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11 赤い火、青い火

位階レベルが上がりました」


 アナが申告してくる。

 イリィもコクコクうなずいていることから上がったらしい。

 もちろん、俺も守護聖人セイントの加護による限界突破レベルアップを果たしていた。


「これが、少人数パーティの利点よね」


 俺は笑顔で説明する。

 勇者学園だと、生徒二人一組にそれぞれ契約したファミリアを合わせた四人パーティが基本なんだが、


「三人パーティだと戦闘がきつくなる分、四人パーティで戦う場合の三割増しの経験が得られるわ。その分だけ成長が早まるのよ」


 早い時期にレベルが上がることから実は難易度は定数を揃えた四人パーティより下がるという説もあるくらいだ。

 さすがに二人以下の人数になると手数が足りなくなるが、だからこそ俺は召喚事故で発生する重複召喚ダブル・ブッキングを狙ってリセマラを繰り返したのだった。


 何しろ、この聖王国には集会の自由が無い。

 貴族以外の民間人が武器もしくはそれに類するものを持って集まった場合、罪に問われることになるのだ。

 だからこの国では貴族、そして軍や衛兵など以外は人間同士でパーティを組めないのだ。

 それだけ平和とも言えるのだが。


「なるほど…… 私は魔力弾エナジー・ブリットの呪文が使えるようになりましたが」


 アナが自己申告してくれるが、さすが武闘派天使。

 治癒魔術より攻撃魔術の方を先に覚えるとは。


「しかし、この耐久値の上昇は何事です? 一気に体力ヒット・ポイントが三倍以上に跳ね上がっていますが」

「それが私の守護聖人セイント、聖ムキムキウスの加護の力よ。耐久力の上昇に最大級のプラス補正がかかる訳」


 三人ともこれだけの体力があれば、まずこの辺では死ぬことは無い。

 これが見込まれていたからこその、トレーニング用ダンジョンへのチャレンジだった。


青汁ヒーリング・ポーションは全員分あるし、これで全回復させれば問題なしよ」


 このためにこそ、イヤゲモノ屋で三本買っておいたのだ。

 旅行者トラベラーズベルトのポケットから薬ビンを取り出して皆に分配する。


「ううっ、良薬口に苦しとは言いますが、それにしたって限度というものが……」

「まずい」


 まぁ、それは仕方ないよな。




 森を抜けると広がる空と、なびくひとひらの白い雲。

 不意に開けた空間に風が通り、背後に抜けた木々の連なりを揺らした。


 戦闘を重ねた結果、山腹にあるトレーニング用ダンジョン入り口に着く頃には俺とイリィは更にもう1レベル、レベルが上がっていた。

 上級職的な扱いで成長の遅い天使であるアナのレベルはさすがに上がらなかったが。


「体力はともかく、イリィの魔力が半分を切ってるし、ひとまずここで休みましょ」


 閉鎖されていた避難小屋の鍵を専用工具を使ってピッキングで開ける。

 俺はレンジャーとしての教育を受けており、その一環で鍵開けの技能も学んでいたからこれぐらいはお手のものだ。


「うん、開いた」


 小屋の中には非常食と毛布などが置かれている。

 ランタンや水袋、サバイバルキットなどこれからの探索に必要な装備もあって、


「これで何とかなるわね。今晩はネズミ肉のスープにしようかしら」


 ここにたどり着くまでに倒したファット・ラットは、イリィが赤帽子の口の中に放り込んで運んできてくれている。


「ネズミを食べるんですか!?」


 アナが叫ぶが、そんなに驚くことか?


