18 ネコの王国ふたたび
「アナ、ここはバインドよ!」
ダメージが与えられないならムチのもう一つの特徴、特殊効果の方を使えばいい。
「バインド・グラスプ!」
アナのムチがカミツキガメの首に巻き付き締め上げる。
しかし、
「くっ!」
そもそも体重が根本的に違う上、カミツキガメは力が強い。
逆にアナが引きずられる。
だが、足を突っ張っているお陰で意外に素早いカミツキガメの動きが止まっている。
今だ!
「地獄突き!」
俺は伸ばされたカミツキガメの首、喉目がけ、肉切り包丁を使って放つことのできる攻撃スキル、【地獄突き】を放つ。
よし、ダメージが通っている!
このスキルがクリーンヒットすると、相手は呼吸が一時的にできなくなり、スタンするのだ。
「氷結弾!」
イリィの新魔術が放たれ、氷の弾丸がカミツキガメの開けた大口に直撃した。
いいぞ!
「活造りにしてやるっ!」
カミツキガメは美味いことで知られているしな。
後は畳み込み、ボコるだけだ。
こうして俺たちは苦戦しながらも何とか押し切り、カミツキガメを倒すことができたのだった。
「王都よ! 私は還って来た!」
「はいはい」
ボロボロになりながらもカミツキガメを倒した俺たちは、そいつを抱えて王都へのワープゲートを潜った。
たどり着いた王都はいつもどおりの賑わいを見せていた。
速攻でカミツキガメを武具屋に売りに出す。
「これは見事ですね」
カミツキガメを受け取った武具店の親父は驚きに目を見張った。
それもそうだろう。
カミツキガメは防御力が高く、この世界を元にしたと思われる乙女ゲー【ゴチック・エクストラ】、そしてそのスマホ版ソーシャルゲームである【ゴチック・エクスプローラー】でも中盤以降になってようやく倒せるモンスターだった。
普通は強力な剣で甲羅を割るか、魔術による圧倒的な火力でしか倒すことができない。
だが、そうするとドロップアイテムは【ひび割れた甲羅】になってしまうため、防具の素材として使えなくなってしまう訳だ。
その点、ムチで首をバインドしながら頭を集中攻撃して倒せば、無傷の素材として甲羅が入手できるのだった。
「盾に仕上げることができる?」
カメの甲羅は地球でも琉球古武道でティンベーと呼ばれる盾として使われていた歴史がある。
同様にこの世界でも甲羅を素材として盾を造ることができるのだった。
「それは…… そうですね。丸ごと、肉についてもうちで引き取らせてもらえるならいいですよ」
「カメの肉は珍味として高値で取引されているものね」
「そうなのですか?」
聖女王だったアナでも食べたことが無いという。
そうだな、ブリュンヒルデ・パパへのお土産はこれにするか。
「肉は私たちが食べる分だけ頂くけど、それ以外は渡すわ」
そういうことで、話はついた。
「明後日にはできますから」
「ええ、お願いね」
「という訳で、私たちは今、ネコの王国に来ているわ」
「どういう訳ですか! と言いますか、その格好は何です!」
俺に突っ込むのはアナだ。
「いえ、おと…… アッヘンバッハ公爵のお帰りは夜になるって言うから、それまでに用事を済ませておこうかと」
ちなみにアッヘンバッハ公爵家に出入りするにあたり、俺は変装のためメイド服を着用している。
まぁ、そんなことはどうでもいい。
「王都にもここへの道があったんですね」
アナが言う通り、王都のネコ道を通って着いたのは、ノビスの街からも行ったことのあるネコの妖精郷。
九つの命を持つと言われる猫妖精たちの王国。
「やぁ、お嬢さん。また来てくれたんだね」
「ええ、これがまた集めたネコゼニ」
猫妖精のミャオ殿下のお店に行き、再び溜まっていたネコゼニと引き換えにアイテムを物色する。
「ふむ、これ、シカ革の作業用手袋よね」
片一方、右手の分しか無いガラクタだったが。
