24 記録者
雲が割れ、目がくらむような強烈な光が一瞬で黒い闇に包まれた。そしてその闇を切り開くように空間が歪んだかのような一筋の帯が雲を切り裂きながら地面に落ち轟音が響き渡った。
それはジンとターヘルの戦いの一片でありその様子を高台から見守る一団があった。それは王宮から地下道を抜け馬に乗り郊外へと離れていた者達だった。
「はっははは。
全く持って素晴らしい!!あれ程の魔力、その力!!
あの力が解明できれば我が宿願も叶おうというものだ。
そうは思うじゃろ? 君ぃ?」
馬車の御座からを乗り出し、そう興奮しながら話すのは老齢という言葉すらとうの昔に過ぎ去ったかのような姿の老人。だがその声は愉悦に満ちたかのように生き生きとしていた。
そう話しかけられた相手であるカディアルは全身を縛られ動けない格好で馬車の荷台に乗せられていた。
「なにを喜んでいるのだ貴方は。
あそこにはお前の主人もいるのでしょう!?」
そう怒りを込めた声を上げてもバシアは何一つ表情を変える事無く狂ったような笑顔を絶やさない。
「ハーキムとは唯の協力関係にすぎん。
確かに有能な男であったがな。世界への覇道などとつまらんことに執着する男じゃった。ワシが望むのはただただ真理の追究のみ。
この世界に満ちている魔力の解明、それこそが我が大望。じゃがちとあの様子をみると当分は身を隠した方がいいの。まぁその間お前さんにはワシの相手をしてもらうとするかのぉ」
そう言いながら笑うその顔はどうしようもなく醜く歪んでいた。この男は人の世で生きようとしてすらいない。その行動の全てはただ知への渇望に満ちている。
人に道を示し、大乱を望んだハーキムとは真逆の怪物。この者こそが本当の意味での危険人物だったのかもしれなかった。
日が完全に沈んだ後も一行は荒野を進み、満月が昇り切った時ようやく馬車は止まった。
「ようこそ、我らの研究所へ。
短い付き合いだとは思うがよろしくの」
そうにこやかに笑いながらバシアはカディアルに語り掛けるのだった。
その入り口は唯の廃墟にしか見えなかったが、そこから地下室へと進むと景色は一変した。地下であるというのに天井には光が溢れ辺り一面には見た事のない機材が広がっている。
いや正確には初めてではない。それは王宮の祭壇へと続く最後の部屋で見た物とそっくりではあった。そしてバシアはカディアルと兵を引き連れ最奥の部屋にまでたどり着く。
「ここが貴方たちの隠れ施設ということですか」
部屋には様々な機材が置かれその中心には黒い箱が置かれていた。その部屋を一通り見た後静かにそうつぶやくカディアルにバシアは相槌をうつ。
「あぁそうだとも。
だが残念なことに私たちの知識ではほとんど使い方が分からないがの。それでもこの施設はどうやら自力で地下の黒い水を吸い上げ生成し電力を生成しているという事はわかっておる。何千年の間もの絶えることなくの。全く素晴らしい事じゃ。
君にはこれからある物を見てもらおうと思う。それで君が我々に協力するように心変わりしてくれるかもしれんしの。その方が我々としてもやりやすいからの」
そしてカディアルは部屋に置かれた椅子に座らされバシアは黒い箱に光を灯す。そこに現れたのは一人の人物であった。その肌の色は少し黄色味がかかっているようで偶に東から流れてくる人種に似ていた。
「……さてこれを見ているのはいるのはどんな人物だろうか?
