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ジンの吟遊旅行記   作者: くーじゃん
第四章 龍姫と黒騎士
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23 夢の果てに


「一体……


 何が起きた?」


 ヘサームは朦朧とする意識の中瓦礫の広がるその場所で目を覚ましていた。覚えているのは背後に迫る膨大な魔力の気配。その中で取れたのはただアイシャを守ろうと反撃の為に最後に残していた力を振り絞り駆ける事だけだった。


 だがそれもアイシャに届くこともなくあまりにも巨大な魔力がこの場所へ降りかかるのを自覚した。その瞬間ヘサームは何かが自らの目の前に舞い落ちるのを見た。それは最初黒い羽のように見えた。だがその羽は一瞬で黒い繭のように自分を包む。


「……ジン?」


なぜかはわからないが自然とその名をヘサームは呟いていた。その次の瞬間破壊音と共に世界は暗転しヘサームの意識は何かに誘われるように失われた。


 そして意識を取り戻し目の前に広がるのは地下室だったはずの場所。だがそこには沈みかけの真っ赤な太陽の光が辺りを照らしていた。頭上にあったはずの天井は巨大な太い一筋の線が走ったようにえぐり取られ、赤く染まる空をさらけ出していた。


 その余りに理解できない光景に一瞬の間呆然としていたヘサームであったが自らの職務を思い出し必死に声を上げる。


「アイシャ様!!


 どこかにいらっしゃいませんか!?」


 それは常識的に考えれば生存者などあり得ない状況のはずだった。それでも自らに起こった事を考えれば可能性はゼロではない。あの自らを包んだ黒い羽、それが自分の考えている通りの物であったのならば。


「……ヘサーム?」


 その声は余りにか細かったがそれでもヘサームが自らの主の声を聞き逃すことがあるはすもない。その先にいたのは瓦礫の中傷一つなく地面に座り込むアイシャの姿だった。


「アイシャ様!!


 よくぞご無事で!!」


 ヘサームはその姿を見つけると、全身に激痛を感じながらも強引に身体を動かしその下へと向かう。その際にはハーキムの兵を警戒してはいたのだがアイシャの周りにいたはずの兵士の姿はどこにも見当たらなかった。


「一体何が起きたの?」


「分かりません。


 ですが恐らく……」


 その言葉を続ける前にヘサームは何者かの気配を感じ、剣を構える。不自然に残った瓦礫の中その場に立ち上がっていたのは反逆者ハーキムであった。


「はっ


 はっははははは!!!


 なんだこれは!?


 これが世界を滅ぼした力とでもいうのか!?


 なるほど確かに素晴らしい!!


 だがな忘れるな。我らは何度でも立ち向かって見せるぞ。我らが人である限り果て見ぬ世界への羨望がなくなる事はない!!


 精々我らに怯え流浪の旅を続けるがよいわ!!


 あっははっははははははっは!!!」


 そうたがが外れたかのような声で天へと叫び続けるハーキムの姿を二人はじっと見つめていた。その姿はまるで狂気の果てに積年の宿願を果たした者のように思え背筋にうすら寒い物すら感じた。


 奴以外にこの場に残っている人間はもはやいない。奴を守っていたはずの兵の気配は何一つ残っていなかった。まるで存在自体がしていなかったように。だからヘサームは剣を反逆者へと向けて言い放つ。


「宰相ハーキム。お前には聞かなくてはならない事が山ほどある。今までの秘密全て話してもらうぞ」


すると先ほどまでその存在を忘れていたかのようだったハーキムは自らの目の前にいた敵対者へと目を向ける。


「あぁ。そうだったな。それで私は生かされたのか。


 だがな愚かな若者たちよ。私は諦めない。我らの悲願はやがて未来に紡ぐ芽となるだろう。


 その時を楽しみにしているがいい」


 満面の笑顔で告げるハーキムは胸に手を伸ばし何かを取り出す。それはガラスでできた青い瓶だった。


「なにをっ!!」


 これまでに散々ハーキムの持つ未知の知識に苦しめられてきたヘサームは反射的にアイシャを庇ってしまう。だがそれはアイシャに向けられることはなかった。その中身はハーキム自身へと向けられたのだから。


