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5 イヤゲモノ屋

「それじゃあ、装備を整えましょうか」


 やって来ました、勇者横丁商店街。

 ここは勇者学園御用達の店が軒を連ねる場所で、制服に教科書、実習で使う武器・防具や錬金術アルケミーの授業で使う鍋まで、学園の生徒が必要とするあらゆるものが手に入る場所だった。

 しかし、


『お店に入らないのですか?』


 常人には見えないアストラル体になったアナが念話で聞いてくる。

 勇者学園の生徒は貴族。

 アナの顔を知る者も居る。

 騒ぎを避けるために一時的に姿を消してもらったのだ。

 俺からはファミリアとしての契約で霊的経路パスがつながっているから問題なく見ることができるし。

 そんな訳で、俺は彼女の念話に対して声に出して答える。


「知らなかった? ここのお店って貴族向けの会員制メンバーズばかりなのよ」


 だからこの商店街で【無課金ユーザー】、つまり一般人となった俺が利用できるのは一件だけ。

 古くからの地元民の有志たちが開いたという観光客向けの商店。


「イヤゲモノ屋ね」


 もらってもちっとも嬉しくない、嫌なお土産をイヤゲモノと呼ぶ。

 イヤゲモノ屋はその名のとおり、そんな嫌な商品ばかり扱っている店だ。

 シュールで怪しい護符アミュレットや人形、意味不明な言葉が書かれた帽子やシャツなどなど。


 俺が転生したこの世界は乙女ゲー【ゴチック・エクストラ】、略してゴチエクの世界だったが、そのスマホのソシャゲ版【ゴチック・エクスプローラー】でも【無課金ユーザー】が利用できるのはこの店だけだった。

 そのため、【無課金ユーザー】のアバターは大変怪しくかつ愉快なものになりがちだった。

 露骨な課金への誘導、とも言う。

 ネット上にも【無課金ユーザーが来た】というタグが付いた面白画像が大量にアップされてたっけ。


『こんな店で何を……』


 呆れた様子のアナだったが、


「使えるアイテムも混じってるからね。ほら、これなんか」


 俺は形容しがたい緑色の液体が入った薬ビンを手に取って見せる。


「勇者横丁商店街御用達【まずい! 青汁ヒーリング・ポーションもう一杯】とか」

『まずいんですか』

「基本的に治療薬ヒーリング・ポーションはまずいものよ。貴族向けの高級品にははちみつなんかを使ったりして誤魔化してあるんだけど」


 無論、一般向けにはそんなコストはかけられない。


「開き直ってまずさを前面に出したのがこの製品よ。「美味い」と言われると「本当に?」って疑うけど、「まずい」と言われると「言うほどまずくはない」と思うのが人間の心理。そこを上手く突いた商品ね」


