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ジンの吟遊旅行記   作者: くーじゃん
第四章 龍姫と黒騎士
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20 世界への大望


 捕われた主の姿を見てヘサームは怒りに震えながら目の前の人物を睨めつける。


「アイシャ様を離せ。


 彼女になにかしてみろ。その首はねるだけじゃ済まさない」


 その声に力はなく息も途切れ途切れになっている。だが声に込められた殺意は言葉だけで人を殺せるのではないかと思えるほど鋭い。


 それでもその殺意を真っ向から受けていたハーキムは平然としたまま話し出す。


「おお怖い怖い。


 ですが自分の立場を理解した方がいいですね。彼女の命は私が握っているのだから。


 そうですね、まずはその手に握っている武器を捨てて貰いましょうか」


 そう言い放つハーキムの表情は変わらない。その言葉にヘサームは表情を歪めながらもはや熱を失った炎刃大剣ヒート・ソードから手を離した。


「ははは!!


 よくやった!!


 さぁはやくその愚か共を始末しろ」


 その様子を見て高笑いを上げたのはタジードだった。先ほどまでのヘサームの殺気にしり込みしていた彼であったが自らに向けられた脅威がなくなったと思い、いつものようにハーキムに命令した。そうすれば彼の願いは全て叶ってきたのだから。


「ええ。


 そうすると致しましょう」


 その声に応えるようにハーキムが自らの剣を抜く音が響く。老齢ながら弛まぬ鍛錬を行い並みの武人よりよほどハーキムが剣を使える事をヘサームは知っている。


 それでもハーキムがこちらに近づいてくれるというならまだ勝機はある。その懐に仕込んである短剣を抜きハーキムを倒したならばその混乱に乗じてアイシャを救える。そうヘサームは朦朧とする意識の中で考えていた。


 そんな事を考えもしていないタジードは勝ち誇ったかのように甲高い声を上げ続けていた。


「そうだ!!


 私に逆らう者などこの世にあってはならんのだ。


 それでこそ正常な世とな……」


 だがタジードの言葉はそこで途切れる。その代わりにその胸を貫いていたのは自らの血で濡れた白刃であった。


「は?


 なにが……」


 自らの胸に生えた刃を見つめながらタジードは何が起きたのか理解できなかった。その耳元でかけられたのは幼き頃からずっと聞いてきた声だった。


「貴方の役割はここで終わりです。


 よくぞ貴方程度の器でここまで踊ってくれた。


 ゆっくりとあの世で我が覇道を見つめているがいい」


 その言葉の後に続いてようやくタジードは激痛を自覚する。剣は肺を貫いておりもはや上手く息をすることすらできない。そうしてやっと理解する。もはや自分に従う者はいないのだと。


「ハーキム貴様ぁ……」


 タジードはその拳を振り上げるがもともと非力である彼の拳はハーキムに届くことなど無く空を切りそのまま地面に倒れ伏した。


「さぁこれで舞台は整いました。


 それではこれからの話をいたしましょうか」


 そしてハーキムは何事もなかったかのようにアイシャに話しかけた。もはやかつて自分の主であったはずの人物の亡骸等に興味はないとでも言う様に。


「あ、あなたは何を言っているのですか。


 兄はあなたの主ではなかったのですか?」


 タジードを倒す事。それは確かに今回の襲撃の一つの目的であったがハーキムによってそれが為される事は想定外の出来事であった。


 それでもアイシャは気丈に平静を装ったままハーキムに問いただす。なぜこのタイミングでハーキムがタジードを裏切ったのか。その意図にうすら寒いものを感じていたから。


「異なことを申される。


 貴女とてタジードでは役不足と思ったからこそここへやって来たのではないのですか?


 私は貴方の代わりにその役目を負ったにすぎません」


「それは詭弁です!!


 元々全てあなたの企みによるものでしょう!!」


「全く持ってその通り。


 あれはその為だけに生まれた存在だ。傲慢な性格を助長させ贄とさせるために。おかげで我々は大義名分を得ることが出来た。民に苦を押し付ける王家を滅ぼすというな」


 その言葉を聞きアイシャは言葉を無くした。それならば兄はただ死ぬためだけにここまで生きていたというのか。この目の前に立つ男の掌の上で。


「そのような非道龍神の怒りに触れぬとお思いか!!


