13 ネコと和解せよ
そうして何とかこのトレーニング用ダンジョンのゴール地点にたどり着く。
レンジャーの俺は比較的成長が早いためレベル4まで上がっていた。
イリィはレベル3、アナはまだレベル2だから、結構な差が付いたことになる。
「よし、クリア証明のメダルね」
勇者学園が設置したという自販機みたいなメダル発行機械から吐き出されたメダルを入手。
「ジャンプ」
ジャンプ・クリスタルを使い、ノビスの街のポータル・ゲートまで空間跳躍をかけた。
「それじゃあ、勇者学園に出向きましょうか」
アナには姿を隠すため、アストラル体になってもらったのだが……
「ブリュンヒルデ、貴様! よくおめおめとこの学園に顔を出せたな!」
バカ王子、レオン殿下につかまってしまったのだった。
こちらが一人と見てか、完全に侮った表情で弄るように言う。
「母上の姿が無いということは見限られたか? まぁ、お前のような最低女には過ぎた温情だったということか」
言いたい放題だな。
しかし、こんなでも女にはモテるから不思議だ。
イケメン、大金持ち、かつ権力者で圧倒的な力を持っていて、傲慢で恋人を強引に支配しようとする俺様系なのが女性にはたまらないらしい。
俺からすると、ただのモラハラ野郎にしか見えないんだがな。
『この子は……』
アナが憤慨して実体化しようとするが、
『アナ、ここは抑えてくれる?』
俺は念話で彼女を引き止める。
『しかし……』
『正直、こちらを侮ってくれた方があしらいやすいの』
バカに一々構っていてもしょうがないだろ。
「そこをどいて頂けますか、殿下。私は学園の事務局に用がありますの」
「ふん、復学願いか? 無駄だ無駄だ。貴族の身分を失った者に与える席などこの学園には無い」
王子はそう囀る。
やれやれだ。
俺は王子を無視すると、その脇をすり抜けて受付に向かう。
「ぬぉっ!?」
4レベルレンジャー、元々素早い盗賊系の職業にレベル差からくる敏捷値の違い。
俺が本気になれば王族のボンボンを出し抜くなど容易いことだ。
実力差に気付いたか?
いや、無駄に高いプライドが邪魔をして気付けないんだろうな。
それでも鼻白んだ様子で、引きさがってくれたのは幸いだった。
いつまでもバカに構ってはいられん。
俺はこちらを見守っていた眼鏡美人な受付嬢に、例のメダルを差し出して申し込む。
「こっ、これはトレーニング用ダンジョンのクリア証明メダル!?」
それが示す意味に気付いた受付嬢が思わずといった様子で漏らす。
「この通りゴール地点まで行ってきたわ。今季の難易度調整業務を請け負いたいんだけど」
「はっ、はい。これはぜひ!」
彼女が即答するのも無理は無い。
トレーニング用ダンジョンの難易度調整役は毎年人手不足で、人員を確保するのが非常に困難だからだ。
何しろモンスターに対抗できる力を持つ、古代上位種の血を引いている者は大抵が貴族。
こういった雑務に志願してくれる者は希少なのだ。
「こちらが契約書になります。内容をお確かめの上、問題が無ければサインをお願いします」
俺は契約内容に不備が無いことを確かめ、サインする。
これで、契約は成立。
「支給品ももらえるのね」
「はい、ヒーリング・ポーションにアンチ・ドーテ、ジャンプ・クリスタル、それに携帯食を支給させて頂きます」
うん、こういった消耗品がもらえるのは嬉しい。
その分だけ資金を他に回せるからな。
勇者学園でポーションなど消耗品の支給を受けた俺は、それを旅行者の帯のポケットやポーチに詰めノビスの街に出る。
「それじゃあ、ネコの集会場を探しましょうか」
ノビスの街の中央広場の周辺は古い市場が広がっている。
