16 イケメン・ヒーローがパンツかぶって混乱してたらヤバすぎる
そして翌日。
朝食を取るために宿の食堂でテーブルに着く。
「はふぅ……」
朝に弱いアナ。
いつもはきっちりしている彼女も、起き抜けは非常に無防備だ。
今も二つの胸のふくらみをテーブルの上に載せてくつろいでいる。
重さ1、2キロもある大きな胸を細いブラの紐で支えるのは無理があるらしく、こうすると非常に楽ならしい。
元男の俺には目の毒だったが。
「うぅ……」
一方、イリィはというと、邪妖精ゆえ夜型なのでアナに輪をかけて寝起きが悪く、目を擦りながら朝食を待っている。
そんなだから、目の下にクマができるんだがな……
「さぁ、今朝は採れたてのおイモですよ」
おかみさんが出してくれたのは、イモ料理だった。
ジャガイモを潰しただけのマッシュポテトだが、味付けとして加えられた刻んだベーコン、彩りとして入れられた香草の緑が食欲を誘う。
後は、カリカリに焼いた目玉焼きに山盛りの新鮮なサラダ、琥珀色に澄んだスープ。
「これは、この濃厚な風味はバターが使われていますね」
アナは夢見るような表情から一転して、真顔になる。
彼女が言うとおり、マッシュポテトにはバターが入れられ、深いコクを出していた。
「……ホクホク」
イリィも、食欲を刺激されたのか目をしょぼしょぼさせながら食べている。
俺も食べる。
割と荒目に潰されているため、潰され切れていない塊りがアクセントになってるな。
それに、
「んん? 隠し味にチーズフレークも使われているわね」
美味いもの全部入りという感じで、ただのマッシュポテトがメインディッシュに相応しい料理にまで昇華されていた。
まぁ、この世界、平民の主食となってるのがこのジャガイモなんだがな。
「地獄突き!」
俺はコマンド・ワードと共に、肉切り包丁で使える攻撃スキル、【地獄突き】をポイズン・トードに対して繰り出す。
アナのムチと違って単体の敵にしか有効じゃないが、動きがコンパクトで隙が少なく、まずまずの攻撃力を誇る使い勝手の良いスキルだった。
こうして最後の敵に止めを刺すと、イリィがモンスターたちの遺体やモンスターが隠していたお宝をあさり、役立つものを取り出してくれる。
持って帰って換金する分は、その頭にかぶった赤帽子の口の中に押し込むが、
「ん」
イリィが差し出してくれたのは、塗り薬と飴玉。
「インドメタシンとDHA飴ね」
それぞれ素早さと知力が上昇するドーピングアイテムだ。
「これはアナに」
「いいんですか?」
「前にも言ったけど、私たちの主力はアナだから」
だからドーピングアイテムは彼女に集中して与えるのがいいのだ。
もっとも、体力と魔力を上昇させるアイテムだけは、別に使い道があるので取っておかないといけないが。
「さぁ、トレーニング用ダンジョンに向かうわよ」
俺は二人を促し先を急ぐのだった。
そしてトレーニング用ダンジョンに足を踏み入れ、次の戦闘でイリィのレベルが4に上がったのは良かったんだが、彼女が見つけてくれたアイテムが問題だった。
「ネタ装備……」
シルクのパンティー。
何がやばいってこれ、この世界を元にした乙女ゲー、【ゴチック・エクストラ】では、頭防具なんだよな。
しかも被ると【混乱】するという。
イケメン・ヒーローがパンツかぶって混乱してたらヤバすぎる……
「見なかったことにしましょう」
仕方が無いので、旅行者の帯に付いているポーチの中に突っ込んでおく。
「そのスパッツの下に履いたらどうなんです?」
俺がスパッツ直穿きなことを快く思っていないアナがそう言うが、
「このスパッツってぴったり張り付いてるものだから、下着を着けたりしたらそのラインがくっきり出ちゃうわよ」
逆にその方が恥ずかし過ぎるだろ。
「乱れ打ちっ!」
アナの牛追いムチが生命あるもののように頭上で弧を描いた。
