12 某ゲームだと、死体や棺桶が宝箱扱い
「しかし暗い……」
アナはそうぼやくが、
「この子は暗闇も平気みたいですが。邪妖精ゆえですか?」
イリィを見て首をかしげる。
「妖精たちは、人間には見えないものを見ることができる妖精の視野を持っているのよ」
だから低光度条件下でも視界が効くのだった。
「?」
どうかしたのかと、イリィの底光りする赤い瞳が問いかけてくる。
だから俺はこう答える。
「私はイリィの赤い瞳が好きよ。赤は大地の属性を持つ星に流れる炎と血、溶岩の象徴だもの」
そう伝えると、イリィは照れたように視線を外す。
そしてしばらく経ってから、気を付けていないと会話のつながりが分からないほど間があってから、
「本当に?」
と聞く。
本当、こういう所がコミュ障なんだよな、この子は。
まぁ、そこがいいんだが。
「ええ、何だったら誓ってもいいわ」
俺は妖精たちに伝わるという誓いの言葉を口にする。
「蒼き天が我らが上に落ち来たらぬ限り」
それは、ありえないことを表す言葉。
「緑なす大地が引き裂けて、我らを飲み込まぬ限り」
そんなことが無い限りと誓う言葉。
「泡立つ海が押し寄せて、我らを溺らしめぬ限り」
絶対の約束。
「この誓い、破らるることなし」
「……っ、く」
こちらを見るイリィの淀んでるとしか見えない瞳が一瞬潤んだように思えたのは気のせいだったのだろうか……
安全な場所を見計らって一時休憩。
避難小屋から持ってきたナッツをエネルギー補給のための行動食として食べる。
脂質を多く含むナッツ類は高カロリーな上、生か軽く炒った程度で食べられ、長期間保存が効くという栄養補給食にぴったりなものだ。
水袋の水を皆で回し飲みして水分も補給する。
水袋は飲んだらその分小さくして空気を追い出しておく。
これにより中身がチャプチャプ音を立て、敵に気付かれるのを防ぐのだ。
日本で使っていたプラティパスなんかもそうだが、畳める水筒はこれができるから良い。
「ここに入ってからイリィが拾ってくれたのはネコゼニと銀貨、そしてヒーリング・ポーションが一個か」
手持ちの青汁を使い切ったところだったから、万が一の回復手段が得られたのは幸いだ。
まずは一安心といったところか。
「どうしてそんなものが落ちているんですかね」
首を傾げるアナにはこう答える。
「まず考えられるのは、この塔でモンスターの犠牲者となった者の持ち物」
「そ、それは……」
某ゲームなんかだと、死体や棺桶が宝箱扱いだったしなぁ。
そういうのを漁らなくても済むというのは非常に助かる。
イリィさまさまだった。
「後は、このダンジョンへの挑戦者がデポしていった物とか」
「デポ?」
「登山ではね、登山ルートにあらかじめ荷物を置いておくこと、または登山中にいらなくなった荷物を置いて行くことをデポって言うのよ」
そうすることで、ルート上に物資を備蓄しておく訳だ。
補給が必要になった時に、そこから取り出して使う。
「こういった品も、このダンジョンを攻略しようとした人たちが置いて行った物かも知れないわね」
そうしてダンジョンを進む俺たちだったが、どうしても避けられない戦闘も中にはある。
前方に気配。
ランタンの明かりをシャッターで絞り、音を立てないようハンドサインでアナたちに知らせる。
イリィが持つ妖精の視野で索敵してもらい、敵影を視認。
巨大なカエル型モンスターに遭遇する。
「や……!」
アナは振り上げたフレイルを目の前に居る毒ガエル、ポイズン・トードの脳天に振り下ろす。
「ああああっ!」
ぐらっとよろけたところに、
「ハッ!」
もう一撃。
「こちらもレベルが上がっているはずなのに、一撃で倒せない!?」
高い耐久力、ヒット・ポイントだけを頼りにごり押ししているだけに、打撃力不足に悩むアナ。
俺たちの中で一番攻撃力の高い彼女ですらそういう状態なのだから、俺なんかは完全に力不足。
「やっぱり包丁じゃ駄目か」
イケると思ったんだけどなー。
仕方がない、アナと協力して二人掛かりで一匹ずつ倒していくしかない。
「魔力矢!」
その一方で、イリィの攻撃魔術は安定したダメージソースとして機能しているんだがな。
おっと、
「アナ、右よ!」
「はあっ!」
俺の警告に応じ、近づいて来たもう一匹にフレイルを振り上げ顎を砕く。
「くっ、倒れなさい!」
「無茶をしないで、アナ! 間合いが近過ぎよ!」
回避盾となって彼女を援護しつつ戦う。
「何のために私を先頭に置いてあなたを下げたと思う? 渾身の打ち込みができる間合いを取るためよ! こいつら簡単に倒せるウシガエルとは種類が違うわ!」
初心者向けの経験値稼ぎに最適な、後ろ足が食用にもなるウシガエルはこんなにエラが張っていなかった。
その正体はイリィが教えてくれた。
「それ、毒ガエル。耳の後ろに毒腺が」
「なっ!?」
アナは横殴りにしようとした一撃を寸前で止める。
危うく毒腺を叩き潰すところだった。
この距離では飛沫で目をやられる危険性がある。
解毒剤、ウーヅ救命丸はあるが、使わずに済むのに越したことは無かった。
「というとは、やっぱり正面からしか打ち込めないじゃないですか!」
「だから脳天への一撃ができる間合いを取るのよ。それ以外のところに当たったら一旦退いて!」
俺とイリィ、二人の助言を受けてようやくアナは勝負を五分に持ち込む。
それだけ相手は強かった。
「毒ガエル…… 身体に毒を持つので天敵の居ない相手。だからこそ、ここまで大きく成長ができるのね」
毒ガエルの攻撃をいなしながら、俺はつぶやく。
そして、
「魔力矢!」
止めの一撃をイリィは放つ。
魔力で形成された矢が、毒ガエルの顎を貫いた。
「ふぅ、何とか片付きましたね」
「お疲れ様、アナ」
安全を確かめてから毒ガエルの亡骸に近づくイリィ。
「肉は毒で食べられない。皮ぐらいしか剥ぎ取る物が無い」
眉根を寄せて言う。
地球でも駆除した毒ガエルの皮を使った革細工があったっけ。
「毒腺は……」
アナが言いかけるが、俺はそれを否定した。
「薬にもなるらしいけど、素人が手を出すのは危険ね。幻覚作用があって中毒になる者も居るって話だから」
「麻薬ですか?」
「そのような物よ」
俺の言葉にイリィがうなずく。
「舐めるとクラクラして楽しい」
イリィーっ!
いや、地球でも毒ガエルにハマって、その背をベロベロ舐めてラリってる犬とかが実在してたけどさぁ。
「とにかく、その毒は危険よ」
「お腹を捌いたらファット・ラットの子供が出てきた」
剥ぎ取り用の小型ナイフで毒蛙の解体を行い、皮を剥いでいたイリィが叫ぶ。
「ウシガエルもそうだけど、カエルの類は動く物は何でも丸飲みするからね」
それがカエルに共通した特徴だった。
こうして毒腺を潰さないよう気をつけなければならない毒ガエル、鋭いカミソリのような前歯で皮膚を切りつけてくるバンパイア・バット、素早く噛み付いてくるファット・ラットなどなど一癖も二癖もあるようなモンスターを倒していく。