願わくは我らの同士となってくれる人物であることを願う」
箱の中の人物はゆっくりと話始めた。それは独特なアクセントがあり聞き取りにくいところはあったがそれでも内容は理解できた。
「この地下施設にまでたどり着くような人ならばきっとこの世界に疑問を持っているのでしょう。その疑問は正しい。
今あなた方の世界に存在しているであろう神と呼ばれるモノ達はこのビデオをとっている私たちの時代以前にも存在していた。だがそれはあくまで想像上の偶像に過ぎなかった。
北欧神話のフェンリル、旧約聖書のリヴァイアサン、メソポタミア神話のティアマト。それに加えてもう一つ、最初の混沌をもたらした原初の神獣バハムート。きっとそれ以外にもいくつかのがいるのだろうがそれだけが私が知る神獣のモデルとなった古代の神だ。
その全ては力の象徴たる者達。その力により人に畏怖をもって崇められる暴れ神。
だが我々の時代において、起こるあらゆる現象は科学によって解明されていき神話もあくまで歴史上で語られる資料の一つでしかなくなった。それ故にこのような言葉が生まれた。
『神は死んだ』と。
だがそれはある一人の科学者によって覆された。既存の科学技術を覆す発明をいくつも作り出した稀代の天才学者。
だが彼はある時を境に表舞台から姿を消した。それから数年後世界に神獣が解き放たれやがて世界は混沌を迎えた。
彼がこの世界を作り上げた張本人であるという事を知る者は少ない。そして私ももうすぐ死ぬだろう。だから未来の誰かにこのメッセージを残す。
そして叶うなら彼を止めてほしい。それが私の最後の願い……」
その言葉を最後に映像は乱れやがて何も見えなくなった。
「さてどうかね。
見た事もない技術で面食らっただろうがこれは全て事実だ。他に残されていた資料と重ね合わせてみても彼が言っていることに矛盾点はなく概ね事実であると証明されている。
まぁ信じられないかもしないがね」
嘲笑うように話すバシアにカディアルはため息をつく。
「そうですね。私にも初めて見る物ばかりですよ。
あくまで実物は、ですが」
カディアルのその言葉にバシアは怪訝な顔を浮かべる? こいつは何と言った?
「は?
貴様何を言っている」
「不用心が過ぎると申したのですよ。
この世界にはどこに真実を知る者がいるのか分からないというのに。
その点ハーキムは本当に恐ろしい男だったという事ですね」
不敵な笑顔を浮かび続けるカディアルにバシアはその手に持っていた杖で思いっきり叩き付けた。それは老人とは思えない力でカディアルの口からは血が流れ床に倒れる。
「ふざけるな!!
ワシが奴に劣っている点などはない!!
奴などは所詮まがい物にすぎんわ!!」
そう叫びながら杖を振り落とし続けたバシアだったが不意に後ろからかけられた言葉にその動きを止めた。
「おお。
まだこんな施設が残ってたのか。
全くよくぞ隠し通してきたもんだな」
その軽やかな声にバシアは背後を振り返る。そこにあったのは銀髪の少年の姿だった。
「な、な、なんだ貴様は!!
どこから入った!!
警備の兵は何をしおるんじゃ!!!
ええい、お前ら何をぼさっとしとるんじゃ。奴をさっさと黙らせろ」
そう怒鳴り声をあげるバシアに応える声はない。その代わりに側に控えさせていた兵は銃を構る。だがその銃は構える前に暴発し一瞬でその場にいた戦力は無力化された。
「無駄だよ。
悪いがあんたはここまでだ」
その施設が今まで見つかってこなかったのは全てハーキムの一族による執拗なまでの隠蔽が行われてきたから。しかし今代の当主を失いそして王家の歴代の執事の家系たるカディアルを大した拘束もしないまま招き入れた時点でその機密はすでに破られたも同然だった。
とうの昔にカディアルは常に持ち続けてきた音のならない笛を密かに鳴らしていたのだから。自らの一族に課せられた本来の義務を果たす為に。
「ふ、ふざけるな!!
このワシを誰だと思っておる!!
