2 リセット・マラソン、略してリセマラ
聖女王陛下を引き連れ、俺、元悪役令嬢ブリュンヒルデがたどり着いたのが、勇者学園が建つノビスの街、その郊外にある巨石群だった。
「こんな所で何を……」
周囲を見回す聖女王陛下。
俺は、彼女に説明してやる。
「ご存知ありません? 私のような【無課金ユーザー】でも、最初だけはこちらでチュートリアルガチャを回すことができるのです!」
「がちゃ?」
当然だが通じなかった。
「ええと、勇者学園だと期始めに行われる選定の儀で使い魔、自分のファミリアを得られますよね」
あっちはレアガチャ。
王侯貴族という、言わば【課金ユーザー】にしか回せないものだけど。
「平民は勇者学園に入れませんが、探求者としての素質さえあれば、この遺跡で選定の儀で得られるものよりは劣るもののファミリアが得られるのです」
何の因果か俺が転生したこの世界は乙女ゲー【ゴチック・エクストラ】、略してゴチエクの世界だったが、ゴチエクにはその後公開されたスマホのソシャゲ版【ゴチック・エクスプローラー】が存在した。
チュートリアルガチャはこのソシャゲの開始イベントなのだ。
俺が巨石に手を当てると、時が止まったかのように…… というか実際違う時間の流れに俺の方が引き込まれたんだけど、ともかく周囲の世界が静止し、空中に神世文字が浮かび上がる。
「扉を開くものよ、汝……」
おや、巻き込まれたのか隣に立つ聖女王陛下がそれを読み始める。
だがしかし、俺は猛烈な勢いでメッセージをスキップさせた。
「は?」
驚く聖女王陛下をよそに、選択支が現れるたび速攻で答えていく。
「【来い】、【来い】、【来い】、【来い】……」
前世でさんざん繰り返したものだから、この辺は暗記しているのだ。
「【来た】、【来た】、【来た】、【来た】ぁ!」
巨石群に囲まれた大地に光り輝く召喚陣が展開し、俺のファミリアとなる存在が呼ばれる。
現れたのは妖艶な美女。
耳が尖っていることから妖精と知れる。
「リャナン・シー、妖精の恋人か」
芸術の才覚を召喚者に与えるという、四つ星相当のレア・ファミリアだった。
「すっ、凄いです。勇者学園の選定の儀でもこれほどのファミリアを得られるのはまれですよ!」
聖女王陛下が興奮気味にまくしたてる。
チュートリアルガチャでも低確率ではあるがこんな風に四つ星までのレアなファミリアを得ることができる。
さすがに最高の五つ星は出ないが。
これは初心者へのサービス…… ではもちろん無い。
ゲーム開始と同時にガチャを回してレアを引く経験をプレーヤーにさせることで、後々有料ガチャを回したくなるよう仕向けるという、巧妙に仕組まれた罠なのだ。
汚いなさすが運営きたない。
初回に四つ星を引けるとは運がいいが、
「リセット」
俺は大地に走る召喚陣の端を足で踏み消す。
とたんに施術が破れリャナン・シーは元居た場所へと送り返されてしまう。
「なっ、何てことを…… ブリュンヒルデ、あなた自分がしたことを分かっているのですか!」
聖女王陛下が血相を変えて言うが、
「【来い】、【来い】、【来い】、【来い】……」
俺は初期画面に戻ったメッセージを再び読み飛ばしていた。
「は?」
「このように、この場の召喚は中断されると完了するまで何度でもやり直せるのです」
今度は地霊ノッカーか。
やはりリセット。
「望むファミリアを引き当てるまで何度でもリセットを耐久マラソンのように繰り返す。これをリセット・マラソン、リセマラと呼ぶのです」
「はぁ……」
あきれた様子の聖女王陛下だったが自重はしない。
レアガチャを回せない【無課金ユーザー】としては、ファミリアを引けるのはここしか無いのだから。
妖魔ゴブリン、リセット。
妖精ピクシー、リセット。
精霊ノーム、リセット。
リセット、リセット、リセット…… 更にリセット。
