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ジンの吟遊旅行記   作者: くーじゃん
第四章 龍姫と黒騎士
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25 『 Auld Lang Syne 』


 〝カンカンカン″


『天が割れた日』から数日後メロッサの街には至る所から工具の鳴る音が響き渡っていた。


「そこのお前ダレてんじゃねえぞ!!」


 そう声をはりあげて男は巨体を揺らしながら指示をだす。その男が着ているのはザカールの将兵が着る制服だった。


「あんたこそこんなところで油売っていいのかいカウィーの旦那ぁ」


 そう声を上げたのは工具を片手に王宮の修復をしていた若い男の姿だった。それに便乗するように他の場所からもからかい交じりの非難の声が上がる。


「じゃかあしい、任務と言え任務と。


 俺はおまえらがさぼらんようにだな……」


「そうかそれは素晴らしい心がけだな。それじゃ、あんたに下された任務をその場で言って貰おうか?カウィー副長?」


「げ、サルマなんでお前がここに!?」


「そりゃあ、書類仕事をほっぽりだしてちょくちょく逃げ出す副長を監視するようにファリス隊長から命じられたからに決まってんでしょうが!!


 ほらさっさと戻るよ!!」


「いてっ、痛ぇって!!


 耳を引っ張るな、耳を」


 その二人のやり取りを見て周りにいた者達も作業を止め、笑い声を上げながらその様子を見ていた。


 そしてその様子を遠くから眺める二人の人影があった。


「全くあの二人は本当に変わらないわね」


「ええ。本当に。


 ですが民も皆心から安心しているようです。


 また再び日常を取り戻すことが出来たと」


 それはアイシャと近衛隊長となったヘサームの姿だった。


 あの事件から数日後メロッサの街はあらゆる箇所がボロボロになってはいたが慌ただしくも活気に満ちていた。ハーキムにより強制労働をさせられていた若者たちも数日前にこのメロッサに戻って来た。


 彼らの話によると黒い馬に乗った少年が数日前に現れ彼らを解放したのだという。強制労働させらされていた者達によると彼らを監視していたハーキムの部下(若者たちはマジ―ドの部下だと聞かされていたが)はその全てが施設からいなくなっていた。


 その後現れた銀髪の少年からいくつか施設について質問を聞いたそうだが若者たちは自分達が何を作っているのか知らされることもなく働かされていたので大したことは何も答えられなかったのだという。


 すると少年は安心したかのような表情を見せると施設の閉鎖と使役の終了を告げ若者たちをメロッサに帰らせたのだそうだ。


 その少年は紛れもなく共に隠れ家で時を過ごしたあの吟遊詩人であるとアイシャは確信した。そして彼にはもう二度と会うことが出来ないのだろうという事も。


 きっと彼はその為にこの国に来たのだろうから。


 あの動乱で命を失った者は多い。防衛隊も隊長であるサナクトを始め多くの隊士が亡くなり一般の市民にも獣魔の襲撃により被害が出た。更に王宮の建物も多くが跡形もなく崩壊してしまっていた。


 その様子を遠くから見ていた者が語るには大きな光が2度あったらしい。だがその後被害を調べるとそれはかなり限定された場所の身に絞られていた。大規模な崩壊があったのは王宮の中庭から避難室まで帯のように一直線に抉られた場所のみで他の場所への被害はほとんどなかった。


 それでも主要な建物は真ん中から二つに割れてしまっているような状態で更には地面深くまで地割れのような跡が残ってしまっていたので復旧にはかなり時間がかかりそうだった。


 そして戦死者名簿の中にはターヘルの名も刻まれている。あの後動乱の後ターヘルやその仲間の姿を見た者はいない。それ故にヘサームはある一つの事実を導き出していた。それはターヘルが情報を流していた内通者だった可能性が高いという事。


 あの天を割った何かと直前に自分を包んだ黒い気にヘサームは見覚えがあった。それはあの砂漠で見た吟遊詩人と黒馬が放っていた気にそっくりだったのだ。その事が意味するのは彼らが自分達を守ったということ。その力は恐らくカウィーやサルマにまで及んでいたのだろう。


