表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ジンの吟遊旅行記   作者: くーじゃん
第四章 龍姫と黒騎士
66/69

22 天が落ちた日


 その爆発は中庭にあった全ての物をその爆風により吹き飛ばした。部下達を遮蔽物に隠れさせたのは流れ弾を防ぐためだけではない。全てはこの爆発を予測しての事だった。

 

 本来ならばで剣や弓が主戦場のこの世界において銃は圧倒的な力を持つはずだった。ただ引き金を引くだけで無双の戦士を女子供が殺すことの出来るそんな武器なのだから。


 だがその武器を以てしてもかつての人類は神獣という化物の前にひれ伏した。ならばそれ以上の威力を得る必要がある。


 最初のきっかけはバジアによる実験の失敗であった。施設の消えた子供達がどうなっていたか。その答えがここにあった。


 適性を引き出す為の強引な薬物実験。それにより殆どの子供が耐える事も出来ず命を落としまたごくまれに魔力の暴走を引き起こした。


 その魔力の暴走は地下深くに新たに作られた実験施設ごと吹き飛ばす威力を持っていた。そしてその暴発は古代に残されていた資料を元にバジアによって明かされることになる。


 その力の正体は古代にあっても禁忌とされていた技術。それは古代において核技術と呼ばれていた。全ての物体は原子から構成されておりその核に干渉にすることによって分裂を引き起こし莫大なエネルギーを作りだす。


 そのエネルギーを人為的に人体から作りだし様々な事象を発現させる能力。それが魔力と呼ばれる力の正体だった。


 それをわずかな情報から導き出したバシアは正しく天才なのだとは思う。だがそんな事はどうでもいい。ターヘルにとって重要なことはそれが有用な武器となるかどうかだけだ。


 そしてその威力は確かに絶大であった。その暴発は死体に残されていたわずかな魔力ですら小規模な核爆発を巻き起こし地面を抉る程の爆発を作り出した。


「そんな……バカな」


 だからこそターヘルは目の前の光景が信じられなかった。そこにあった物を見て最初はそれをターヘルは黒い繭かと思った。その黒い繭の周辺だけが爆発の中心部にありながら崩れる事無く残っていた。


 やがてその黒い物体はゆっくりと動き始め二つに割れるとやがて一対の翼となる。


 その翼は黒馬の背から生み出されていた。翼を広げ切ったその姿は神話に出てくる伝説上の生き物そのもので美しい。そしてその背に跨る吟遊詩人には傷一つなくゆっくりと語りだす。


「ターヘルお前がこういう手を使ってくるとは思わなかった。


 本当に残念だよ」


 それは冷たい氷のような声だった。その声は余りに重く心の奥底まで震えるような声でターヘルは恐怖で体が震えているのを感じた。


「撃て!!


 銃撃を止めるな!!


 奴に何もさせるんじゃない!!」


 それでも懸命に指示をだす。ターヘルの声にただ黒馬に見とれていた部下達も再び銃を構え銃声を鳴らす。そして自らもまた結晶機を構えた。確かに倒すことは出来なかったがそれでもジンとカーズにも初めて疲労らしきものが見えた。一撃で決まらなかったのなら何度も攻撃を繰り返すまで。


 まだ暴発を作り出す為の装置は残されている。もはや自分達には逃げる道など考えられるはずもなかった。それを考えるには余りにも多くの者を犠牲にしてきたのだ。


 それでもその攻撃はジンには届かない。無数の鉛玉も紫電の光も迅雷の弓矢も黒翼の前に無に帰した。全ての攻撃は深い闇に消えていくかのように黒翼に飲み込まれていく。それ故にターヘルはもはやジンに近づく事すらできない。


 そして銀髪の吟遊詩人はゆっくりと左手を上げた。その瞬間ジンの手の甲の真っ白な肌が剥がれ銀色に輝く金属が現れる。その中心は小さな円を描く空洞となっておりその円を中心として青白く光り輝く紋様が手の甲全体に広がっていく。


誘爆電磁波パイロキネシス・ウェーブ作動」


 そう銀髪の吟遊詩人がつぶやいた瞬間見えない何かがターヘルを突き抜けた。その体に何一つ異変はない。だがその直後すべての方向から同時に凄まじいまでの爆発音が鳴り響いた。


「な、なんだ!! 何が起きた!?」


 ターヘルが見渡した先にあったのは至る所で広がる爆炎と人の悲鳴だった。その黒煙は全て部下達を配置しているはずの場所から上がっている。


 まさか攻撃を受けた? そんなバカな、兵たちは全て身を隠しておりこちらからはその場所全てを把握する事は出来ないはず。それをどうやって。


 そしてその瞬間悪夢のような考えがターヘルに浮かぶ。


「まさか……


 さっきの違和感は……」


「そうだ。俺達を前に爆薬の類は意味をなさない。


 お前たちのその武器は俺にとっては見慣れた過去の遺物に過ぎない。


 ならば対処法もあってしかるべきだろう?」


 その異様な光景を前にしてもジンは平然とそう言ってのける。その言葉はその場に有る全ての爆薬を誘爆させる術を持っていることを現していた。


 神獣たちがどのようにして世界を覆したのか、その術だけは遺跡に残された資料には残っていなかった。だからジンが自らの弓矢を防いだ時それこそがその秘密だったのだと思い込んでいた。

 

 不可視の壁が全ての攻撃を防いだのだと。だが事実は違っていた。奴らは火薬という古代の攻撃方法その物を封じ込めていたのだ。


 その対象は弾薬に含まれる火薬だけではないらしい。その見えない攻撃により王宮の至る所で爆発が起きていた。それはつまり爆薬だけでなく油や蝋燭など全ての引火性の高い物質に反応することを示していた。


「そんな物にお前達は頼るべきではなかった。


 化け物を倒せるのは人間による力だけなのだから」


 そう告げるとジンは左手を下ろし右手で小さな抜身のナイフを取り出す。それは騎乗しながら振るうには余りに短い。だがターヘルはその瞬間全身から冷汗があふれ出るのを感じた。あれを抜かせてはいけない!!