「野生のネズミの肉は味が濃くって美味しいのよ。ちょっと油っこいけどそれもまた旨味だし」


 これもレンジャーの訓練で調理実習を受けて学んだことだった。

 貴族の令嬢に何をさせるんだという話だったが、元軍属の家庭教師の先生は生き残る為だと言って俺に教え込んでくれたのだ。

 カエルの後ろ足とかヘビを使った料理とか。

 まぁ、カエルの足はフランス料理に使われる食材で鳥肉に似た味だったし、ヘビもそのままだと生臭く小骨が多かったけど山では貴重なタンパク、カルシウム源。

 頭をどんと落とし、ビーッと皮を剥いで内臓を取り出したら、熱湯をくぐらせた後にコリコリに焼いて蒲焼にすると美味く食べられる。

 焼いたヘビを粉にしたものは赤ん坊にも飲ませられるのだという。

 普通のお嬢様なら音を上げているのだろうが、俺は普通じゃなかったしな。




 ふうわりとした夕暮れの中、金色に彩られた雲が空を流れていく。

 近くの水場を流れる清水の音。虫の鳴き声。

 一日が終わり、心地良い気だるさが全身を包んでいる。


 俺たちは森から集めてきた枯れ枝を薪に、焚火を囲む。

 ナタなどは持っていなかったが、生木はともかく枯れ枝は脚で踏めば容易に折れるし、ナイフでも木目に沿って刃を入れれば割ることができる。

 丸太だったら無理に割らずに端だけを焚火に突っ込んでおけばいい。

 ネイティブ・アメリカン式焚火ってやつだ。

 樹脂が多く燃えやすい針葉樹は最初の焚き付けに。

 硬く燃えにくいが火持ちも火力も高い広葉樹を主に燃やす。


「こんなにチョロチョロと燃やさなくても良いのでは?」


 小さな炎を前にアナが言うが、


「キャンプ・ファイヤーじゃないから炎を大きくする必要は無いわ。焚火は灯りじゃないのよ」


 俺は苦笑して説明する。

 これも、レンジャーの教育で学んだことだ。


「なるほど…… でも、焚火の火を見ているとほっとしますね」


 アナはそう言って炎を美しく映し出すエメラルドの瞳を細めた。

 人が原野で生活していた時代の名残だろうか、オレンジ色の炎を見ていると不思議と心が安らぐものだ。

 焚火は最高の酒の肴とも言うしな。


「それじゃあ、夕食にしましょう」


 ふもとの村で購入した包丁クッキング・ナイフを使って毛皮を剥ぎ、ファット・ラットを捌いて、それを具に作ったスープだ。

 ファット・ラットの肉は、最初にバターを使ってこんがり焦げ目がつくまで焼いてから、スープに入れてやる。

 バターは熱い時期でない限り溶けないので、こういう場合に携帯するにはもってこいだ。

 食用湯なんかはどんなに密閉しても染み出してきて下手すると荷物を油まみれにすることになるしな。

 沢から摘んできたクレソンに保存食のナッツをまぶしたサラダも作って添えてみたが、その緑が彩りとなって一層食欲をそそるように思う。


「うっ、美味しいです……」


 ネズミのスープを恐る恐る口にしたアナは、びっくりした様子で瞳を瞬かせる。


「少し辛いですが、それがまた食欲をそそりますね」


 スープの味付けにはカレーパウダーを使った。

 肉にも魚にも合う万能調味料で、食力増進の効果もある。

 塩スープばかりになりがちな野外食で変化をつけたい場合にも重宝するしな。


「……嫌いじゃない」


 イリィはというと、特に気にした様子も無く噛り付いていたが。


「それで、この後はどうするんです?」

「うん、まずは出口まで行って、クリアの証のメダルを取ろうかと思って」


 俺たちにはまだ実績が無い。

 勇者学園の事務局からこのトレーニング用ダンジョンのモンスター間引き業務を受注しようにも信用が無いから受けられない訳だ。

 しかし、このトレーニング用ダンジョンをクリアしたという証しがあればどうだろう。

 まず問題なく仕事を受けることができるはずだ。


 空を見れば流れゆく雲が赤く染まり、気温が下がった分、空気が少し湿ってきたように感じた。

 夕暮れの匂いってやつだった。




 そして翌朝。

 寝覚めは最高だった。

 この国はヨーロッパやアメリカの気候に近く、日本のように雨が多く湿度が高い訳ではない。

 だから狭い避難小屋の中では無く、露天に焚火を囲んで毛布をかぶってごろ寝という西部劇に出てくるカウボーイスタイルでも問題なく眠ることができていた。

 昼間の陽気が嘘のように大気が冷え、乾いた夜風を肌に心地良く感じながら虫たちの鳴き声をBGMに星空を見て寝る。

 本当にぜいたくなひと時だった。


 俺たちは昨晩の残り物のスープと避難小屋に備蓄されていたクラッカーで朝食を取った。

 コーヒー豆もあったのでスキレット、分厚い鋳鉄製のフライパンで炒って焙煎した後、バンダナに包んでその辺の石を使って叩いて潰す。

 これをカップに入れて上からお湯を注げば挽きたてのコーヒーになる。


「うーん、カフェインが身に染みるわね」


『無課金ユーザー』になって以来、お茶いと言えば庶民が飲む草茶ハーブティ、コーヒーといえば大豆を炒って作る代用珈琲ソイカフェだった。

 ノンカフェインのお茶も健康的で良かったが、たまにはカフェインが欲しくなる。

 朝なら特に。




 一息ついてからトレーニング用ダンジョンに潜入する。

 このダンジョンは山中にあった鉱山跡を元に勇者学園が手を入れたものだ。

 山腹のあちこちに出入り口があるが、それらには対モンスター用の一方通行の結界が敷かれていて、一度迷い込んだモンスターは出られないようにしている。

 こうしてモンスターを常に補充している訳だが、当然迷宮内では食物が限られモンスターは飢えている。

 こちらを見つけたら一目散に襲いかかって来るので注意が必要だった。

 中には中立のモンスターも居るが、


「暗いわねぇ」


 俺は避難小屋にあった携帯用ランタンを万が一の為に持ってはいたが、火は点けずに進んでいる。

 ランタンを点けるとモンスターを呼び寄せてしまうし、この階層には灯りがあった。


「青い火、赤い火……」


 イリィがつぶやき、


「怨みの火、ですか?」


 アナが答える。

 松明持ちのウィリアム、ウィル・オ・ウィスプ。

 提灯ジャック、ジャック・オ・ランタン。

 どちらも鬼火の妖精だ。

 スパンキー、とも呼ばれる。

 それらの放つ燐光が、ぼうっと辺りをかすかに照らし出しているのだ。


「赤い火はこちらから攻撃しない限りは安全だけど、青い火には近づかないで」


 俺はアナに注意を促す。

 イリィの方は邪妖精アンシーリー・コートゆえ、相手の特性を知っているだろうから心配はしていない。


「何かあるのですか?」

「青い火、愚者火イグニス・ファトゥスは近くを通る旅人の前に現れ、道に迷わせたり、底なし沼に誘い込ませるなど危険な道へと誘うとされているわ」


 湖沼や地中から噴き出すリン化合物やメタンガスなどに引火したものであるとされるが、閉鎖空間であるダンジョンでガス溜まりに足を踏み入れたら即昏倒、窒息、死亡の危険がある。

 シャレにならなかった。


「逆に言うと、ウィル・オ・ウィスプを避けて歩けば、ダンジョンの危険地帯を避けて通れるって訳。戦って倒してしまうとその目印が無くなるからかえって危険よ」


 そんな罠が、このダンジョンにはあるのだった。

 この世界と近似するスマホのソシャゲ、【ゴチック・エクストラ】でもハマって死亡するプレーヤーが結構居たっけ。

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