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ジンの吟遊旅行記   作者: くーじゃん
第一章 蝙蝠の守護者
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7 嫌な奴

 バゼル様達との面会の後、ヨゼフはジンと共に別室へと案内され、そこで着せ替え人形のように様々な服を試着することになった。ジンの服自体は絹のような高品質なものであったが、せっかくならば新しい服をという事で侍女たちにより様々なコーディネートを受けていた。

 ジンは整った顔をしているので侍女たちも若干というかかなり興奮気味に理想の服の模索に取り掛かっている。羊守のヨゼフに至ってはその服の質は言わずもがなであるのでそさくさと用意された服を選び自分で着替えを始める。

 久しぶりの正装に手間取りながらも、ジンの方を見ると首元にレースのついたずいぶん昔のお偉いさんのような格好になっていた。なにぶん背があまり高くないジンが着ると子供の遊戯にしか見えない。それでも似合っているのだが。

 あ、やばいこっち見た。俺は何も失礼なことは考えてませんよー。怒りのぶつけ場所がないのかこちらをにらんでくるジンを無視し何食わぬ表情で着付けに戻ることにする。今まで散々上手を取られてきたのだ。侍女たちに完全制圧されたジンを見て少し楽しい気持ちになっても罪はなかろう。

 そうして数時間をかけてやっと侍女たちから解放されたヨゼフ達は。城の舞踏会場へと案内されていた。最終的にヨゼフは黒を、ジンは銀を基調とした正装となった。

 その姿は両者の特徴を生かしたものとなっていた。がっちりとした体格のヨゼフにはタイトな黒のスーツがよく映えており、ジンの長く美しい白銀の髪は銀のジャケットと合わさり彫刻の完成形のような美しさがあった。


「さぁ、それじゃお偉いさんたちにあいさつに向かおうかね」


 そういうとジンは会場へと足を向かわせて行くのだった。






 会場にはすでに多くの人々が集まっていた。その多くは各ギルドの長である。ダラスは決して大きな国ではない。

 人口は3万に届かないほどで広大な平原にあり、外界との交流は吟遊楽団のもたらす交易のみである。しかしながら生活に必要な塩などの資源は領地内において確保できておりそれ等の資源を管理するギルドが存在する。

 そのギルドも又国内のみの流通がほとんどだったから大きなものではなく支配層と言えるものは存在しない。唯一長として認識されているツペシュ家にしても宗教的指導者という位置づけであった。

 その為国全体として質素倹約を好む傾向があり舞台会場と言っても比較的大きな広場と演奏者用のステージがあるのみで煌びやかな装飾品と言えるものは少ない。しかしそれを補ってあまりうるほどに古代に建設されたというバゼル城の荘厳な石造りのステージは訪れる者に畏敬の念を抱かせるには充分であった。

 会場に集まった人々はそれぞれに正装をしているものの決まった形があるわけではないようで比較的思い思いの格好をしている。ジン達に気付いた人々はヨゼフに声をかけ、その後ジンとの挨拶を交わしていく。

 王直属ともいえるヨゼフは各ギルドの人々とも交流があった為、ジンの護衛としての役割と共に仲介役としての役割も担っていた。


「ヨゼフ、私にもその方を紹介してくれる?」


 その声は端から見れば若く可愛らしい女性の声に聞こえただろう。しかしヨゼフにはその声の主がその声に怒りを含めているのを長い付き合いから理解できていた。


「は、リゼ様お久しぶりでございます」


 ヨゼフが声の主へと振り向くと、そこには深紅のドレスを身にまとった小柄な女性が笑顔を浮かべていた。長く美しいブロンドの髪は二つに束ねられており、はっきりとした大きな瞳とその身長からその容姿は幼く見えるもののその美容は式の中でもひと際目立つものだった。