 我らが主は決してお前のような男を見逃しはしない!!」


「それこそが我らの望むところだ。


 我らの宿願は正にその一点に尽きるのだから」


 そうなんの感情の変化もみせずハーキムはそう答える。だがそれは余りにも常軌を逸した答えだった。それはこの国の民ならば口にすることも憚れるほどの禁忌なのだから。


「な、なにを言っているのです。


 まさか……」


「そうです。人類を裏切った一族の娘よ。


 我らの宿願それは神獣を殺し、そして再び人の世を蘇らせる事なのだから」


 ハーキムは表情を変える事無くそう語る。神獣を倒すそんな狂言をこの男は断言して見せた。それは狂気による錯乱などではない。その瞳には確固たる信念の火が灯っていた。


「なにを抜かすかと思えば血迷ったかハーキム。


 人が神に勝てるわけがないだろう。


 獣魔すら倒せぬ身でほざくな」


 その会話をヘサームが嘲笑うように遮る。それはヘサームにとってはただの戯言にしか聞こえなかったのだから。強大な獣魔達からこの国を守っているのは神獣だ。それはつまり神獣が獣魔達をも圧倒する存在であるということ。そんな自分達の守護者を相手に矛を向けるなど馬鹿げている。


 その言葉にハーキムは憐れむような表情をヘサームへと向ける。そして短くこう告げた。


「なんだ?


 お前の主からまだ聞いていないのか?


 神獣は神などではない。ただ人によって作られた化物だ」


 何でもないように語られたその言葉にヘサームは時が止まったかのようにすら思えた。


……こいつは今何を言った?


「ハーキム!!


 それ以上の龍神への侮辱は許しません」


 そのアイシャの声はヘサームが今まで聞いたことがないほど怒りに満ちた声でヘサームは虚空から現実へと意識を戻された。


「はははっ


 そう取り乱さないでください。私は事実を言っているだけですよ。そうですね。それでは少し昔話をしましょうか」


 そうハーキムは笑い声を上げると再びヘサームを見つめ語りだす。


「創世記の神話について当然ヘサーム、君も知っているだろう?


 混沌とした世界において龍神が降臨しこのザカールを庇護のもとに置いたと。


 だが神話には肝心な部分が触れられていない。それはだれが世界を混沌へと追いやったかという事だ。


 その事に疑問を持ったのが私の先祖だった。私の先祖は元々考古学の学者の一門でね。ザカールの古代遺跡を探りそしてある遺跡にたどり着いた。


 その場所は手入れの一つもされずボロボロになっていたがその地下に隠されていた未知の技術に我が先祖は心の底から驚いた事だろう。


 そこには古代の技術が丸ごと残されていたのだから。君たちとてその技術の末端には触れているのだからその意味は理解しているだろう。


 そしてその場所に残されていた記録には全てを覆す事実が残っていた。この世界は神獣によって守られているのでなく神獣によって一度滅ぼされたという事が」


「バカな!!


 そんなことがあってたまるか」


「そうでもないさ。むしろ当然と言えよう。奴らが我らを庇護する理由など無いのだから。


 圧倒的な力を持つ奴らが人間を守る理由がどこにある? それはただ人を管理する者と考える方が自然ではないかね?」


「それは……」


 ヘサームはそう言い淀んでその先が続けられない。そんなことを考えた事すらなかった。神獣はただ我らを導く存在であるのだと信じて疑わなかったのだから。


「古代の遺跡には神代の記録が残されていた。始まりはたった一人の人間だった。だがその者は正しく天才だった。世界を一変させてしまうほどに。だがその才能はある日突然狂気へと変わった


 その者はその頭脳を以て化物を世界に現出させ混沌へと陥れた。古代の人々も死力をとしてその者と戦ったが結果として敗れ去りこの世界は神獣によって閉ざされた。


だから我々は何代にもわたり息を潜めこの時を待っていたのだ。神獣を倒す準備が整うこの時を。


 そして遂に時はきた。長年の研究の成果により我らは奴らに対抗しうる力を得た。だがそれだけでは足りぬ。神獣に隷属し民を騙し続けてきた王家を廃し、優秀な人材を民草から募り総意によって国を導くそれが最も肝要だ。


 その為には悪逆非道の王を倒し、そしてその王家そのものによって王政を廃する号令を放つのが最も良いシナリオだ。


 そうは思いませんかアイシャ様。血塗られた王家の最後の娘よ」


 ハーキムの語るその未来はヘサームにも容易に想像が出来た。実情を知らぬ民たちは様々な悪政は全てタジードが執り行っていると思っている。対照的にハーキムは水路を完成させ様々な人々に施しを執り行う人物として民からは信頼を得ている。