「さらばだ。血塗られた姫君よ。


 地獄とやらの底で貴様らの足掻く姿を見させてもらうぞ。まぁそんなものがあればの話だがな」


 そしてハーキムはその中身を一気に飲み干した。その瞬間ヘサームはその意図を理解する。情報の漏洩を防ぐ確実な手段。それは自ら命を絶つ事。


 だがそれを黒幕ともいえる人物がなんの躊躇いもなく行って見せるなどと思いもしなかった。その一瞬の戸惑いを悔やみながらハーキムの下へと駆け寄るヘサームであったがその瓶から発せられる独特な匂いを嗅いでもはや手遅れと悟った。


 それはほんの少しでも人を死に至らしめる毒の香り。あれだけの量を飲んでしまえば助ける術はない。すでに毒は体を巡りハーキムの体は痙攣を起こしている。その胸倉を掴んでヘサームは意識を朦朧とさせているハーキムにも届くように大声で叫んだ。


「ふざけるな!!


 お前の訳の分からない妄想の為にこれ以上戦火を広げさせるものか!!


 せめて若者たちをどこに送ったのか教えろ!!」


 必死に叫ぶヘサームの声もハーキムにはすでに届いていなかった。ハーキムが霞んでいく意識の中で浮かんだのはなぜか金髪の青年の姿だった。その姿を思い浮かべる資格などは自分にはない。すでに人としての心など捨て去ったはずだったのだから。


 それでも自らを慕いそして成長していくその姿に未来への可能性を見出した。それが正しく偽善だとしても。彼らを過酷な環境に至るように仕向けたのは他でもない自らの一族だった。過酷な環境の中でこそ適合者は育ちやすい。そんなデータから導き出された実験場。それこそが彼らの故郷だから。


 だからこそ自分は彼らにとって本当の意味で憎むべき相手なのかもしれない。それでも彼らの成長に触れそして懸命に自分に尽くそうとするその姿をずっと見てきた。


 結局ハーキムには子供がどうしても出来なかった。実子ではない血の繋がった者にも後を継げるだけの才能を持った者はおらずその気持ちが彼らを慕う孤児たちに特別な感情を抱かせたのかもしれない。


 生まれた時から一族の宿願を聞かされて育ってきた。そして実現に自分が最も近づけるであろうことも自覚していた。だからこそ一族の血塗られた歴史を知った時もはや止まる事は出来ないと悟った。もはや立ち止まるには余りに多くの血が流れている。それならば最短の道で将来流れる血の量を減らすしかないと思った。


 結局自分は成し遂げることは出来なかったのかと思う。自分と同じように生まれながらにして重い荷を背負いながらも懸命に生きてきた子供達。その中でも本当の意味で自分を裏切る事のなかったあの金髪の子供の姿が最後に頭に浮かぶとは皮肉なものだ。まぁでもそれも悪くはないか。


「……後は任せた、ぞ」


 それが反逆者宰相ハーキムの最期の言葉だった。


「……申し訳ありません。みすみす殺させてしまいました」


 ハーキムの脈が完全に止まったのを確認するとヘサームはアイシャに謝罪する。


「いえ、貴方に非はありません。あの状況ではどうしようもありませんでした。


 それよりもこれからの事を考えましょう。我が国は今回の騒動で多くの場所で傷を残しました。失ったものは多いけどもそれでも私達は前を向かなければ」


 そうつぶやくアイシャの表情は険しい。ハーキムを失った以上反乱分子の情報を得ることは出来ず事態を完全に終息させることは難しくなった。それでも沈みかけの太陽を見つめるその瞳には変わらぬ決意が宿っていた。


 ならば自分がすることも決まっている。この儚くも力強く立ち続ける女性を守る事が己の使命なのだから。


「おおーい。


 アイシャ様、ヘサーム、無事かぁ?」


 静寂の中で突然聞こえたその声に剣を構えるヘサームだったが一瞬でその緊張を解く。なぜならそれは聞きなれた友の声だったのだから。


 やがて瓦礫の中から現れたのは背に人を背負いながらこちらへとやってくる巨体の男の姿。


 その姿に二人はほんの少し安堵の表情を浮かべあいながらその声の下へとゆっくりと歩き出すのだった。



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