 惜しむらくは本気でまずいため、めったにリピーターができないというものではあるが。

 怖いもの見たさのような感じで試してみて、一発で懲りるという。

 名古屋の喫茶マウンテンの小倉抹茶パフェみたいなものか。


「後は、毒消し【ウーヅ救命丸】」


 俺は透き通った液体が入った小さな丸いビンを手に取った。

 薬ビンが特徴的な形をしているのは、誤飲を防ぐためだ。

 戦闘中、とっさの場合や暗くて見分けがつけられない場所で使う場合などでも、ビンの形が違っていればポーションの種類を間違うことも無いというわけだ。

 しかし、


『銀色の粒が浮いてますね。それに何だか中身がうごめいているような』

「うん、これ解毒スライムだから」

『はい?』


 銀色の粒は、スライムの核だ。

 そもそもウーヅというのはスライム類の総称だしな。


「これを飲むと、解毒スライムが体内の毒を吸収し、無害な物質に分解してくれるの」


 日本でも、寄生虫にアレルギーなどを抑える働きがあるという研究結果が発表されていたが、そのようなものだ。

 共生体ってやつだな。

 ただし短期間で分解されてしまうため、あらかじめ飲んだからといって毒に耐性が付いたりしない。

 あくまでも治療薬としてしか使えないのが残念だが、どんな毒にでも効く万能性を考えれば欠点とは言えないだろう。


「げっへっへっ、お嬢さん、それらを選ばれるとはオメガ高い!」


 下あごから伸びた二本の牙と太鼓腹が特徴的な、店主のハーフオークが揉み手をしながらすり寄って来る。

 彼の名はΩ(オメガ)。

 ここの名物店主だ。


「今なら組み合わせ自由でポーション類を四個以上買い求め頂くと、旅行者トラベラーズベルトをお付けさせていただいています」


 そう言って持ち出してきてくれた旅行者トラベラーズベルトはその名のとおり、旅行者が野外活動でよく使っているベルトだ。

 地球で言う軍用のタクティカルベルトのようなもので、上着の上に巻いて装備類を身に着けるのに使う。


「ふぅん。それじゃあイリィ?」


 俺が手を差し伸べるとそこに忽然と赤帽子レッド・キャップの少女が現れる。


「お金をくれる?」


 そう頼むとこくりとうなずいて帽子の口から硬貨を握りしめて出してくれるが、しかしそこで固まってしまう。


「イリィ?」


 その顔を覗き込む。

 するとイリィは視線を右に左にと彷徨わせ、そして俺の胸元に固定する。

 おそらく他人と視線を合わせるのが苦手なのだ。

 そして口元を歪めて卑屈そうな笑顔らしきものを浮かべると、俺に向かってコインを差し出す。


「こ、これ、あげるから……」


 そうして、蚊の鳴くような小声で途切れ途切れに言ったのは、


「なで、て」


 たったそれだけ。

 ささやか過ぎるお願い。

 だから俺は満面の笑顔でこう答える。


「だーめ」


 イリィの表情が固まり、その濁り切った赤い瞳が失意に染まりそうになったのを見て、急いで手を差し伸べる。

 ゆっくりと、固まった表情筋を揉み解すように頬を撫で、


「私がこうしてあなたを撫でるのは、お金をくれるからじゃないの。私があなたを好きだから私の意志でやってるの」


 そう言い聞かせる。

 手のひらを頬から尖った耳へ、くしゃりと軽く握り弄んでから指を首筋に滑らせ、下あごをくすぐる。


「ひゃ、う……」

「だから、そんな悲しいこと言ったらダメよ」


 そう耳元にささやいてやると、もう一杯一杯になった様子でコクコクとうなずく。

 それに満足すると、幼さの抜けきらない細いおとがいから名残惜しいが指を離す。


「イリィ?」

「う、ん……」


 俺が手を差し伸べると、上気した表情を浮かべたままのイリィは夢現といった様子でコインを渡してくれた。


『どこの女たらし、いえ妖精たらしですか、あなたは』


 アナに突っ込まれるが、そこはスルー。

 受け取った金で代金を支払って、店主からポーションとベルトを受け取る。

 ベルトは丈夫そうな布で作られていた。


「これ、亜麻布製ね」


 主にシーツやテーブルクロスなどに使われる布地だが、防具などにも使用される丈夫なものだ。

 実際、古代ギリシャでは重過ぎる青銅鎧の代わりに用いられていた経緯があるしな。

 肌にも優しいので、ヘソ出しルックな自分には嬉しい。

 小さなポーチと、ポーションを入れるポケットが八つ付いているので、ポーチには残金を、ポケットには三つの青汁ヒーリング・ポーションとウーヅ救命丸一つを入れ腰に巻く。


『空いているポケットが少し寂しい気がしますね』


 それを見ていたアナが感想を言うが、


