4 天罰てきめん!
ヒロインちゃんは酔ったような表情で言い募る。
「王子は真実の愛に目覚めただけです。身分で婚約者を決めてしまうなんて間違っています。愛に自由に生きることのどこがいけないと言うのです!」
「全部です」
……一言で終わらせた。
アナも関わり合いになりたくないんだろうなー。
もの凄くめんどくさそうにアナは言う。
「【宣言具象化】を暴走させたように、元々この子は聖王家の後継者としての資質を欠いていました」
あ、バカ王子に更に追い討ちが入ってる。
「だから聖王家の血が特に濃く出た者、ブリュンヒルデを配偶者とすることで補おうとした」
「えっ、何でその女が……」
ヒロインちゃんが俺を見るが、分かってなかったのか?
「アッヘンバッハ公爵家は聖王家の親族ですよ」
この国の人間なら子供だって知ってることだ。
だからこその婚約だった。
そうでなきゃ、俺だって男との婚約なんて断固拒否しているところだ。
「この婚約が無ければこの子は早々に不適格者として廃嫡していたところなのです。それをこの子は驕り高ぶり、最悪の形で自らブリュンヒルデを手放した」
アナは冷たく笑う。
「真実の愛? 愛に自由に生きる? 結構なことです」
「えっ、それじゃあ……」
許された、と思ったのかヒロインちゃんが表情を輝かせるが、どこまで能天気ならそう考えることができるんだか。
「王位継承権という制約を外してあげたのですから、好きにすればいいでしょう?」
「えっ?」
「ただし廃嫡はしません」
それは、どういう意味かと言うと……
「だからフィランダー殿下を支えるべく王族の一人として、そして臣下として、この勇者学園で結果を出しなさい」
魔王討伐の鉄砲玉として使ってやるからキリキリ働けってことだった。
王位継承権という権利を取り上げ、王族の義務だけをその身に課す。
天罰てきめん、だな。
そして、ようやく理解したのかヒロインちゃんがくずおれる。
「こんな…… こんなはずじゃなかった!」
俯き、壊れたかのようにぶつぶつとつぶやく。
アナはもうそんなヒロインちゃんに目もくれず、バカ王子に言う。
「私自身も魔王に抗うべく、ブリュンヒルデに付いて行きますが……」
「そっ、それは!」
さすがにバカ王子が引き止めようとするが、
「【宣言具象化】が使えない聖王に、何の価値があると言うのです」
そう言われ、自分が元凶だけに押し黙る。
「そして、貴族特権も失くし、ただの一人の人間、ブリュンヒルデとなった彼女に劣る働きをあなたがするようなら……」
後は言わなくても分かっていますね、とでも言うようにアナは目だけで語った。
「さようなら、聖王国」
アナは天使として聖王国に別れを告げる。
「それでも私はあなたたちを愛していましたよ」
【愛していた】
過去形での言葉だった。
勇者学園を出てノビスの街を歩く。
「それじゃあ、食事にしましょうか」
俺はそう声をかけて目に付いた食堂に入ろうとするが、
「待って下さい。お金、持ってるんですか?」
アナに引き留められる。
言いたいことは分かる。
俺の持ち物といえば肌にぴったりと張り付いたチューブトップとショート丈のスパッツのみという格好なのだから。
「あいにく私も持ち合わせがありませんし」
申し訳なさそうに言うアナは、変形シスター服みたいなデザインの初級天使のローブだけという姿。
「大丈夫よ。イリィ?」
俺が声をかけると、どこからともなく小柄な赤い帽子を被った邪妖精が現れる。
おそらくは妖精の舞踏と呼ばれる呪的ステップを踏んで人間の霊的死角に滑り込み、その辺を徘徊していたのだろう。
俺とはファミリアの契約で結ばれており、霊的経路が通じている。
いつでも声を届けるのは可能だからこそ、自由にさせていたのだが。
ともあれ、俺はイリィに向かって手を差し出す。
「食べ終わったコインをくれる?」
するとイリィはブサ可愛いデフォルメされた顔が付いている帽子の口の部分に手を突っ込んだ。
そうしてから引き抜いた、ちんまい子供のような手をこちらに突き出す。
「ん」
それを受けて俺が差し出した手のひらに、チャリチャリと音を立てて何枚かの銅貨が、そして銀貨が渡される。
「うん、これだけあればこの辺で食事をするには十分ね」