そうして繰り出される範囲攻撃がポイズン・トードたちを薙ぎ倒す。
「そこっ!」
「魔力矢」
討ち漏らしに対し、俺のブッチャー・ナイフの一撃が、イリィの魔力矢が炸裂。
止めを刺して行く。
「前回とは比較にならないくらい楽よね」
まぁ、武器も良くなっているしレベルも上がっている。当然とも言えるかも知れないが。
前回は素通りした場所など隅々まで巡り、適度にモンスターを間引いて行く。
俺たちの場合、イリィの魔力が切れた時が活動限界になる。
しかし戦闘が短くなる分、彼女の魔力消費も少なくなり休まずどんどんと進むことができる。
この分だと今日中に回り終えるだろう。
「位階が上がりました」
手強い敵を倒しまくれるのでレベルの上昇も著しい。
おかげで全員レベルが上がり、俺とイリィはレベル5に、アナはレベル4まで到達することができていた。
一方、
「またネタ装備……」
今度手に入ったのはスパイク・アーマーバッグ。
布製のバッグでスパイクも布でできてる形だけの飾りなんだけど、これ、ベルトを胸に回して肩当てのように左肩に付けることができるアイテムだったり。
防御力も少しだけアップする。
「アナ……」
「謹んで遠慮します」
言う前に断られた!
「イリィ」
ふるふると首を振られる。
でも金髪縦ロールな悪役令嬢の外見を持つブリュンヒルデに棘付き肩パットというのもなぁ。
ええい、女は度胸、何でも試してみるものさ。
そういう訳で自分で使うことにした。
「よくお似合いですよ」
アナには生暖かい目で見られ、イリィにはへらりと笑われる。
イリィ、その人を馬鹿にしたような下卑た笑いは誤解されるから止めておけ。
本当にコミュ障だなぁ。
まぁ、しかし順調に愉快な【無課金ユーザー】アバターになりつつあるな。
「着替えでも入れとけばいいのかしら」
この肩パッド型バッグ、中に物を詰めると防御力が多少上がる。
とはいえ、硬い物や重い物を詰めると邪魔になるため、着替えなんかを入れて置くのが良いだろう。
「おお、ちょっとだけ防御力が上がった」
そこで思い出す。
「さっきのシルクの下着も入れて置けば」
どうせ使わない物だしと突っ込んでみたら、
「防御力が跳ね上がってる!?」
着替えを入れた効果が1だとすると、シルクのパンティー一枚で3くらい上昇している!
「ま、まぁ、絹糸は同じ太さの鋼鉄より強度があるって言うものね」
地球でも最初の防弾チョッキはシルクで作られていたって話だしな。
トレーニング用ダンジョンのモンスターの間引き作業を終えた俺たちは、ノビスの街に戻ることにする。
途中、ふもとの村に一泊するついでに、倒したモンスターの毛皮や肉を売り払い金に替えた。
「ヒーリング・ポーションやアンチ・ドーテ、リターン・クリスタルなどの消耗品は取っておくとして、それ以外のアイテムはノビスの街で売り払いましょうか」
そういった後処理も終え勇者学園の事務局に顔を出すと、例の眼鏡美人の受付嬢が応対してくれる。
「えっ、もう終わったというんですか!?」
驚くのも無理は無い。
依頼を受けてまだ二日しか経っていないし、通常、この仕事は複数組みの傭兵を使って分担しながら行う作業なのだから。
「ええ、ですから確認をお願いしますわ」
「は、はい…… その、確認には数日かかりますが」
「分かっています」
トレーニング用ダンジョンで得られた収入もあり、当面の生活費には不自由していないことから報酬を急いでもらう必要も無い。
「あと、ブリュンヒルデ様宛に、お手紙が届いていますが」
「私に?」
誰から、と思ったがシンプルだが上質な封筒と、封蝋に押された印璽ですぐに分かった。
『アッヘンバッハ公爵からですね』
アストラル体になって姿を消していたアナから念話が届く。
そう、これはブリュンヒルデ・パパからの手紙だった。