「実際、そう思わせてポーション類を買わせるためのものよ、これ」


 空スロットがあると埋めたくなるというプレーヤー心理を突いたものだ。

 商魂たくましいと言えるだろう。


「あと、ジャンプ・クリスタルの出物はあるかしら?」

「へい、そりゃあもう」


 空間跳躍ジャンプの魔術と同じ効果を持つ使い切りのマジック・アイテムだ。

 もっとも使えるのは、


古代上位種ハイ・エンシェントの血を引く限られた者、そして彼らと契約をしたファミリアだけ。

・身に着けた荷物以外は運べない。

・行き先も古代文明が各地に作ったポータル・ゲートのみ。

・しかもジャンプを行う本人が実際に行って登録しないと使えない。


 などといった制約がある。

 そのため、これにより物流に革命が起きるようなことは無いのだが。


「二人は欲しいものある?」


 俺はアナとイリィに聞いてみる。


『では、私はこちらを』


 アナはお土産の木刀よろしく置かれていたカラザオを示して見せる。

 カラザオは、麦などの脱穀に使う農具だ。

 長いサオの先に自在に動く短い木の棒を繋いである。

 これを振るうとインパクトの瞬間に先に繋げた短い棒が遠心力でくるりとおじぎし、打ち下ろした速度以上のスピードで対象を打ち据える訳だ。

 しかし、


「さすが、聖王国は兵農分離が進んでいるだけはあるわね」


 俺はうなった。

 聖王国は【宣言具象化】の加護があったため近隣諸国の中でも際立って平和であり、それゆえに一般への武器の売買が大幅に規制されているのだ。

 だからこの店で売る土産物も、木刀では無く、農具であるカラザオになっているわけだ。

 スマホのソシャゲ【ゴチック・エクスプローラー】でも【無課金ユーザー】が入手できる武具は、武器にも使える日用品ばかりだったしな。

 だが……


「……【勇者学園横丁】って彫ってある」


 本当に土産物屋の木刀扱いだな。


『でもこれ、教会で聖別されたものですよ』

「え、ホントに?」


 俺は慌てて確かめる。

 こんな物に祝福儀礼を施すなんて、教会も何を考えているのやら。

 聖油で清められたカラザオ、アノメインテッド・フレイルってやつか。


「イヤゲモノ屋のくせに生意気な」


 イヤゲモノ屋の商品は日々変化する。

 中にはこういう掘り出し物が混ざっているから侮れない。


『聖別された武器は、不死怪物アンデットや悪魔などの闇属性を持ったモンスターによく効くんですよ』


 アナの説明は間違いではない。

 間違いではないが、通常それらのモンスターと戦う頃にはもっと強力な武器が必要になってくる。

 それゆえ現時点で手に入るフレイルが聖別されていようといまいとあまり関係が無かった。


 一方、イリィはというと、今俺が穿いているチューブトップとショート丈のスパッツと似たような服を持ってきてくれた。

 俺とペアルックにしたいってことかな、と思って広げてみたのだが、


「「悪役令嬢が着ています」って書いてある!」


 何でこんなのがあるんだよ!


「これ、私に?」


 そう聞くと、イリィはヘラリと口元を歪める。

 普通の人間なら「馬鹿にしてるのか!」と怒りを覚えるような表情だった。

 俺は彼女がそんな風に考えることは無いと知っているからいいが、本当に誤解を招くコミュ障な子だよな。


「なら買いましょうか」

『買うんですか!?』


 アナが叫ぶがいいだろ。

 俺にはイリィのお勧めを無下に断ることなんてできないからな。


「いずれにせよ、着替えは必要だったからね」


 試着コーナーできちんと試着をしてから買うことにする。

 オタクファンションが垢抜けないのは、オカンが買ってきた服をそのまま着ているため、サイズが微妙に合ってないからともいうしな。


「イリィ、下はもうワンサイズ小さいのを持ってきてくれる?」

「ん」


 そうしてサイズ合わせをした上で購入。


「素晴らしい! よくお似合いですよお客様!」


 店主も褒めてくれる。

 性欲の強いオークの血を引いているせいかこちらを見る目が若干いやらしいが、ブリュンヒルデの美貌からすれば仕方がない反応。

 許そうじゃないか。

 男同士の連帯感を感じる俺だったが、


『欲情の混じった眼で見詰められてそんなに嬉しそうに。……もしかしてその身を汚されてみたいなんて歪んだ被虐願望でも持ち合わせているんじゃないでしょうね?』


 と、アナが形の良い眉をひそめながら言う。


 止めろぉ!

 そんな冷たい目で俺を見ないでくれーっ!

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