34 CQB、近接戦闘
「いいんですか? これは今まで手に入れてきた鎧の中でも一番いいものだと思いますが」
アナが重ねて言う。
「確かに、この鎧は現時点で最強の防御力を持つ品だけど」
「だったら……」
「まぁ、そう言わないで。ただ、今私たちが使っている品のような魔術への耐性などの特殊効果を持っていないのよ」
アナは目を瞬かせた。
「それでも防御力が高い方が良いのではないですか?」
それは素人の考えだな。
「これからは魔術やブレスなどの攻撃をかけてくるモンスターが増えて来るから。単純に防御力が高い防具より、耐性が付いたものの方が例え防御力が低くても有利なのよ」
そもそもだな。
「それにアナ、忘れているようだけど今の私は平民よ。こんなにきちんとした武具を使えるはずがないじゃない」
「あっ」
何しろ【無課金ユーザー】は、武具にも使える日用品しか使えないからなぁ。
ともかく、ミスリル・メイルはレアアイテムだけに高く売れた。
「そんなにお金、貯めてどうするの?」
金そのものにはまったく興味のない邪妖精、赤帽子であるイリィの質問にはこう答える。
「ええ、そろそろ大きな買い物をしなくちゃいけないから」
絶対ではないが、買っておくに越したことは無い買い物だった。
「まぁ、ミスリル・メイルほどでなくとも、防具を強化するのは賛成だわ」
まず、俺の着ていたビスチェに鋼の防刃板を入れてもらうことにする。
身体の線に合わせて鋼板を打ち出さなければならないオーダーメイド品なので値段は張ったが、それに見合った強化はできた。
「外見はそのままですけどね……」
と、アナ。
「イリィにもビスチェを買ってあげましょう」
彼女の着ている抗魔の妖精服の下に身に着ける革のビスチェを買ってやる。
「まだ体力が付いていないから、防刃板を入れるのはまた今度ね」
こうして装備を整え、バブ・イルの塔の追加調査結果を報告するため、勇者学園に出向いたのだが……
何やら騒がしい。
「大変です! 教室に魔族が現れ、ユリカ嬢を人質に立てこもっています!」
いつもの眼鏡美人な女子事務員、バベット女史が状況を説明してくれる。
「ふぅん、それで?」
これって確か乙女ゲー【ゴチック・エクストラ】のイベントだったよな。
学園に忍び込んだ魔族のスパイをヒロインちゃんが見破って、襲い掛かられるところをヒーローたちに救ってもらって絆を深めるみたいな。
しかし、
「レオン殿下たちが救出に向かったのですが、返り討ちに……」
おいおいおいおい……
ダメじゃん、それ。
「良く考えてみると、このイベントって確かもっと後だったような」
だから、王子たちも強く成長していたので勝つことができた。
ゲームと違うのはヒロインちゃんが前世知識を持っていることだ。
だからヒロインちゃんには学園に紛れ込んだ魔族のことが最初から分かっていて、逆にそれを相手に気付かれてしまったのだろう。
それで、逆上した魔族に捕らえられてしまったと。
やれやれだった。
人質が居る状態で、ブランダーバス、ラッパ銃の開幕爆撃は行えない。
だから俺は、それを囮に使うことを考えた。
「それじゃあ、バベットさん。ラッパ銃の操作をよろしく」
俺はバベット女史に鉛弾を抜いたブランダーバスを渡してお願いをする。
彼女はおっかなびっくりそれを受け取ると、うなずいた。
「分かりました。犯人が立てこもった教室に面したグラウンドでこれを撃てばよろしいのですね」
「ええ、弾は抜いて空砲になっているけど、念のため筒先は空に向けてね」
そして、俺たちは教室の近くで待機する。
ブランダーバスの銃声が響き、それを囮に俺たちは教室の扉に取りついた。
俺はレンジャーの訓練で鍵開け、ピッキングの技能を学習していたので、ドアの鍵を解除することができる。
ダメならイリィが手斧で鍵、ドアをぶっ壊す手はずだ。
アメリカ軍も採用している軍用トマホークは強行突入用装備としても優秀だった。
「よし、開いた!」
教室の扉を開け、突撃。
教室の中、銃声に引きつけられ窓辺で外を見ていた巨漢の魔族が振り返る。
そこに、
「アンチ・マジック!」
俺は魔術封じのブレスレットが付けられた右手の手のひらを突き出す。
ブレスレットの周囲、四カ所にはめられた魔石が順に光り、俺の手のひらを中心に空中に光り輝く魔法陣が展開した。
「ぐぉっ!?」
魔法陣から放たれた波動が魔族を直撃!
「効いた!」
魔術経路をかき乱され、魔族の魔術が封じられる。
「ウェポン・スナッチ!」
そしてアナのムチが魔族の持っていた棍棒を叩き落とした。
今だ!
「さっさと逃げる!」
「う、うん!」
魔族が武器を拾う隙に、ヒロインちゃんがその手から逃げる。
よし。
「障壁!」
イリィは魔族の反撃に備え、障壁の魔術を展開する。
「アナ!」
「分かっています!」
アナは妖精のムチで乱れ打ちのスキルを放つ。
ただしそれは攻撃のためではない。
鞭の乱打による防御フィールドを張るためのものだ。
「グオオオッ!」
しかし、腐ってもイベントキャラの魔族。
アナのムチの結界により多少減衰されながらもその恐るべき膂力を持ってアナに打ち掛かる。
「ぐっ」
盾を使ってそれを受けるアナだったが、それでも多大なダメージを受けた。
「治癒!」
俺はアナが使う軽治癒を上回る治療呪紋、治癒を使って彼女の傷を癒す。
「障壁!」
イリィは障壁の重ねがけ。
障壁の魔術は初級に分類されるため、消費魔力は少ない。
戦士の道を選び、魔力が半減したイリィでも問題なく連続行使ができていた。
「アナ、少しだけ耐えて頂戴!」
俺も障壁の魔術の重ねがけに参加する。
アナが防御集中で魔族の攻撃に耐える中、計六回に渡ってかけ重ねた。
俺たちの防御力は高まり、アナも一息つくことができた。
ただし、
「敵は防御無視のガード・ブレイクも仕掛けて来るわ! 油断しないで!」
俺は治癒魔術で全員の体力を常に上限近くまで保つ努力をする。
そして、
「魔剣!」
イリィの魔剣の魔術がアナの妖精の鞭に、俺の妖精のハリセンにかけられ、攻撃力が倍増。
「クライマックスは、これからよっ!」
そうして一気に畳みかける。