路地は非常に狭く、かつ迷路のように複雑で、その両側には衣類、ランプ、陶磁器などの工芸品、肉、野菜やドライフルーツ、香辛料などの食料品、そしてスイーツやテイクアウトの屋台などが所狭しと並んでいてさながら異国のよう。
そこで俺は建物の二階に貼ってある小さな黒い看板を見つけた。
「【ネコと和解せよ】、ね」
「何です、この看板」
アナが俺の隣で首を傾げる。
俺はこう答えてやった。
「ネコの集会場への道しるべよ」
俺は塀によじ登り、その上を歩く。
ネコ道ってやつだ。
イリィがそれに続く。
邪妖精である彼女は結構、こういった不正規行動に向いている。
一方アナは少し考えた後、アストラル体に変位して姿を消した上で、翼を広げ後に続いた。
しばらく歩くと、次の看板があった。
【ネコを認めよ】
うん、この道で間違いが無いようだ。
こうして塀の上だの、よその家の裏庭だの、屋根の上だのを辿って行くと、
【初めにネコと天と地を造られた】
【終わりの日に人はネコの前に立つ】
【地と人はネコのもの】
【偶像から真のネコに】
【ネコへの態度を悔い改めよ】
【ネコを恐れ敬え】
【ネコのさばきは突然にくる】
【ネコは心を見る】
【私生活もネコは見ている】
【不倫や姦淫をネコはさばく】
【ネコの国は近づいた】
ふむ、
「とうとう着いたわね」
『ここは?』
目前には街。
しかし、往来するのは二本足で歩行するネコたちばかり。
「ここがネコの王国。猫妖精たちの妖精郷よ」
彼らの妖精郷には、ネコ道を辿ることでたどり着ける。
ここまであった奇妙なネコの看板は、ここに至る為の目印なのだ。
「うう……」
イリィが顔をしかめている。
妖精とはいえ、邪妖精の赤帽子であるイリィは居心地が悪そうだ。
そして、
「そこの人間のお姉さん」
足元からそう呼びかけられ、視線を落とすとトラジマの猫妖精が一匹?俺を見上げていた。
「いい匂いがしますね」
そう言われ、自分のベルトに付いているポーチの中身に思い至り納得する。
「鼻が利くわね」
そう答えると、ネコは胸をそっくり返して自慢げに鳴いた。
「そりゃあもう、ボクはこのネコの王国一の大商人だからね!」
なるほど、そういう者に一番に出会えたのは幸運だった。
「それじゃあ、あなたのお店に連れて行ってくれる? 引き取ってもらいたいものがあるの」
「いいよ。ボクの名前はミャオ。ミャオ殿下って呼んで」
「あら、王族の方でしたか。それでは私はブリュンヒルデと」
こうして俺たちはミャオ王子殿下の経営する大商会の門をくぐったのだった。
「それで、お見せしたいものですが、これを」
俺は、ミャオ殿下に木で作られたコインを四枚ばかり差し出す。
「こっ、これはマタタビの木で作られたというネコ王国の秘宝、ネコゼニでは!?」
驚きのあまり目を丸くする殿下。
まぁね。
マタタビって木ではあるんだけど蔓植物だからコインが作れるほど太くはなかなか成長しないんだよね。
だからこそ、このコインは希少品になっているのだけど。
アストラル体から実体に戻り同席していたアナが首を傾げる。
「でも、どうしてこの国の宝物が外の世界に?」
確かにこれらのネコゼニはイリィが拾ってくれたものだけど、拾った場所はバラバラ。
なぜ色々な所に散らばっているのか分からないんだろう。
ミャオ殿下はきまり悪げに前脚で顔を一撫ですると説明してくれる。
「宝物庫の番人が居眠りしていた隙に、普通のネコが持ち出してしまって」
マタタビの木で作ってあるのだから普通のネコにも魅力的な物だよな。
「悪いことに、このネコの王国は現世の至る所と空間がつながっています。それゆえ、ネコたちは自分の宝物にしてしまったネコゼニを世界中に隠してしまったのです」
これが、世界にネコゼニが散在している理由だった。




