17 お願いユニコーン! 私の夢を守って!
勇者学園を出ようとしたところだった。
イリィが何かに怯えたようにすり寄ってきた。
「イリィ?」
そこに、
「あれぇ? ブリュンヒルデさんじゃないですか~」
砂糖とミルクを入れ過ぎて飲めなくなってしまったコーヒーのように甘い、舌っ足らずなこの声は……
『この子は……』
俺の隣でアストラル体になっていたアナが眉をひそめるのが分かった。
もちろん、相手はヒロインちゃん。
「あれれー? 女王陛下は一緒じゃないんですかぁ?」
天然っぽく偽装しているが、目が笑っていない。
アナの姿が見えないことで、俺が見捨てられたとでも思っているのか。
やれやれ、バカ王子を始めとする男どもは、どうしてこんなのに騙されて入れ込んでしまうのか。
俺にはさっぱり分からんぞ。
どいつもこいつもアホばっかりだ。
ヒロインちゃんは、イリィを見てバカにしたように笑う。
「赤帽子? 貴族でなくなったあなたがファミリアと契約できたことには驚いたけど」
イリィの身体がきゅっと硬直するのが分かった。
「でも邪妖精っていうところがとってもお似合いですよ」
そりゃどうも。
「私なんか選定の儀で、勇者学園始まって以来のレア・ファミリア、ユニコーンと契約できちゃって。もう大変なんですからぁ」
あ、そう。
そしてヒロインちゃんはそこまで言って、ようやくこちらが何の感銘も受けていないことに気付いたようだ。
「なっ、ユニコーンですよ! 穢れの無い乙女にしか契約できない聖獣なんですぅ!」
あ、そう。
「誰もが憧れるファミリア! みんなが私を憧れの目で見てくれる」
あ、そう。
「王子も、みんなも、私のこと凄いって言ってくれるっ! ほめてくれるっ!」
あ、そう。
「~っ! お願いユニコーン! 私の夢を守って!」
あ、バカ。
ユニコーンの特殊能力にショート・テレポートがある。
短距離の空間跳躍だが、勇者学園は貴族の子弟が出入りする重要施設だぜ。
テロ防止のためテレポート禁止の結界が仕掛けられているに決まってるじゃん!
「えっ? あっ、きゃーっ!」
ファミリアに対する命令により強引に呼び出されかけたユニコーンだったが、テレポートでこの場に実体化するかしないかの所で結界の反作用で吹っ飛ばされる。
その額に生えた螺旋状の角で引っ掛けたヒロインちゃんもろとも、どこかに強制転移させられて行った。
「転移事故なんて事態にならないでしょうね」
『そうなったとしても自業自得では?』
アナのクールな言葉が念話で届いた。
しかし、
「人間って間違いを犯すものなのねぇ」
『人間全体をあの娘のレベルにまで貶めないでくれますか』
「いや、誰にだって間違いは」
『その間違いの頻度や程度によっては、人生そのものが誤りになる可能性だってあるのですよ』
うんざりとした表情で肩をすくめるアナ。
『できの悪い道化芝居を見させられているようで。続きをやるなら劇場でやってもらいたいものです』
やっぱりアナはクールだった。
やれやれだ。
ノビスの街にある食堂。
ボックス席を借りた俺はアナとイリィと一緒に座り、ウェイトレスが飲み物を運び終えた所で手紙を取り出す。
それから、サバイバル・キットに入っていた小さな折り畳みナイフを使って封を切る。
普段俺が使っている大振りな肉切り包丁をこんな所で出す訳にはいかないからな。
中にあった便箋にはブリュンヒルデ・パパの筆跡で簡潔に、
「一度顔を見せなさい」
とだけ。
貴族の籍から外された俺に「帰って来い」とは書けなかったんだろうな。
「仕方がないわね」
「王都に帰るのですか?」
アナが気づかわしげに言ってくれるのは、俺たち親子に申し訳なく思っている為だろう。
気にしないでもいいんだがな。
しょせん、終わったことだ。
「でも、このノビスの街から王都へって、馬車でも二日はかかるのがねぇ」
仕方がない。
「あれを使うしかないか」
「アレ?」
「トレーニング用ダンジョンの深部にあるワープゲートを使うのよ」
トレーニング用ダンジョンの奥には今回の実習の対象外になっている区域があり、そこには王都へのワープゲートがあるのだ。
「そんなものがあったんですか?」
アナは初耳だったらしい。
ただし、
「あそこには、より強力なモンスターが出るんだけどね」
それが、便利なはずのワープゲートが利用されていない理由だった。
「そんなものと戦うなんて、大丈夫なのですか?」
心配するアナにはこう答える。
「簡単よ。自分たちが殴られないようにしながら殴り続けていれば、そのうち勝てるわ」
「あなたの生き方そのものですよね、それ」
アナは呆れたようにため息をつくのだった。
俺たちはトレーニングダンジョン未踏破領域へとモンスターを退けながら進む。
「軽治癒の魔術が使えるようになりました」
途中、アナのレベルが上がった。
「これでようやく回復はヒーリング・ポーション頼りという状態から抜け出すことができたわけね」
俺は胸をなでおろす。
アナフィエルは天使なのに本当、攻撃偏重キャラだよなぁ。
一方、イリィはというと、
「氷結弾、使えるようになった」
氷の弾丸を撃ち込む攻撃魔術、氷結弾の使用が可能となったようだ。
標準的な初級攻撃魔術、魔力弾の2~3倍の威力を持った氷属性の単体攻撃魔術だ。
例の過負荷詠唱による魔力矢の威力強化が考案される以前では、氷結弾を使えるようになって初めて赤帽子は戦えるようになる、と言われていたものだった。
まぁ、確かに氷結弾は頼りになる魔術だったが。
「それじゃあ、ここからは魔力を節約してくれる?」
俺はイリィに頼む。
氷結弾は魔力矢より強力な分、必要な魔力は多くなる。
便利だからといって連発していると魔力切れになる恐れがあったから、対ボスキャラ戦用に魔力は温存したかった。
「ん」
イリィは素直にうなずいてくれる。
もっとも、このダンジョンの奥では、途中で銀のナイフが拾える。
これは教会で使われていた銀の燭台を鋳溶かして造られたものなので、モンスターには強力に効く。
銀には滅菌作用があることが地球では知られていたが、魔力が厳然たる力を持つこの世界では同様に浄化作用も併せ持つ。
銀の武具に傷つけられたモンスターは、同時に魔力を奪われるため大きなダメージを受けることになる。
だから万が一途中でイリィが魔力切れを起こすようなことがあっても、この銀のナイフさえあればそれなりに戦えるわけだ。
そうして俺たちは遺跡の最奥、ワープゲートへとたどり着く。
「乱れ打ちっ!」
アナがムチの乱打で攻撃フィールドを展開するが、
「堅いっ!?」
泉の向こうにあるワープゲート前を守るように陣取るのは一抱えもある大きなカミツキガメだった。
ムチによる乱打を浴びせるアナだったが、すべてが堅い甲羅に阻まれ有効なダメージが与えられない。
こういった防御力の高いモンスターにはムチは不利だった。
ほとんどの者が武器に剣を選び、ムチを選ばないのはこのためだ。
「避けて!」
俺の指示でアナが回避したところで、すごいスピードで首を伸ばしながらジャンプして飛びかかるカミツキガメ!
「跳んだ!?」
間一髪、攻撃をかわしたアナが感嘆の声を漏らす。
鈍重なイメージと裏腹な恐ろしいほどの跳躍力だった。




