20 欠点があったとしても、尖った人材の方がつぶしが効く
「いいんですか?」
そう聞いてみたが、
「良く無いに決まっておる! しかしそれしか選択肢があるまい」
ため息交じりの言葉。
いかんな。
「だいぶお疲れのご様子ですね」
ちょうどいい。
「料理長に滋養のあるカメのスープを作ってもらっていますから、お飲みになりませんか?」
「こんな状況でよくものを食べる気になるな」
呆れたように言う公爵に、俺は胸を張って答える。
「未だかつて、精神的原因で食欲が減退したことはありません!」
「ああ、お前はそうだったな……」
公爵はあきらめたようにため息をつくのだった。
「これが、カミツキガメのスープです」
俺は公爵とアナたちに白磁器のスープ皿に入れられた琥珀色のスープを勧めた。
このスープは鮮度が勝負で、しかも長い時間をかけてコトコトと煮込まなければならない。
なので、俺は公爵家の屋敷に着いた時点で料理長に調理をお願いしておいたのだ。
さすがは公爵家付きの料理人、腕は確かでスープは問題なくできあがっていた。
「お、おいしい!?」
スプーンですくった一口を舌に受けたアナが驚いたように言う。
「コンソメのスープに似ていますが、まったくの別物ですね。牛や豚では出せないこの独特の風味。舌から身体に染み込んで行くよう」
一方、
「お代わり……」
瞬く間にスープ皿を空にし、お代わりを要求するイリィ。
喜んで飲んでもらえるのは嬉しいが、そんなにかぱかぱ空けるような料理じゃないんだが。
まぁ、今回は材料が豊富にあったんで底の深い寸胴鍋に一杯作ってあるから好きなように食べてくれればいいが。
「どれ」
俺も食べてみる。
「これ、ゼラチンのようにプルプルで美味しいわ」
そう感想を述べる俺に、料理長が説明してくれる。
「軽く煮込んだだけでは、カメの皮はゴムのようになるだけなので、食べるならじっくりと良く煮込むのが秘訣です」
その他にも、
泥抜きが困難なため、内臓を傷付けない。
臭みを残さないよう、表皮を湯むきする。
などが美味しく料理するポイントだとか。
なるほどねぇ。
日本でも害獣駆除でカミツキガメが食べられていたが、美味いという人と不味いという人が居たのはこのためか。
「うむ、これは滋養がつくな」
公爵も満足げだ。
良かった良かった。
明後日、俺たちは盾を受取りに武具屋に向かう。
「ご依頼の品が仕上がってますぜ」
カミツキガメの甲羅とタルのフタを加工して作った盾が出来上がっている。
【甲羅の盾】と【タルのフタの盾(小)】、【タルのフタの盾(中)】だ。
「甲羅の盾はアナに」
これはこの段階としては結構強力な防具だった。
「タルのフタの盾は、小さい方をイリィに」
俺は、彼女に渡してやる。
こちらはバックラーみたいに手で持って戦う盾で、小柄な彼女でも扱える軽い物だ。
彼女は左利きなので、これは右手で持つことになる。
「大きい方は私が使うわ」
タルのフタの盾(中)は俺が使う。
こっちは裏側にあるバンドに腕を通して二の腕に構えるタイプの盾だ。
歩兵用のラウンドシールドに相当するか。
どちらの盾も、素材となっているタルのフタに空いていた注ぎ口が斜め上の位置に丸くぽっかりと空いている。
視界確保用ののぞき穴として残してあるのだ。
騎士が使うような大きなカイトシールドでは、視界を邪魔しないよう上部分が切り取られているタイプが存在する。
同様の機能を持たせてあるのだった。
「甲羅の盾にタルのフタの盾……」
アナが呆れたように見ているが、仕方ないだろ。
平民、つまり【無課金ユーザー】は武具としても使える日用品か、日用品を加工して作った武具しか使えないんだからな。
「それじゃあ全員、忘れ物は無いわね」
確認の上、リターン・クリスタルを使用する。
「ジャンプ」
情景が歪んだかと思うと、俺たちは見慣れた町並み、勇者学園のあるノビスの街のポータル・ゲートに着いていた。
「さて、トレーニング用ダンジョンの確認は終わったのかしら」
俺たちは、勇者学園の事務局に行ってみたのだが、
「レオン殿下がトレーニング用ダンジョンに?」
ちょっと意味が分からない。
学園が安全を確認してからじゃないと、生徒は行ってはいけないのでは?