「ええ、本当に久しぶりです。無事なようでなによりです。獣魔にあなたが襲われたという報告を受けた時は本当に心配いたしました」


 そう心から心配している声色でヨゼフに語りかけるその姿はまさしく可憐な少女であったが、ヨゼフから冷汗が流れ出る。ヤバい、これはかなり怒っている。


「それもそうよね。あなたが羊守としてダラスを出てから3年が経ちますが、貴方の無事を確認できたのは獣魔の警戒の報告書のみ。それも町の外の城郭ですまし、城に報告にも来ない。もう私との約束も忘れてしまったのかと思いましたよ」


「いえ、不肖ヨゼフこの国に身を尽くすと誓った身そのようなことはございません!」


「……そんな言葉が欲しいわけではないのだけど」


 慌てたように敬礼の姿勢をとるヨゼフをみてリゼは呟くようにささやく。しかしその声は小さく周りの誰にも聞こえない。


「そうね、この話はまた後にいたしましょう。それよりもあなたが噂の吟遊詩人さんですね。私はダラス領主バゼル・ツペシュが娘リゼと申します。


 よくぞダラスへとお越しいただけました。我らが父ウァミア神もお喜びいただけるでしょう。どうぞごゆっくりとおすごしくださいませ。我らダラスの民皆をもって歓迎いたします」


「は、ダラスの美姫として名高いリゼ様にお会いでき光栄であります。私はしがない吟遊詩人ジンと申します。貴方様の美貌は近隣の吟遊詩人仲間からもうかがっておりました。噂にたがわぬ美しさでいらっしゃいますね」


 飾り気の少ない言葉ではあるが、幻想的な美しさをもつジンがいうとそれだけで十分に絵になるものである。このような機会に多く主席し世辞にも慣れているリゼもその顔を赤くほてらしているようだ。その様子を見てヨゼフは胸に抱いては成らぬ感情を自覚するもそれを自制し敬礼の姿勢をとる。


「ジン様にそういって頂けると光栄ですわ。貴方様の演奏の素晴らしさは父からも伺っております。捧演の時を楽しみにしていますね」


「は、我らが主に誓って全力を尽くさせていただきます。この国で旅路の中でヨゼフを始め多くの方々に会いましたが皆流れ人である私に良くしてくれました。このような国は本当に居心地がいい。そういえば先ほどの会話を見るにお二人はお知り合いなので?」


「ええ、ヨゼフとは幼年からの付き合いなのです。小さな頃からずっと一緒でした。でも羊守となってからはずっとそちらにつきっきりで……あんなことがあったのですから仕方ないのですけど」


 その一言で場は一瞬の間静寂に包まれる。あの事件の関係者は多く未だ多くの人の心を捉えていた。


「もしよろしければ何があったのかお聞きしてもよろしいですか?」


 リゼは戸惑ったように一瞬ヨゼフをみたが、ヨゼフがうなずくのを見ると簡単にその経緯を話し始めた。


 〝ドーゼルの落日″多くの人命を奪ったあの出来事は今ではそう呼ばれている。ダラス近郊の町、ドーゼルへ獣魔が群れを成し襲撃した。加護中心近くの村への獣魔の襲撃など警戒などされているはずもなく、多くの命が失われた。

 そしてその村はジンの生まれ故郷でもある。その日ヨゼフもまた両親を失った。それ以来ヨゼフは父の友人でもあった師の下で羊守としての修業を受け、父の後を継ぎ羊守となった。ナビ村はドーゼルの生き残りが復興した村でもある。

 ジンは静かにリゼに事件の概要を聞いていた。その表情は変わることはなかったけども怒りを感じているようにも見えた。その感情の矛先がどこにあるのかはわからなかったけれど。

  一息に全ての話を終えると、リゼは少しの咳をする。顔もほんの少し赤くなり、辛そうな表情を見せると侍女が素早くやってきて椅子を持ってくる。幼少の頃からリゼは決して体が強くはなかった。それは今も変わらないようだった。リゼを気遣うように声をかけようとした時、男の声がその言葉をかき消した。