だがその力がターヘルやその仲間達を護る事はなかった。つまりはきっとそういう事なのだろうと思っている。


 その事はアイシャには伝えていない。あくまで予測に過ぎない事だしターヘルは戦場で命を預けるに値する堂々たる戦士だった。そんな男に対して死んだ後に鞭を撃つような真似をしたくはなかった。


 それにきっと自分が話をしなくてもアイシャは気付いているのだと思う。


 それでもこうして失わなかった事もある。後から知ったことだがあの時王宮にいた人非戦闘員はハーキムの指示により全て避難室とは反対の場所に逃がされていた。そのおかげでハーキムの部下以外に人的な被害はでていなかったらしい。


 部屋の崩壊に巻き込まれたカウィーとサルマの二人も負傷し身動きは取れなくなっていたが無事だった。そして王宮の崩壊によりアイシャと合流が可能になったのだった。


 バシアによって連れ去られたカディアルも翌日には自らの力でメロッサへと無事に戻って来た。そしてあの吟遊詩人がこの国を去った事を伝えられた。


 獣魔の襲撃やあの光の影響で荒れ果てた建物も戻って来た者達によって着実に王宮のかつての姿を取り戻してきている。失った者は多いけれどもヘサームが望んだとおりザカールは元あった姿へと復興の道を歩んでいた。


 だがそれでもヘサームの表情はさえない。その胸にはハーキムの残した言葉が重くのしかかっていた。


「ヘサームどうしましたか?」


 そう不意に告げられた言葉にヘサームは慌てて意識を隣に立つ主へと向ける。


「いえ、何でもありません。


 ただちょっと考え事をしていただけでして」


 我ながら苦しい言い訳だと思いながらそう切り返す。だが自分を見つめるアイシャの表情は硬く重苦しいものになっていた。


「……貴方が知ったことは全て事実です。


 私はそれでもこの私たちの国を守りたいとそう思います。例え始まりがどんな形であったとしても龍神がザカールの民の事を想う気持ちに嘘はないと思うから。


貴方はそれでもなお私と共にあってくれますか?」


 その言葉にヘサームははっとする。自分は何を考えているのだ。確かに自分が知ってしまった事実は余りにも重く未だ整理は出来ていない。


 それでも自らが守るべき彼女はずっとその重みを背負いながらそれでもと言い続けて民の為にここまできたのだ。それを他でもなく彼女によって救われた自分が突き放せるはずもない。


 それだけは確かな事だった。


「もちろんです。この身は貴女の為に」


「そう。それじゃああなたも共犯ね。


 ずっと一緒にいてもらうわよ?」


 その表情は少しだけ悪戯めいた、でもとても嬉しそうなそんな顔。だからヘサームも仕方ないという表情を返しながらこう答える。


「ええ。どこまでもお供いたしますよ」


 そして二人して笑いあうのだった。


「アイシャ様準備が出来ました。


 どうぞこちらへ」


 二人の会話が途切れたのを見計らったかのように声をかけたのはカディアルだった。


「さぁ行きましょう。


 みんな待っているわ」


 そしてこの日ザカールに新たな王が生まれた。悪逆の王からザカールを救った正当なる女王として。


 その歓声は止むことなく砂漠の大地に響き渡る。変わらぬ平和への願いを託しながら。





 砂漠を抜けるとそこにあったのは広大な青い海。その沿岸を進む馬車が一台あった。


「さて次はどんな国かね?


 そろそろゆっくり過ごしたいものなんだが」


「そんな時がいくかあったよ?