「でも、私が使う防具としてはいい感じね」
武器を扱う利き腕は、敵に一番近くなることから負傷しやすいのだ。
その点、革手袋をしておけば多少の怪我は防げるだろう。
シカの革は薄くても丈夫で滑らかなので指の動きを阻害しない。
レンジャーとしての訓練を受けた俺でも問題なく使うことができる。
「私はこれを」
アナが持ってきたのは一本のムチだったが、
「こ、これは○ルメスのムチ」
俺は高級感あふれる革のムチを手に取る。
さすがアナ、当たりを引けたようだ。
だが、伏字でしゃべる俺に、アナが不思議そうにたずねる。
「エルメ……」
「あぶなァーい!」
ストレートに言いそうになったアナを慌てて止める。
「これは、【口にするのもはばかられるムチ】、いいわね」
「あっ、はい」
もしくは商品名【アナフィエル専用ムチ】ね。
ちなみに、高級バッグのブランド、エル○スは元々馬具のメーカーで、今でも馬用のムチを作っていたりする。
【口にするのもはばかられるムチ】はアナが今まで使っていた牛追いムチとほぼ同じものだが、若干長めにできている。
そのため、スキルによる範囲攻撃の有効範囲が広くなっていた。
ダメージはほぼ一緒でも、使い勝手はいい。
「これ……」
そして、イリィが持ってきてくれたのが【タルのフタ(中)】と【タルのフタ(小)】だ。
文字どおりの丸いタルのフタだった。
「そんなガラクタ……」
アナが呆れるが、俺は逆に喜んだ。
「これが「いい」んじゃあないの! イリィ! あなたが持って来てくれたこの【タルのフタ】が「いい」んじゃあないの!」
妖精を褒める時には大げさに喜んでやると良い。
俺がそう言うと、イリィはタルのフタを持ってその場でダンスを始めた。
怪しい踊りにしか見えないが、彼女が喜んでいるのは伝わってきた。
ネコの王国から王都の街に戻る。
アナは俺とイリィがそれぞれ持ったタルのフタを見て首を傾げた。
「それ、何に使うんですか?」
「それはね……」
「ご依頼の品の換金が終わりました、お嬢様」
そこにいつも通り気配を感じさせずに現れたアッヘンバッハ家の老執事。
セバスティアンがコインの詰まった袋を差し出した。
神出鬼没にもほどがある。
しかし、礼を言うのが本来だろう。
「ありがとう。でもお嬢様は止めて」
もう俺はアッヘンバッハ家の公爵令嬢では無いのだから。
「しかしお嬢様。いくらやむに已まれぬ事情があったとはいえ、家を出られるなどというお嬢様の一大事に、何でおめおめと見ない振り、知らない振りができましょう!?」
涙さえ流してセバスティアンは言い募る。
「このセバスティアン、公爵家の執事としてブリュンヒルデお嬢様のお世話を仰せつかりましてから十六年! お嬢様のことを案ぜぬ時はございませんでしたのに…… 情けないことを仰ってくださいますな、お嬢様!!」
貴族の身分を失った者に入れ込むなんて、この手の問題には首を突っ込まない方が賢明なんだが……
俺の周囲の人間は、どいつもこいつも人が良過ぎる。
「分かったから。分かったから涙を拭いて」
しかし折れてしまう自分も甘ちゃんか。
やれやれ、俺もヤキが回ったか……
「まったく、せっかく変装の為にメイド服を着て来たっていうのにそんな風にお嬢様って連呼されたら台無しじゃない」
「ならば使用人の真似事などお止めください。気が済んだらとっととお着替えくださいませお嬢様」
一転して冷ややかに言われる。
さっきの涙は演技かよってくらい、切り替えが早過ぎっ!
よほどこの格好が気に入らないらしい。
「少しぐらいいいじゃない」
「私どもの仕事が増えるだけですので」
「へ?」
「メイド服を奪われた娘が泣いていましたよ。公爵にこのことが知られたら生きては行けぬと」
「うっ……」
そ、そこまで思い詰めることなんて無いのに。