「そのぐらいにしたらどうです。身内の恥をあまり広めるものではないと思いますよ。リゼ様もこのような者と一緒にいてはお体に触りましょう」


「なんだと!」


 場の視線がその声の先と集まる。だがその男は何一つ動じることなく話を続ける。


「ダラスの中心部まで獣魔の侵入を許した守り人に対して恥という以外にいうべきことがありますか?事実私が防衛隊長となってからは奴らを近づけた事すらないのですから」


 すらりとした長身の男は数人の屈強な男たちを連れ立ちジンの前にまで来ると、きざったく胸に手をあて自己紹介をし始めた。


「私の名はアルクと申します。先ほど申し上げたとおりダラスの防衛隊長をさせていただいております。」


「旅の吟遊詩人ジンと申します。演奏楽団での歓迎心より感謝いたします。」


「おお、これは光栄ですね。しかしなぜ私が演奏楽団の指揮官とわかったのです?」


「今まで回ってきた多くの国では、吟遊詩人の楽団が神獣からの庇護の下旅を続ける様子から町を守る守護者として防衛部隊が演奏楽団を持つことが多かったので」


「さすが単身で諸国を回られておられるジン様です。いかがでしたか、我らが演奏楽団の演奏は」


「とても素晴らしい演奏でした。かような歓迎は身に余る光栄と思っております」


「ジン様ほどの吟遊詩人にそのように言っていただけるとはうれしいかぎりです。もしよろしければその演奏の術も我らにご教授いただけたら幸いですが」


「私はソロの演奏しかできません。何かを教えるようなことは出来ないかと。ですが共演でしたら是非ともお願いしたいですね」


「それは素晴らしい。是非ともお願いいたします。もう少しゆっくりとお話ししたいのですが、本日は至急の用件がございまして。これにて失礼いたします。

 

 この会が終わりましたら是非とも我が邸宅へお越しください。心からの歓迎を致します。リゼ様。もう時間も遅くなっております。貴方様はこの国にはなくてはならないお方どうかご自愛ください」


 アルクはそう言い残すと出会いの時と同じように礼をした後その場を去っていった。その後ろ姿を多くの者は苦々しい思いで見つめていた。特にヨゼフはその姿をいつまでも見つめていた。


「…であいつはなにもんだ?」


「あんな奴の事知らなくていい!!」


 未だ忌々しい表情で言い放つヨゼフを抑えリゼが説明をする。


「彼はダラスの適合者の中で一番の実力者です。また彼の父が鉱物ギルドの長をしていまして、彼はその次男です。長男もいましたが事故によって亡くなり、今はその後継者でもあります。ただ強引な所があり、ヨゼフとは小さなころから折が合わないとこがありまして。」


 「あんな奴をかばう事なんかありません!!俺にもっと適性があればあんな奴にでかい顔させないのに!」


「ヨゼフよりも上の適合者か。それは中々なもんだな。ランクは3ってとこか?他の連中も結構やりそうだったが。」


 そのジンの発言に少し驚いた表情をしながらリゼはうなずく。


「はい、ダラス唯一のランク3の適合者です。他の二人は防衛隊の副隊長リュークとダッカですね。アルクは少し気難しいところがありまして。幼年学校に通っていた頃はあんな性格ではなかったのですが。母君に不幸があってから攻撃的な性格が強くなってしまったのです。


 そしてあの事件が起きてからはそれが顕著になっていまして……決しては悪い人ではないのですよ。その部分をあまり表に出さないだけで。私としては出来るなら二人には仲直りしてもらいたいと思っているのです。」


