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21 ブリュンヒルデは 死んでしまった!

「神の塔?」


 アナがどんぶりを手に首を傾げる。


 今晩の夕食は、宿の食堂で作ってもらったうな丼だ。

 中世ヨーロッパに近いこの国では、庶民の貴重なタンパク源としてウナギが流通している。

 ただ調理法は発達しておらず、ぶつ切りにしてただ煮込むだけ、そのまま冷やして煮凝りのゼラチンに包んだウナギのゼリー寄せなどがメインだ。

 元日本人の味覚を持つ俺には納得が行かないもので、東方の秀真国から取り寄せた醤油ソイソースと白米を使って、うな丼を作ってもらったのだ。


「はふっ、はふっ」


 炭火で焼いた、いい匂いを漂わせているウナギをかき込むイリィ。

 うんうん、このふわりと軽い身が何とも言えないよなぁ。

 そしてそれを受け止めるぴかぴかの白米!


 まぁ、それは置いておいて。


「トレーニング用ダンジョンを結果として最速クリアしたレオン殿下たちは、勇者学園が成績優秀者だけに開催する特別講習を受けることになったんだけど、その事前確認ね」


 非常勤職員として依頼された業務だ。

 しかし、


「バブ・イルの塔、幻の空中庭園ねぇ……」

「聞いたこと、ある」


 俺がつぶやいた名前に、イリィが反応した。

 知っているのか、イリィ!


古代上位種ハイ・エンシェントが造った、失われた聖塔ジッグラト

「そのとおり。そして今なおその一部は生きていて、そこでは様々な力を得られると言うわ」


 古代上位種ハイ・エンシェントの血を引く者、もしくはそのファミリア限定だけどね。


「この勇者学園には、そこに通じるワープポイントがあるのよ」


 そのためにこの田舎、辺境の地に勇者学園が建てられたのだと言ってもいい。


「ただし、手強いモンスターが出るから十分対策をしないとね」




「参ったわねぇ」


 はっはっはっ。


「はっはっはぁ? 何をお気楽に笑ってるんです!」


 いやだって仕方ないじゃん。


「不意打ちで痛恨クリティカル一撃ヒットを受けたら、ね」


 俺たちは神の塔と呼ばれる空中都市跡へと跳び、その中に存在する街、ハラールへと途中のモンスターから逃げ回りながら向かった。

 逃げ切る度にアナの軽治癒ライト・ヒーリングの魔術で体力ヒット・ポイントを回復させるのだが、ハラールの街を目の前にして、気が緩んだのか索敵をしくじり、黒妖犬ブラック・ドッグの不意打ちを受けてしまったのだ。

 しかもクリティカル・ヒット!

 一発で瀕死の状態へ。

 つまずいて倒れるだけで楽になりそうなところに逃げ損ねて追撃が入ったし。


「いくら何でも、あれは死ぬわよ」


 背後からの衝撃と痛みと共に、


 ブリュンヒルデは 死んでしまった!