「行け!!


 奴を止めろ!!」


 その声に最後に残った側近がジンへと飛びかかる。だがそれは遅きに喫した。


魔力剣マナ・ソード展開」


 その瞬間今までに聞いたことのないほどの甲高い音が辺りに響き渡り、ジンの手に握られたナイフはその刀身を二つに割る。


 そしてジンがナイフを虚空に振るった時、側近の体は二つに分かれていた。


 その刀身をターヘルは見ることが出来ない。それは高密度に固定された魔力の剣だった。高速で目に見えないほどの無色の粒子を一定の範囲で回転させる見えない剣。


 それは切ったというよりもえぐりとった、そうとしか表現のしようがなかった。体の中心部がごっそりなくなっていたのだから。その一撃は側近の体に埋め込まれた装置ごとえぐり取っており暴発は起こらない。


 ただ二つになった人間の死骸が横たわるだけだった。


「……そうか。


 なぜお前に戦士としての技術がないのかやっと理解できた。


 お前にはその必要がなかったのだな」


 装置を埋め込んだ最後の側近の成れの果てを見つめながらターヘルは呟く。ジンが振るった剣筋はとても武人の物ではない。だがそんな物は必要ないのだ。見ることも出来ず、防ぐことも出来ない剣など止めようがないのだから。


「それならば弓を置くか?」


「冗談だろう。


 そんな時はとうに過ぎている」


 ターヘルはそういうと自らの胸に手を伸ばした。その姿にジンは表情を歪める。


「……やめろ、ターヘル。


 お前自身どうなるか分かっていないのだろう?」


「ああ。そうさ。


 こればかりは実験も出来ないのでね。それでもお前をこのままいかせるわけにはいかない。幸いなことにハーキム様は地下におられる。流石にその身には危険はないだろう」


 その言葉にジンは諦めた様にうなだれた。


「ターヘル、お前は確かに優れた軍人だ。


 命令とあれば己を殺し実行の為に為すべきことをする。正しく軍人かくあるべしと言える姿だろうさ。


 それでもな、その正しさを俺達は認めない。認めてたまるか。その結末を俺達は知っている。だからお前は今ここで止めて見せる」


 それは初めてジンがターヘルに見せた怒りの表情だった。だが逆にその怒りの表情はターヘルの心を静めていた。今までのジンは本心からの感情を自分達には見せていなかった。それはジンを捉えどころのない存在としてきたが今は違う。


 奴も同じ人間なのだ。ならば恐れる事はなにもない。ただ己の決断を押し通すのみ。


「やってみろ。


 俺の命そう容易くはないぞ!!」


 そう叫ぶとターヘルは胸に魔力を集中させる。他の者達の魔力では自分の力で魔力を暴発させるだけのきっかけとなる魔力を作り出せなかった。


 人は皆、魔力自体は持っている。違うのはそれを引き出せるかどうかだけなのだ。だからこそそのトリガーはターヘルが放つほかなかったが自分自身に向ける為に他に人は必要ない。それは仲間に矢を向けるよりもずいぶんと気楽に思えた。


 魔力が暴走し始めたタへ―ルのその姿を見つめながら、ジンはそれ以上ターヘルに何も告げる事無くただ右手に持った見えない剣をもう一度振り上げる。その剣先はまるで空間が歪んでいるかのようでその魔力は今やターヘルでも分かる程になっていた。


「カーズ、防御はお前に任せる。


 すまないが全力だ。正直抑えられる自信がない」


「わかっている。


 俺も同じ気持ちだ。好きにやるがいいさ」


 そうジンに応えたカーズの体もまた無数の光の紋様がさらに強く浮かび上がっていた。そして背中から生じていたその翼もその光に呼応するかのように大きく広がったかと思った瞬間、一瞬で砕け散る。そして無数の黒い羽となり空を埋め尽くした。


 ジンはその様子を見届けると、その手に持つその剣先には更に膨大な魔力が集まりその空間自体が歪んでいく。


 それは天高くまで昇り空に浮かんだ雲さえも貫いた。雲の隙間から降り注ぐ太陽の光を一身に受けるその姿は神々しくさえも見えた。


「全てを滅せよ。


 〝天降光帯ヘブンズ・フォール″」


 かくして天の雲を切り裂いた見えざる脅威は太い一本の帯となって収束していく。それは無数の黒い羽を巻き込みながら地面へと振り落とされた。確かに神と呼べる力かもしれない。だがそんな物知ったことか。自らの道は自らで作り出す。それが自分の決断なのだから。



「祖国に栄光あれ!!


 〝滅命暴発フェイト・バースト″」


 それがターヘルの最期の言葉。そしてその言葉を継げた後ターヘルという人間の存在は跡形一つ残すことなくこの地上から消え失せるのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