14 「世間体と私どっちが大事なの!?」「世間体に決まってるでしょう!」
「よろしければ、ネコゼニを集めてもらえませんか? お礼は必ずいたします」
そう申し出てくれるミャオ殿下に、俺は快諾する。
「ええ、そのつもりで来たのです。そのネコゼニはお受け取り下さい」
「やぁ、これはありがたい!」
嬉しそうに瞳を細める殿下。
美人ネコだよなぁ。
「目を細めてくれるのは信頼の証よね」
俺は、イリィに同意を求めるが、
「私の目は元々こう」
と、眠たげに半ば閉じられた瞳でそう言われる。
「いや、イリィのことじゃ無くてね」
「む……」
自分の勘違いに気付いたイリィがそっぽを向く。
拗ねないで、と引き寄せると無言で頭をぐりぐり擦りつけてくる。
ナイスぐりぐり!
「それではお礼の品をボクのお店からお選びください。さぁさぁ、こちらへ」
ミャオ殿下に導かれ、彼のお店に向かう。
しかし、
『……これって』
『言わないで、アナ』
アナの念話に、こちらも念話で答える。
うん、ネコの王国一の大商人、と言えば聞こえはいいけど、やっぱりそこはネコなんだなぁ。
はっきり言えばガラクタばかりがそこには並んでいた。
毛糸玉とか爪とぎ板とか、ネコにとっては価値があるものばかりなんだろうけどね。
この世界を元にしたと思われるスマホのソシャゲ【ゴチック・エクスプローラー】でも、冒険中に手に入るネコゼニを使って【無課金ユーザー】でも回せるノーマルガチャがネコの王国にあった。
ただ、【課金ユーザー】が回せるレアガチャと比べると出るアイテムは圧倒的に劣っていたんだよな。
というか、出るのがほとんど外れアイテムと言う鬼畜仕様。
この露骨な差別、課金への誘導に、
ゴチエクはクソ運営!! はっきりわかんだね。
などと言われたものだったが、どうやらこういった理由からきたものらしい。
「ただ、それでも掘り出し物もあるから」
俺は、攻撃力不足に悩むアナの為にブル・ウィップ、牛追いムチを選んでやった。
牛をコントロールするのに使われる農具なので、【無課金ユーザー】である俺でも手に入れることができたものだ。
「ふむ」
アナが手首を軽くしごくと、ムチが床の上をヘビのようにのたくった。
それを見たミャオ殿下が物凄い勢いで飛び上がる。
「ああ、ネコってヘビが駄目だったものね」
日本に居た頃、キュウリに驚くネコの動画なんかを見たっけなぁ。
しかしネコを驚かせるのは虐待だから禁止な。
寿命が縮むんだからな。
まぁ、それはともかく。
「このムチは【乱れ撃ち】のスキルで範囲攻撃が可能だから。威力が低い分はアナの筋力の高さで補えるし」
ドーピングもしたしな。
天使アナフィエルは強力なムチスキルを持っているので、ムチを持たせると強い。
【無課金ユーザー】はこんな風に武器や防具に転用できる日用品かイベントでもらえるネタ装備ぐらいしか入手できないので大変だが、それでも工夫次第で【課金プレーヤー】に相当する貴族、勇者学園の生徒に勝つこともできるのだった。
「私たちの主力はアナだからね。今までは良い武器を与えてあげられなかったから不遇だったけど、これでバリバリ戦えるでしょ」
通常、単体の敵には高ダメージの剣を、複数の敵には範囲攻撃が可能な魔術を使うものだが、攻略ペースを上げた場合、範囲攻撃可能な魔術を使えるようになる前に先に進めなくてはならなくなる。
それを補うには範囲攻撃可能な武器は必須だった。
「私はあなたの服の方を先に何とかして頂きたいのですが」
とアナがじとっとした半目で見て来るが、
「えっ、何ですって?」
と主人公の固有スキル【難聴】で気付かないふり。
嘘だけど。
大体、【無課金ユーザー】は攻略上意味が薄いアバターの格好には無頓着。
【武器から強化する無課金ユーザー】みたいにまずは攻略に必要な武器を最優先に入手、裸同然のアバターで闊歩するのがお約束なのだ。
「いやでもこの格好、理に適ってるのよ」
俺はアナに説明する。
「私はレンジャーの訓練を受けているから、隠密行動の妨げになるガサガサ音を立てたり引っかかったりするような服は駄目な訳」
音っていうのは条件次第でかなり遠くまで届いてしまうからな。
夜間など静かな場所では武器が木や岩に当たったかすかな音でも数百メートル先まで届いてしまう。
そして音は一秒間に約340メートル進む。
聴覚に優れたモンスターなら音の大きさと方角でこちらの位置をつかんでしまうのだ。
「その点、スリムなチューブトップとショート丈のスパッツって恰好は理想なのよ」
マンガなんかでも女盗賊がレオタードを着てることが多いけど、あれも隠密行動には最適だしな。
装備はより有利なものを選ぶことこそが大事で、見た目など問題では無いのだ。
だが、アナは納得しない。
「何だかとっても言い訳がましいのですが。その格好のあなたと並んでに立つ私たちのことも考えてください。周囲の視線が痛いのですよ」
「なっ、世間体と私どっちが大事なの!?」
必殺、女のめんどくさい主張ナンバーワン、「仕事と私どっちが大事なの?」の変形バージョンだ!