 つまり全てはこの男が描いた台本通りに進んでいるのだ。この国を形作る全てを壊し作り直す為に。


「そのような事……


 この私が認めるとでも?」


 ヘサームが今まで信じていた土台が全て崩れ落ちるようなそんな感覚に陥り言葉を失っていた中で静寂が支配する部屋に響いたのはアイシャの声だった。


 だがアイシャは先程のハーキムの言葉を否定することはない。それはつまり先程のハーキムの言葉を肯定することに他ならなかった。


「聡明な貴方ならば正しい道がどこにあるのか分かると思っています。貴女自身もわかっているのでしょう? この世界は偽りの平穏にすぎないという事が。


 ですがそれでも未だ神ならざる者に妄信するというならば……


 その時は私にも考えがあります。出来れば使いたくはない手段ですが」


 それはつまりアイシャの意思とは関係なくその計画を実行する術を持っているという事。そう語るハーキムの顔は微笑みを絶やさぬまま変わる事はない。そこにもはや人間的な温かみはなかった。


「愚かな……


 自らの野望の為に民全てを巻き込んだ動乱の果てに何があるというのか」


「それこそ愚問というものでしょう。


 壁のなくなった世界に広がるのは限りない可能性だ。それはもはや語るまでないでしょう。


 もし世界が再び一つとなればありとあらゆるものが世界を巡り手に入らぬ物など無くなる。


 交易さえ可能となれば様々な物や人が世界を飛び交い不可能な事などなくなるでしょう。


 いかなる病すらも直せる医療、飢餓に苦しむことなぞない美味なる食材、人の英知によって作られる様々な技術その全てを再び人の手に取り戻すのです」


 その言葉には確かな理はあった。もし世界から壁が無くなったなら。それは確かに誰しもが一度は考える事だろう。それは吟遊楽団がもたらす物の数々を見れば一目瞭然であった。この国の中だけでは手に入らぬものなどいくらでもある。


 だがそれを実現しようとするものなどいなかった。それ程にザカールの民にとって世界はこの国の中で長い間完結していたのだから。


「それは貴方の欲に過ぎないでしょう?


 自らの欲望の為に民に血を流させるのですか?」


 アイシャのその声は絞り出すようにか細い。それはアイシャ自身、自分が矛盾していることを知っていたから。その問いに対しての返答は苛烈極まるものだった。


「ならば人の人たる意味とは何だ!?


 誰とも知らぬ過去の遺物を讃え、停滞の日々を貪る事か?


 断じて否だ!!


 我らは我らであり続ける為に立ち止まりはしない。その絶える事なき意志こそが我らを人足らしめるのだ。


 安寧の中で全てを騙し続ける者に民を語る資格など無いわ!!」


 その迷いを見透かすように今まで決して表情を変えることのなかったハーキムが声を荒げた。その表情に現れていたのは怒りだった。


 ただ人の世を取り戻す。その為だけにハーキムは心を殺しやれることは全て行ってきた。それが悪逆非道と罵られるようなことであっても。それが自らの一族がずっと受け継いできた宿願であったのだから。


 その先にこそ本当の意味での自由を得ることが出来ると信じて。


 だからこそアイシャも理解する。今まで感じていた違和感の原因を。前王の時代からハーキムは良く王を支え、民を想う良き臣であった。だからこそ王が死んだあと民に苦役を強いるのを見て今までの全ては偽りであったのかと思った。


 だが違った。ハーキムは何一つ変わってはいない。この者もまた自らの信念に従って行動する戦士なのだ。より良き未来を信じて。だが彼は自分と同じ道を歩むことは決してない人間なのだと。


 だからこそアイシャはもう一度背筋を伸ばし毅然と尋ねる。


「それが滅びの道だという事こそ先祖が得た教訓ではないのですか?


 神に近づきすぎた人間はその羽をもがれ地へと落ちる。


 その先に光など無い。そんなもの私は求めたくはない。ただ隣の人と笑って生きて死ぬ。その時こそ愛おしいとそう信じている」


 それが正しいかどうかはわからない。それでも龍神と始めて会ったあの日アイシャはそう決めたのだ。例え偽りの神であったとしてもかの神獣に従おうと。その眼に灯る赤い光に宿った温もりを信じて。


「……そうですか。貴女ならば理解して頂けると信じていましたが仕方ありません。


 まぁあなたが従わないというならば話はここで終わりです」


 アイシャの決意が揺らぐことがない事を悟ったようにハーキムは心底残念そうな表情を浮かべると懐から何かを取り出す。それは緑色の透明なガラスの容器だった。


「貴様!!何をする気だ!!」


 その不審な動きにヘサームは怒気を強めるがしかしその身はハーキムの視線によって制される。


「ああ、それ以上動かないでくださいね。大丈夫、殺しはしません。ですが私の言葉に忠実に従う人形にはなっていただきますが。


それにそろそろ私の救援が来る頃だ。その時にはこの薬も使わないで済むかもしれませんし」


 その言葉と同時にヘサームは今まで感じた事のないほどの魔力を背後から感じ取る。それはただそこにあるだけで恐怖を覚えるそんな波動。


 その魔力がこの場所へと降り注ぐのをヘサームはただ見ているしか出来なかった。


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