36 トマホゥゥゥゥク・ブゥゥメラ○!!
しかし、幻影の魔術で惑わしてなお、こちらが不利だった。
この店に来るにあたり、アナを置いて来ているのだから。
だが、そこに一筋の光が飛来した。
「なっ、何もぶべらっ!」
誰何しようとした悪魔貴族を無言でムチでしばくしばく。
「ちょっ、やめっ、いたっ……」
えーと、
「通りすがりの親切な天使!? 私の日ごろの行いが良いせい!?」
「無い無い」
余計なことを言わないで、イリィ。
アナが身内だってばれたらこのお店、もう使うことができなくなるんだから。
「ええいっ、何でもいいわ!! 行くわよイリィ!」
「魔剣」
イリィの付与魔術により通りすがりの天使の攻撃力が倍増。
俺はと言うと、
「呪縛」
癒しの魔術の逆転呪文で悪魔貴族を呪う。
「うぉっ!」
「効いたっ!」
これにより、動きが制限され結果として防御力が下がる魔術だ。
イメージが悪く、世間からはあまり良くは思われない逆転呪文だが、ブリュンヒルデのアライメントはイービルだからいいのだろう。
そもそも悪役令嬢だし。
「ちぃっ、この雑魚どもがっ!」
悪魔貴族は炎の吐息を放った。
盾をかざして耐える俺たちを、激しい火炎が舐めていく。
「くっ……」
さすがにこれは効いた。
「治癒」
軽治癒の倍の効果を持つ治療呪文で、どうにか息をつく。
アナとイリィの方はそれぞれヒーリングポーションで凌いでいた。
彼女たちはブレスに対し抵抗力を持つ妖精の盾を装備しているからその程度で済んでいるのだ。
しかし、ブレス攻撃は強力だが連発はできない。
ゲームで言うクールタイムが必要なのだ。
だから俺は通常打撃に対する備えを先行させる。
「障壁!」
定番の障壁を味方にかける。
この魔術は鉄板だよな。
「魔剣」
イリィは自分の手斧に攻撃力倍増の魔術をかけ、肉弾戦に備えた。
ここからは削り合いだ。
アナとイリィが打撃で攻撃。
敵の反撃を受ければすかさず俺が治療魔術で癒す。
その合間に障壁の重ねがけ。
さすがにこちらの防御力が極まって来ると、悪魔貴族も不利を悟ったらしい。
空間を捻じ曲げ、逃走に走る。
「これで勝ったと思うなよぉ!」
空間がつながった先は…… 魔王城!
「逃がさないで!」
「バインド!」
アナのムチが悪魔貴族の腕を捉えた。
しかし相手の膂力は強く、アナが引きずられる。
すかさず、俺は助力する。
アナは悪魔貴族を引っ張って、俺はアナを引っ張って。
「うんとこしょ、どっこいしょ」
それでも悪魔貴族は止められない。
「イリィ! 手を貸して!」
俺はイリィを呼んで手伝ってもらうことに。
「ん」
アナは悪魔貴族を引っ張って、俺はアナを引っ張って、イリィは俺を引っ張って。
「うんとこしょ、どっこいしょ」
それでも、悪魔貴族は強引に俺たちごと空間を渡ってしまった!
「ふっ、ははははは、こうなればもうこちらのものだ。魔王城の魔族たちを相手にどこまで戦えるか……」
そっくり返る悪魔貴族をよそに、俺は周囲を確認。
あった。
空間跳躍の魔術のゲートになるポータルだ。
登録して、
「空間跳躍」
王都に空間跳躍の魔術で戻る。
「これで、魔王城にいつでも行けるようになったわけね」
「それが狙いだったのですか」
呆れ顔のアナ。
「まぁ、とにかく、リターニング・トマホークを受け取りに行くわね」
イリィに木を磨き上げて作った指輪が差し出される。
「この指輪は同じ世界樹の枝から作ったもの。これを指にはめるとトマホークの柄と呼び合い、投げたトマホークが戻って来るのです」
そう言って、店員さんは標的になる木人形を用意してくれた。
「さぁ、イリィ」
俺はイリィにリターニング・トマホークを渡して試してみるよう促す。
斧は赤帽子固有の武器なので、イリィは嬉々として身に着け振るおうとする。
「トマホゥゥゥゥク・ブゥゥメラ……」
「ちょっと待って!」
それは危ないでしょ。
イリィを止める俺だったが、彼女はきょとんとしてこう答える。
「技に著作権は無いから」
いや、まぁそうなんだけどね!
色々と大人の事情があるのよ。
「大人の痴情?」
いや、全然違う。
かすってもいない。
「とにかく、合言葉は【リターニング・トマホーク】で」
「……分かった」
そして改めてイリィはリターニング・トマホークを投擲する。
「リタァァァァニング・トマホゥゥゥゥク!」
おお、彼女に禁じておいて何だが、本当にトマホーク・ブー○ランみたいに飛んでいく。
違うのは、木人形を次々に粉砕していくことからも分かるように複数目標に対する攻撃が可能なこと。
世界樹の指輪をはめた手を振るうことで軌道を自在に操ることができるみたいだった。
ジェ○イの騎士のフォー○(物理)みたいな感じだ。
そうして攻撃を終えたトマホークがぴたりとイリィの左手に収まった。
「これは強力ねぇ」
そう評すると、イリィは得意げにトマホークを掲げて見せた。
「そうそう、こちらも出来上がっていますよ」
そう言って店員のお姉さんが差し出してくれたのは、スパイクアーマーバッグ。
緑だったのが赤くなってるけど、それ以外何も変わっていないような……
「いや、芯が入ってる!」
バッグの部分もスパイクの部分も、硬い芯が入っていてまともな防具になっていた。
「スパイクアーマーバッグ(偽)ですわ」
「【にせ】じゃなくて、偽装の偽なんですね。分かります」
マジでトゲ付き肩パットが出来上がっていた。
すげぇ!
武器によらない肉弾戦を仕掛けてくるモンスターは、このスパイクアーマーで反射ダメージを受けるという代物だった。
「これはイリィに」
「いいの?」
「もちろんよ」
そういう訳で赤いトゲ付き肩パットはイリィの左肩に収まった。
右肩じゃないのね。
「右には盾があるから」
なるほど、イリィは左利き。
右側の防御は盾に任せ、利き手の左手側をこのスパイクアーマーで防御する訳ね。
古代ローマの剣闘士も、胴鎧を着ない代わりに盾と、利き手側に防具をつけて戦ったという。
それを考えれば実戦的な装備と言えるだろう。
「うへへへ……」
スパイクアーマーを身に着けたイリィは嬉しそうにくるくる回る。
以前は俺に譲ってくれたけど、嫌だったから押し付けた訳じゃなく、本当は自分が使いたかったんだな。
彼女の…… というか赤帽子の美意識はよくわからない。