凡人ごときが」
「煩いな、爺さん。
うるさいから大好きなこの場所と一緒に吹き飛べ」
そして銀髪の少年、ジンはその体を強く輝かせる。
「え?」
そしてバシアがそれ以上の言葉を吐く前に地下施設は巨大な爆発を引き起こし全て吹き飛んだ。それはその地下に存在した黒い水全てをジンが爆発させたから。
その炎はただ二人の人間を残して何の痕跡も残さず辺り一帯を吹き飛ばした。
そして残ったのは地面を抉りとったかのような巨大な穴。その底で残された二人の人間は向かい合ったまま動かないでいた。そして一つの巨大な影が銀髪の少年の下へと音もなく静かに遥か上にある地上から舞い降りた。
「終わったか。
また派手にやったな。それで何か他の情報を聞き出したのか?」
「いや?
なんか気に食わない爺だったから全部ふっ飛ばした」
「はぁ!?
お前はなんでそう短絡的なんだよ!? まだ他にも施設やら協力者がいるかもしれんだろうが!」
「いやぁちょっとここの施設の規模見誤ってたわ。ははは」
「笑いごとで済むか!!」
「そういうなよ。施設の場所の情報はもう手に入れてるんだからよ。まぁ後始末はここにいる彼に頼めばいいさ。
なぁそうだろう? 記録者さん? あんたが俺達を呼んだのだろう?」
呆然と一人と一匹の場にそぐわない軽いやり取りを見つめていたカディアルは突然自らを指す言葉で呼ばれようやく正気を取り戻す。
「……今までの非礼心よりお詫びいたします。
始まりの吟遊詩人よ」
そしてカディアルはひざを折りながら頭をたれた。それは正に臣下の礼そのものだった。記録者とは吟遊詩人でありながら一つの国に留まりその国を影から支える事を選んだ者達でありその末裔。
カディアルもまた幼き頃より王家の者すら知らぬ様々な事を父から学んでいた。そして当たり前のようにそれを引き継ぎ己の役目を終えるものと思っていたのだが。
まさか自分の代にその伝説としか思えなかった人物と会いまみえることになるとは先代の王が亡くなるまで想像もしていていなかった。
「やめてくれよ。
貴方のような人に敬われるような人間じゃない。
どれだけ情けない男か貴方なら知っているでしょうに」
そう困ったように話すその顔はあどけない少年そのもの。それでもその身に秘めている力をカディアルはまざまざと見せつけられていた。
全てが炎に包まれる中、カディアルはその炎の熱さすら感じることはなかった。黒い何かが自らの体を守っていたのだから。
「そのように言われてはこちらの立つ瀬がなさすぎます。貴方は私の願いにこたえてくださり祖国を救った恩人だ。
その事実に何一つ偽りなど無いのだから」
それは多少の皮肉交じりながらも紛れもない本心からの言葉だった。自分のような平凡な人間には世界の理など知ったことではない。ただひたすらに大事な人達の営みを守り続けるそれが己に課せられた責務だと思っていた。それ故に王家の隠れ家へと避難したあの日もカディアルはその音もない笛を鳴らし祈ったのだ。
世界を巡る最古の吟遊詩人の到来を。
ジンはカディアルのその言葉に少しだけ寂しそうな表情を見せた後
「俺はこのまま国を去ります。これ以上俺が関りを持つのはこの国にとって良くない事だから。
それから俺が言える義理ではないと思うのだけど……
彼女の子供達の国をよろしく頼みます」
ジンは黒馬に跨りカディアルを安全な場所へと送り届けた後そう一言だけ告げると静かにこの国を去っていく。
その後ろ姿をカディアルはただ黙って見送った。そこにいたのは恐ろしい力を持った人外の存在などではなく、唯の寂しげな少年にしか見えなかった。
「それでも私は貴方に感謝しているのです。私の大事な人達を救ってくれたのは貴方なのですから」
その声はきっとジンには届いていない。だがそう呟かずにはいられなかった。いつかあの吟遊詩人にも安らぎの日が来るのだらうか。そうであってほしいとカディアルは心の中で願うのだった。