その点は、例の眼鏡美人の事務員さんが説明してくれる。
「それが、ユリカ嬢が行方不明になっていまして」
……ああ、あれか。
でも、ユニコーンの能力はショート・テレポート。
そんなに遠くに飛ばされるはずは無いのだが。
「方々探索をしたのですが見当たらず。この近辺で残る場所といえば……」
まだ安全が確認されていないので立ち入ることができなかったトレーニング用ダンジョンか。
一応、モンスターの間引きが完了したと俺が報告していることもあって、学園もバカ王子を抑えきれなかったんだろうな。
「学園からの正式な依頼です。あなたを職員として雇用しますから、殿下のフォローをお願いします」
「……非常勤だったら、いいわよ」
俺はそう申し出る。
なってやってもいいが、あまりに制約を受けるようだと嫌だった。
だから非常勤職員あたりが丁度いい。
こうして俺は勇者学園と契約を結び、職員としての立場を手に入れたのだった。
トレーニング用ダンジョン深部。
俺はようやく王子たちを見つけた。
「何だ、お前か」
バカ王子は、俺たちを見てそうのたまわった。
「何だじゃないでしょうに……」
疲れたようにアナがつぶやく。
王子はユニコーンに乗ったヒロインちゃんと一緒だった。
彼女の無事が確認できたんだったらさっさと帰って来いよな。
しかし、王子は空気を読むことなく傲然と言い放った。
「ハッ、本当に赤帽子なんかと契約したのかよ!」
ヒロインちゃんに聞いていたのか、王子はイリィの姿を見てそう嘲笑う。
アナとも契約しているんだが、重複召喚は超レアケースだから想像がつかないのだろう。
アナが自らの意志だけで俺に付いて行っていると思っているのだ。
「しかも何だ、その貧乏くさい装備は!」
鎧を購入していない俺たちの見た目は、革鎧などベーシックに装備を揃えている様子の王子たちと比較するとぜんぜん装備が調っていないように見えるのだろう。
革のビスチェもタルのフタを使った盾も、王子が身に着けている革鎧や革張りの盾と実質の防御力は変わらないんだがなぁ。
アナが装備している甲羅の盾に至っては、更に上だし。
まぁ、素材を得るのが大変な割に、カミツキガメを通常の手段で倒せるようになる頃には性能的に物足りなくなるというマイナーなものだ。
王子に見せてやったところで違いを理解できるか怪しいものだったが。
王子はこちらを完全に見くびったように嘲笑う。
「俺たちは、もうダンジョンをクリアしたんだぞ」
そう言って、自信たっぷりに証しであるメダルを見せる。
「何しろ俺たちはパーティ構成からして完璧だからな。お前らのような半端者とはそこからして違う!」
王子のファミリアは火トカゲ、サラマンダー。
火炎のブレスが強力な火の精霊だった。
王子は剣の使い手として有名だし。
ヒロインちゃんはバッファ、補助魔法の使い手だ。
仲間に攻撃力や防御力などが上がる補助魔法をかけてやる役で、相手からは感謝されるし、ヒーローのカッコいい活躍する姿も見られるという乙女ゲーのヒロインらしい能力だ。
そしてユニコーンは強力な物理攻撃力と治癒力を併せ持つ有力なファミリアだ。
まぁ、確かにバランスは取れているよな。
ただ、
「スタンダード過ぎて面白みがありませんがね」
「何っ!」
「欠点があったとしても、尖った人材の方がつぶしが効くんですよ」
尖った部分で勝負すれば、バランス型にも勝てるからな。
バランス型はそういった工夫をする余地が無いから、実力以上の力を発揮することができないのだ。
王子たちのパーティで、俺たちのように一年間放置されていたトレーニング用ダンジョンでモンスターの間引きを担当できるかというとかなり難しいだろう。
王子がクリアしたと胸を張っているこのダンジョンは、俺たちが手を入れたから安全になっている訳で。
ともあれ、
「彼女の無事が確認できたのなら、さっさとお帰り下さい」
そう言って、手持ちのリターン・クリスタルを投げて渡してやる。
持ってないからこんな所をうろうろしてたんだろうしな。
ハイキングはメンバーが多い方が楽しいとはいえ、バカ王子たちと行動を共にするのは遠慮したいし。
「あ、ああ……」
戸惑いながらも受け取る王子。
「それでは王子、最後にこの言葉を」
俺は自分たちの分のジャンプ・クリスタルを発動させながら言ってやる。
「何でもできるは、何もできない」
そういうことだった。