 騒動を起こすのはお前の星回りだ、諦めな」


 軽口を叩きながら一人と一頭は馬車を進める。


「あいつを救う方法はなかったのかな?」


「あの時点でもう核融合は始まっていた。あのまま放置していたらあの街ごと吹き飛んでいたぞ。


 だから俺の〝黒翼結界ブラック・フェザー″で威力を弱め、お前の〝天降光帯ヘブンズ・フォール″で核を潰すしかなかった」


「そういうことを言ってるんじゃないんだ。


 俺は……」


「やめておけ。


 それ以上は考えても無意味だ」


 カーズはそう言ってそれ以降は何も言わなくなった。ジンもまたそれ以上話はせずに馬車の御座にゆっくりとため息を吐きながらもたれかかった。それからしばらく一人と一頭は無言で進み続けた。ただ静かに海のさざ波の音が聞こえる沿岸を馬車が進む音が響き渡る。


「……俺達はどこまで行くんだろうな?」


 それはまるで零れ落ちたような独り言。


「さぁな。それでも俺達は生きていくだけさ」


「……あぁ、そうだな」


 それから一人と一頭の会話は再び途切れ、しばらくするとその代わりに吟遊詩人は古代の歌を歌い始める。



『 忘れがたき古きともよ


  思い出すことがなくとも


  忘れがたき古き友よ


  どれだけ時が過ぎようとも 』

 

 静寂の中ジンがゆっくりと歌い始めたのは古き友を想う歌。それは沢山の思い出が詰まった曲だった。


 彼らが旅するのは彼ら自身が滅ぼしてしまった世界。それでも世界は回り続け人の営みは絶えることなく続いて行く。それが正しい事かはわからない。それでも自分の声を美しいと言ってくれた男がいた。その男との約束を果たす為ジン達の旅は続いて行く。



『 遠き昔の為に 友人よ


  遠き昔の為に


  友情の盃を酌み交わそう


  遠き昔の為に 』



 その音楽はどこか寂しく、だけどどこか懐かしいそんな曲。それは夕焼けに染まっていく海を美しく彩っていく。


その儚くも美しい歌声は誰に聞かせる為ではなかった。それは遠き過去を想う時に自然と口ずさむそんな歌。


 だけどその曲を聞いていた観客は確かに存在していた。それははるか上空でジン達を見下ろしていた一匹の鳥の姿。


「……ミイツケタ」


 その声は風の音に紛れていく。そして青い鳥は雲一つない空を去っていく。そしてそれはまるで存在してはいなかったかのように空の青に紛れ消え去るのだった。

最後となりましたが曲紹介のコーナーです!!


最後ジンが歌っていた曲、なんだこりゃ知らん曲だなと思われたかもしれませんが恐らく皆さん聞いたことがあると思います。


なぜならジンが歌っていたのは原曲を訳した歌詞であり日本では『蛍の光』として編曲された歌詞の方が知られているからです。


自分はてっきり日本の曲だと思っていたので外国の方からこれはスコットランドの曲だよと言われてびっくりしたのを覚えています。


曲は同じ曲なのに歌詞は全く違うのにそれでも多くの人に愛されているこの曲を調べれば調べるほど素晴らしい音楽に垣根は存在しないんだなぁと思いますね。


またこれまで実在の曲を使用していたのはこの世界が私たちの世界とつながっていることを示す為でした。時が経っても変わらずに残っているものそれはきっと音楽だと思ったからです。この物語をきっかけに色んな世界の曲を聞いてみて貰えると嬉しいです。





さてこれにて第一部の完結となります。まだ補い切れていない部分が多いですがそれでも自分が書きたかった物語は書けたかなと思います。


もともとこの物語は主人公がラスボスだった。っていうのがメインの軸として書いていました。ですから主人公はジンではありますが主役はそれぞれの章に出てくる国の住民達です。


私が特に影響を受けたのが小野不由美先生の十二国記でして、もし神という存在を人為的に作ってしまったなら世界はどうなるのだろうと思ったのがこの物語のきっかけでした。


どうしてジンとカーズは滅びた世界で旅することになったのか。それはまた別の物語として書こうと思っています。


第二部はジンがこの世界を作ってしまった人物であるということを前提として物語を進めるつもりです。ですが構成をゆっくりと練ってから更新を再開したいと思いますので第一部はひとまず完結とさせていただきました。


最期まで読んで下さった方には心から感謝しております。色々とつたない所ばかりの拙作ですが少しでも読者の方に楽しんでいただけたのなら嬉しいです。


それでは皆様また会う日まで



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