貴族が利用するような高級料理店でも無い限りな。
「ありがとうね、イリィ」
俺は礼の代わりにイリィを撫でてやる。
妖精に礼をする時は、大げさなくらいに喜んで見せると良い。
物でお返しするのは逆に失礼に当たることが多いからだ。
俺が差し伸べた手に、最初はびくっと固まったイリィだったが、優しく頬を撫でてやるとすぐに身体の力が抜けた。
もっと撫でれ、とばかりに俺の手のひらに頬を摺り寄せて来る。
へらりと崩れた口元がだらしないが、これが彼女の喜びの表情らしい。
うん、可愛い。
一方、
「それは……」
アナが困惑している様子なので、説明してやる。
「邪妖精は、コインやアイテムに付着した執着心とか欲とかいった雑念を食べるの」
妖精の類が持つ、人の目には見えない物まで見ることができる妖精の視野には、生命力や感情がオーラとなって映る。
だから人の想いが籠った品もオーラで輝いて見える訳だ。
「だから、彼女たちを連れて歩けば、隠されたコインやアイテムを残さず回収できるわけ」
自動販売機を見るとつり銭口にパカパカ指を突っ込んで確かめてしまう、手癖の悪い残念な人みたいなものだ。
しかし、これにより俺たちは某国民的RPGの勇者みたいに民家に押し入りタンスやツボを漁ったりしなくて済むのだった。
「それで雑念を食べて霊的に綺麗になってしまったものは、もう彼女たちにとって価値が無いからお願いをすればこうして分けてくれるの」
赤帽子は邪妖精だが、イギリス、イングランドのパースシャーにあるグランタリー城に住む彼らは逆に幸運を授けてくれるという。
妖精は幸運の運び手であると同時に不幸の撒き手でもあるというが、こういった理由があってのことかも知れない。
しかしアナは、疑わしげに俺の方を見てこう言う。
「まさか、これが目当てで彼女をファミリアに選んだんですか?」
「止めて! そんな目で見ないで!」
某国民的RPG第五作の嫁を選ぶイベントで、幼なじみの女の子ではなく修道院育ちのお嬢様を選んだら、持参金目当ての人でなしと友人たちから散々に責められたトラウマがっ!
「ま、まぁいいから食べましょう」
俺は誤魔化すように言って、店に入った。
タラとジャガイモを豚脂で揚げた料理、つまりフィッシュ・アンド・チップスうめぇ。
麦芽を原料とする酢と岩塩が振りかけられたそれは、単純な料理だけに不味くなりようが無いというか、普通に食える。
悪くない、悪くないぞフィッシュ・アンド・チップス!
地球では飯マズで有名なイギリス名物のくせにな。
安価で、すぐに食べられ、さらに腹持ちが良い。労働者の食事というやつだった。
日本人としてはタラと言ったらタラちり鍋なんだが、あれは日本酒が欲しくなるからなぁ。
熱燗、ぬる燗、井戸できりりと冷やした冷酒でも良い。
意識が酒に飛びそうになったが、そこは踏みとどまり、ナイフやフォークを使わず手づかみで豪快にかぶりつく。
これぞ庶民の味だ!
身分を失って最初の食事にこれを選んで正解だったよ。
「ほら、イリィも」
俺はイリィにもフィッシュ・アンド・チップスを差し出してあげる。
「自分で食べれる……」
「いいからいいから」
そうやってイリィをかまいながら食事を取るが、
「聖王国を普通の国に戻すいい機会だったのですよ」
俺の内心を慮るようにアナが告げる。
わざとはしゃいで見せたんだけど、内心はばればれかー。
さすがは人を見守るガーディアン・エンジェル様。
しかし、
「魔王が襲来したこの時期が?」
そう聞くが、アナはうなずいて見せる。
「ええ、【宣言具象化】で魔王は倒せない。もしやったらこの世界はその反動、揺り返しで壊滅です」
アナは嘆息するように言う。
「なのに貴族も国民も、聖王国だけは、自分たちだけは助かると盲目的に思いこんでいる。とんでもない驕りです」
国民が自国に愛着と誇りを持つのは良いことではあるが、行き過ぎた誇りは自分たちが特別であるという驕りと、他国への侮りとなって現れる。
それが軋轢を生み、最終的には不和、そして戦さえ引き起こすのだ。
「だから、今だからこそこの国を【宣言具象化】も無い、聖王も居ない、どこにでも在る普通の国に戻すべきなのです」
そう宣言するアナの表情は静謐で。
自分の判断に間違いが無いと確信している者の想いが表れていた。