「あんな奴の下につくよりも羊守の方がよっぽどいい。」


 そう吐き捨てると、自らの思いが口に出ていたことに気付きヨゼフはリゼへと無礼を謝り、その場を離れた。どうしてもあいつを見ると冷静になれない。

 ヨゼフが城を離れた一番の原因はアルクとの確執にあった。同年代で適合者としての素質が共にあった二人は同じ学校で時を過ごし、なにかと競い合ってきた。

  幼年学校のかけっこから始まり、筆記、戦闘等といったあらゆる試験で互いの結果を競ってきた。それだけを聞くとまるで中の良い学友の様に聞こえるが実際はひどいものだった。試験後どちらかが言いがかりをつけそのたびに低レベルな言い争いが始まり殴り合いにまで発展することも珍しくなかった。

 その原因は一人の少女を巡ることである事は周囲の者から見れば一目瞭然だったが、それも若者同士よく見られる光景と言えた。そしてヨゼフ自身もアルクの事はその性格を含め一目置き、認めていた。あの事件が起きるまでは。


 “ドーゼルの落日”以後獣魔からの防衛を名目に強化された防衛隊に二人はバゼルからの頼みもあり入隊した。二人の実力は入隊当時から高いレベルにあったがその扱いには雲梯の差があった。


 入隊後すぐにアルクは一部隊の指揮官となったがヨゼフにはまともな仕事を与えられなかった。その後隊の中でも発言力を増していったアルクは以前にも増し高圧的になっていった。そして特にヨゼフへの態度は日に日に悪化していった。


 そしてある日、それはヨゼフの我慢の限界を超えた。いつものように倉庫で防具の整備をしていたヨゼフにおもむろに中に入ってきたアルクはこうつぶやいた。


「村を守れなかった無能の息子にお似合いな仕事じゃないか。」


 その瞬間にはもうすでに手が出ていた。今までの子供のじゃれあいなどではない。互いに確かな殺意がその眼には宿っていた。

 その後、ヨゼフは周りに取り押さえられ軍規に照らされ裁判へとかけられそうになるがバゼルの仲立ちがあり、父の旧友である師につき羊守として壁を守る守り人となる事を勧められた。

 父と同じ羊守となることはむしろ望むとことだった俺はすぐにその提案をうけた。それ以来城には近づかなかった。奴を見たら理性を保つ自信がなかったから。


 中庭の見えるバルコニーにで、夜風にあたる事で少しだけ冷静さを取り戻すことが出来てきた。先ほどの奴の言葉、公然の場で公然とあのような発言が出来る事、そして周りの人間の反応を見るに奴は町で地位を築きつつあるのだろう。

 俺が城を離れて以後、防衛隊の発言力はさらに高まりその態度も横暴となっていたらしい。しかし事件が民に与えた影響力は大きく防衛力を持つことは黙認された。

 また戦力を持つことに反対していた有力者も近年亡くなり抑止力もなくなった。バゼル様もその勢いを抑えることが出来ずにいるらしい。そのことを顔見知りから聴かされると憂鬱な気分になったが、城を離れた自分に出来る事は何もなかった。


「少しは落ち着いたか?」

 

 その声の先を振り向くと、ワインを両手に持ったジンがバルコニーの入り口で立っていた。


「おかげさまでな。奴の顔を見て殴らなかっただけでも大人になったってもんさ」


 ジンから手渡されたワインを受け取りながらそう答える。平然を取り繕っているつもりだがそれでも笑顔は引きつってしまう。


「すまない。俺は明日からアルクのところで世話になると思う」


 演奏部隊を抱えるアルクには捧演の為に協力が必要であり、そのことはヨゼフも理解していた。


「よせよ。なにを謝る必要がある。どうせなら存分に奴のところでただ飯食らってやれよ。お前の腹なら奴の蔵空っぽにしてやれるだろう?」


 そういって答えるとジンは困ったように少し微笑んだ。


 その後は何となく会話も弾まずしばらくしてヨゼフは会場を後にし、宿へと戻った。久しぶりに一人で寝ることになったその夜は、先ほど飲んだワインの苦みがそのまま消えずなかなか寝付くことが出来なかった。


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