ、気付いてなかったの」
俺は鼻で笑って見せる。
「ここが地獄よ」
ただしお前のな。
騎士見習いの悲鳴を尻目に、俺は非情にも扉を閉じたのだった。