 そんな言葉が脳裏を過ぎったのだった。




 しかし、アナは納得してくれない。


「あなたが倒れてから大変だったのですよ。遺体を担いでこのハラールの街まで逃げ込まなくてはいけないし、教会に喜捨を行って蘇生させなくてはいけないし」

「ごめん」


 この世界には蘇生魔術がある。

 主に教会付きの神官が使う回復魔術は、古代上位種ハイ・エンシェントの血を引く者に限定して作用し、肉体を修復させるものだ。

 一般人ならともかく、俺たちなら確実な蘇生が可能だった。


 教会も蘇生魔術の使い手を世界の各所に用意している。

 だからアナたちも、俺をこのハラールの街に運び込んで教会への喜捨、つまり寄付を代償に蘇生させたのだった。


「貴方が蘇生するまでイリィは情緒不安定に陥るし」


 ということは、実質アナ一人で対応してくれたってことか。


「感謝してます」

「本当に?」

「はい」


 仕方ないと嘆息するアナに、俺は食事を勧める。


「まぁまぁ、ドネルケバブでも食べて機嫌を直して」

「ドネルケバブ?」

「あれよ」


 街角に立つ屋台ストリート・ベンダーを指さす。

 ぐるぐる回る縦型のグリルに、パプリカを挟んだラム肉やチキンが積み重ねられあぶられている。

 焼けた表面を包丁で削り、パンに野菜と共に挟んで、ソースを付けて売ってくれる、中東風サンドイッチみたいなものだ。


「コロッケもおいしそうですね」

「ファラフェル、マメのコロッケね」


 神に許された食事、ハラルフードってやつだな。

 三人分のドネルケバブを注文。

 野菜は、トマトにタマネギ、キュウリにレタス、パセリがあり選ぶことが可能だが、面倒くさいので全部入りで注文する。

 アナもイリィも好き嫌いが無いしな。

 ソースは香辛料が効いたバリバリに辛いもの、ニンニクソース、ハーブソースの三種類から選べるが、何なら二種類、あるいは全部入りでも可能だ。


「私は全部入りだけど、アナたちは?」

「では、私はハーブソースで」

「……ニンニクと辛いの」


 アナはマイルドで食材の味が楽しめるハーブソース。

 イリィは逆に、刺激優先らしい。


「ついでに、ファラフェルも頼むわね」


 豆のコロッケも頼む。

 元々、肉の代用食品として作られたもの。

 ヘルシーフードなので身体にもいい。


「しかし……」

「何です?」

「いいえ、何でもないわ」


 食べ物で誤魔化されてくれたようで何よりだ。


「ただの豆のコロッケのはずが、おかしいくらい美味しい!?」

「食べるの、止まらない」


 その昔、肉不足の際に貴重なタンパク源として食べられたというファラフェル。


「この香り立つ風味は、パセリとコリアンダー? 香辛料が使われていますね。豆料理なのに?」


 アナの言うとおり、風味を良くするための工夫がこらされており、最高に旨い。

 この世界の香辛料は地球の中世ヨーロッパと同じで肉の防腐処理や臭み消しに使われるのが主な役目。

 こんな風に肉料理以外に使われるのは珍しかった。


 もちろん、焼きたてのラム肉に野菜たっぷりのドネルケバブの方もいけるがな。

 某有名少年マンガに中東の食べ物として紹介されて以来、秋葉原や大須などの電気店街、サブカルチャーの街を中心に日本でも広まった異国料理だったが。

 異世界に来て味わえるとは思わなかったな。


 食後のデザートは、ドンドゥルマ。

 モチのように伸びるトルコアイスだ。


「うん、モチモチして美味しい」


 水を用意しておかないと喉が詰まりそうで怖いが。

 まぁ、菓子は手軽なカロリー補給と娯楽手段だ。

 精神の安定にもいいし、たまにはこういうのを楽しむのもいいだろう。




 宿で一晩休んだ翌日。

 俺の防御力不足が心配だとアナが言うので、イリィが街を巡って回収してきたアイテムを売って金を作り防具を追加することにする。


「虹のバンダナ。首に巻いて首筋を保護するものよ」


 これが結構、バカにできないものだ。

 機動隊でも刃物等による攻撃から首を守り、火炎瓶等で攻撃された際に可燃性液体が襟元から服の中に流入することを防ぐために白マフラーをしていたし。


「首筋を守るより先に、もっと覆わなければならない箇所があるでしょう」


 アナはそう言って、俺のヘソ出しルックを横目で見るが。


「いや、これつぶしが効くのよ。首に巻くだけで防寒にも日差し避けにもなるし」


 首筋を守るのは暑さ寒さを防ぐ上での基本だ。


「汗止めに頭に巻くヘッドバンド、覆うように被れば頭部を保護する帽子代わりになるし、口元に巻けば防塵マスクに」


 また、非常時の備えとして、


「怪我をした場合に包帯代わりに使ったり、骨折した場合に腕を吊る三角巾代わりに使ったり」


 応用はアイディア次第だ。

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