「比較の対象がおかしいだろ!」
「なんだソレ、究極の難問か!? 大学入試の方がまだ簡単だったぞ!?」
「そもそも分類からしておかしいだろ!?」
などなど、世の働く男たちに悲鳴を上げさせた選択肢だ。
しかし、アナは間髪入れずに即答する。
「世間体に決まってるでしょう!」
「ひっ、ひどっ!」
あんまりだー。
「泣くわよ!」
「いいんじゃないですか? 涙腺もたまには洗浄が必要です。人に見せるために泣くのではないのですから、いつでもあなたが泣きたい時に泣けば良いのですよ」
めっちゃクールなアナ。
さすが、あの天使メタトロンに鞭打ち60回の罰を与えるよう、神に選ばれた天使なだけはあった。
ファット・ラットの群れが突進して来るが、アナは動じない。
「触れれば皮膚が裂け、肉が爆ぜるムチの攻撃フィールドはッ!」
その手に持たれた長い牛追いムチの先は、
「すでにあなたたちの足元、半径三メートルに在る」
この土地特有の赤土の上をヘビのように這っていた。
アナが手首をしごくと地面を幾重にもしなり、のたくる。
「受けよ神罰! 半径三メートル、乱れ打ちッ!」
その先端は音速すら超えるというアナの範囲攻撃ムチスキル【乱れ打ち】で痛打され、見る見るうちに倒されていくファット・ラット。
天使アナフィエルは強力なムチスキルを持っているとは聞いていたけれど、これって強過ぎだろ。
俺とイリィは討ち漏らしの敵の止めを刺す事くらいしかやることが無い。
「レベルが上がりましたね」
そんな訳で、成長が遅い天使であるアナもようやくレベル3に。
そして再びふもとの村にたどり着く。
よし、
「お金も溜まったし、ここの鍛冶屋でもう少しいい武器を買うわ」
そうして俺たちはふもとの村の外れにある鍛冶屋を訪ねた。
里山の炭焼き小屋の近くにあるそれは、この地方では唯一のものだ。
「どうしてこんな田舎で鍛冶をやっているのでしょうね?」
アナの言葉にはこう答える。
「鍛冶をするには木炭が必須だからでしょ」
この地方には石炭から作ったコークスを使った製錬は伝わっていないので、製鉄には木炭を使っているのだ。
だから林業が盛んで木炭を生産しているこの辺境の村で仕事をしているわけだ。
鉱山跡があることからも分かるように鉱脈もあるって話だし。
「王国史の勉強で習ったけど、鉱山が寂れる前は岩妖精の精錬所から出る鉱毒で酸の雨が降って、禿げ山だらけになった錆びた工業地帯、ラスト・ベルトと呼ばれていたって話よ」
俺は家庭教師に習った王国史を思い出しながら話す。
「そうは見えませんが?」
アナは周囲の緑が生い茂る山々を見ながら首を傾げた。
「ええ、原初の森に住む森妖精たちが緑化に手を貸したんですって」
「あの一族は森の中にある完全環境都市から滅多に出てこないし、自然に生きる彼らと鉱業により自然を破壊する岩妖精との仲は険悪で、普通なら力を貸すわけが無いのですが」
「そこは教会が仲介したみたい」
聖王国には様々な種族が出入りしている。
そして王国全土に広まっている教会はこのように種族間の摩擦を和らげる働きをしていた。
「酸性の土でも旺盛な繁殖力を示すニセアカシアにより緑化された山は養蜂に最適で、アカシア印の蜂蜜、それから作られる蜂蜜酒はこの地方の特産品にまでなっているそうよ」
ニセアカシアは日本の鉱山地帯で緑化に使われていたものだしな。
米と違ってこの世界の主食を担う麦類は酸性土には強くない。
それゆえ、この地方は食料は輸入に頼った土地柄だったんだが。
禿山の緑化はそういう土地に適合した産物をもたらしたということでもあった。
そう言えば、ソバは酸性土でも育つんだったか?
ブリュンヒルデ・パパあたりに進言してこの地方で作ってもらうのもいいかも知れなかった。
ソバ食いたいし!
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更新は不定期ですが、反響次第で頑張ってペースを上げられるかも。