リセットをオートリバースエンドレスリピートにひたすら繰り返す。
そして、
「召喚事故キター!」
低確率だがファミリアが二体同時に召喚されることがある。
重複召喚と呼ばれる現象だ。
一回の召喚で二体のファミリアと契約できるチャンスだ。
召喚されたのは靴妖精レプラコーン、そして凍気をまとった純白のローブ。
「これは…… 魔力を感じますが」
「ブリザード・ローブですね。妖精や妖魔、精霊の類は長く生きるとマジック・アイテムに変じる者が居るのです」
これは氷の精霊が変じたものだな。
氷結に対する耐性と、炎に対する抵抗力を持ったマジック・アイテムだ。
「こっ、これにしましょうよ。その恰好を何とかするのが先決でしょう?」
聖女王陛下は、露出が極端に多い俺の姿をちらちらと見ながらそう薦める。
顔を赤らめているのがなんだか可愛いが、
「リセット」
「アッー!」
「私は【武器から強化する無課金ユーザー】なので」
そもそも【無課金ユーザー】は攻略において優先度の低いアバターの格好なんぞには無頓着。
課金装備に一切目もくれず無個性な裸のアバターでゲームの舞台を闊歩するものなのだ。
さて、続きを。
「【来い】、【来い】、【来い】、【来い】……」
「一体いつまで続ける気ですか」
呆れたように言う聖女王陛下に、ひたすら儀式を繰り返しながら答える。
「儀式中は時間の経過が中断しているので理論上は永遠に続けることもできますが」
「止めてくださいっ!」
悲鳴交じりの声。
巻き込まれた身としてはたまらないんだろう。
おっと、淫魔サキュバスか、リセット。
「ええ、さすがにそこまでは。一度、重複召喚で四つ星レアのファミリア二体を同時に引く確率を求めたこともありますが……」
「物凄い低確率ですよね、それ」
うん、そうだったんだよ。
「はい、三千七百兆分の一。一回十秒で切り上げたとしても四千二百三十億日かかる計算に」
「止めて!」
「さすがにそこまでは求めませんよ」
ていうか、計算して良かったよ、自分。
そうでなければ精神的におかしくなるまでリセマラを繰り返す所だった。
「嫁が来たら切り上げます」
「お嫁さん?」
おっと、口が滑った。
嫁とは俺が前世、日本でスマホのソシャゲ、【ゴチック・エクスプローラー】で使っていたファミリアだ。
と、説曹操曹操就到了、
「嫁キター!」
召喚陣上に現れたのは、朱に染まった帽子をかぶった妖精だ。
色の抜けた白銀の髪に病人のように白い肌。
痩せた細い手足は、枯れ枝とも老人のようとも形容する者も居るだろう。
目深に被った帽子の下に見え隠れする、燃えさしの石炭のように赤く底光りする瞳の下には徹夜明けのようなクマがあって、素地はそんなに悪くないと言っていい顔を台無しにしている。
いわゆるモテない女、喪女兼ぼっちな残念系ヒロインだ。
「って、赤帽子! 犠牲者の血で自分の帽子を染めるっていう邪妖精じゃないですか!」
聖女王陛下が叫ぶが、そんなにおかしいか?
確かにレア度は三ツ星だし、それほど強いファミリアじゃないが。
「邪妖精だからいいんですよ。安くて手に入りやすい【呪われたアイテム】を使うことができますし」
何しろ【無課金ユーザー】は課金のレアガチャを回せないものだから、レアリティの高い聖属性のアイテムなんぞを必要とする聖妖精などとは相性が悪いのだ。
だから邪妖精は【無課金ユーザー】のプレイスタイルには都合がいい。
はまると強いってタイプだ。
そして、新たにファミリアを得られる課金が必要なレアガチャを回すことのできない【無課金ユーザー】にとって、チュートリアルガチャで得られたファミリアは最初から最後まで行動を共にする存在だ。
それゆえ嫁と呼ばれるのだ。
しかし、
「リセット」
「何でですか!? お嫁さんなんでしょう!!」
いや、やっぱりファミリアはもう一体欲しいし、重複召喚を狙いたいんだよねー。