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ジンの吟遊旅行記   作者: くーじゃん
第四章 龍姫と黒騎士
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19 何が為に


 ターヘルはザカールの中でもメロッサから遠く離れた最も貧しい街に生まれた。この国で貧しい土地とはつまり水源に乏しい地域である。それは日々生きる事ですら地獄と言える場所。


 わずかな水や食料を巡り簡単に人の命が失われていく。そんな場所で生きていかざるを得ないのは皆なんらかの咎のある者ばかり。そんなヤクザ者だけが集まってくるものだからターヘルの生まれたこの街の治安は悪化していく一方だった。


 ターヘルの記憶の中に母親の記憶はない。父は片親で自分を育ててくれていたがその父もターヘルが8つの誕生日を迎える前に病であっさり死んでしまった。


 このような街で両親の庇護なしで子供が生きていく事は難しい。だがターヘルには他の人達とは違う力をその身に宿していた。


 その力を最初に振るったのは父親が死んだ時だった。薬すらろくに得られずやがて動くことのなくなった父の遺体を前にして途方に暮れていた時にターヘルの家を訪れた男達は誰一人彼が知っている人物はいなかった。


 そして彼らは当然のように家を物色し始める。その全ては父との思い出の品々。必死でやめてくれと叫ぶが男達は面倒だとでも言う様に幼き日のターヘルを殴り飛ばす。


 10歳にも満たない子供では大人相手に敵うはずもなく簡単に壁まで吹き飛ばされた。その衝撃で頭からは血が流れターヘルの視界を赤く染める。


 その瞬間ターヘルは怒りのあまり意識を失った。


 次に意識を取り戻した時そこに動く者はいなかった。そこにあったのは急所を尽く貫かれ息絶えた男達と返り血で真っ赤になった自分だけ。


 その手には包丁が握られ、驚きのあまり手を離そうとするが思うように力が入らず離すことが出来ない。そして次に自覚したのは全身のきしむような痛みだった。


 それは魔力によって体を強化して動かしたゆえの反動であった。その事はターヘルが適合者であったという事を示していたがその時はなぜこんなにも痛みが体中からあふれてくるのかわからずターヘルはその場でうずくまりただただ泣く事しか出来なかった。


 どれぐらい泣き続けただろうか。その後の事はよく覚えていない。次に記憶にあるのはふかふかのベッドの上だった。


「ここどこ?」


「目を覚ましたか。


 うむ、なるほどいい面構えをしている」


 その優しげな声はベッドの横から聞こえた。それは聞いたことのない人物の声で反射的に身を構える。そこにいたのは父よりも少し年上に見える男だった。


「あ、あんた誰だ!!」


「そう怖がることはない。


 私はお前をとって食ったりしない。そうだな、まずはこれでも飲んで気を落ち着かせろ」


 そう手渡されたのは一杯の透明なコップに並々とつがれた水だった。なんの濁りもない水などこの土地ではあまりに高価すぎてめったに飲むことなどできはしない。街の至る所で黒い強烈な匂いを放つ泥水があふれ出るこの地域では地下水もないのだから。


「……飲んでいいの?」


「あぁ。遠慮することはない」


 その声はとても落ち着いているようでターヘルが今まで見てきた大人達とはまるで違う生き物にすら思えた。


 だからターヘルは怯えながらもそのコップを手に取る。その水を恐る恐る口に含めるととても冷たくて乾ききった喉を癒していく。もったいなくてちょっとずつ飲もうとしたけども一度飲み始めると止めることも出来なくて一気に飲み干してしまった。


 最後に残った一滴すらももったいなくてコップを逆さにしたまま動かなくなったターヘルを見ながらその男は微笑む。


 そしてその最後の一滴がターヘルの喉に落ちたのを確認するとその男は自らの名をハーキムと名乗りそしてゆっくりと言い聞かせるように話し始めた。


「なにが起きたか覚えているか?」


 その言葉にターヘルはビクリと体を震わせる。その眼によみがえった記憶は余りにも恐ろしい光景であった。


「違う!!


 あいつらが父さんの物に触れようとするから!!


 だから!!!」


 頭に浮かんできた悪夢を前に錯乱しそうになるターヘルだったが体を包む温もりにより心を落ち着かせることが出来た。


 そしてゆっくりと見上げた先にあったのは微笑みを崩さずに優しくタへ―ルを抱くハーキムの姿。そしてターヘルが落ち着きを取り戻したことを確認するとハーキムは幼き日のターヘルに語りだす。


「大丈夫だ。


 お前は自分の守るべきものを守っただけだ。


 誰もお前を責めさせはしない。


 ほかでもないこの私がな」


 その声はとても力強くてそれでも自分のしたことが恐ろしくてターヘルは声を震わせながら尋ねた。


「でも僕人を殺しちゃったんだよ。


 それも一人だけじゃない。何人も。


 人殺しはいけないって知ってるよ。僕も殺されちゃうの?」


「大丈夫。お前はそんな事にはならないから。


 間違っているのはこの世界の方だ。私たちはこの世界を壊す為にここにいる。


 だから私についてきなさい。


 そうすればお前に違った世界を見せてやれるから」


 それがターヘルとヘサームが交わした最初の約束。その時の事をターヘルは一生忘れない。地獄の中を生きていた自分を救いあげてくれたその人を。


 それからターヘルの生活は一変した。最初の数年は目を覚ました施設の中で様々な事を学んだ。そこにはターヘルと同じ年ごろの子供達が集められていた。その子供達の共通点としてあったのは皆この町の出身で孤児であるという事。


 子供達はただ一つの目的の為に日々切磋琢磨しあっていた。それはただハーキムに認められる事。定期的に行われる試験において優秀な者はハーキムと直接会うことが出来、逆に結果が芳しくない者はこの施設から姿を消していった。


 その姿を消した者達がどこに行ったのか子供達は知らされてはいなかったがそれでもそれが恐ろしい事であるという事は皆理解していた。だからこそ子供隊は試験に向けて必死に努力した。


 その試験は格闘技術から高度な計算、そして感情の制御方法まで様々であったがその中でもターヘルは短い時間で頭角を現し始める。


 それは彼の持っていた適合者の能力が高かったのも大きな理由であったがそれ以上に優れていたのは彼の人間観察能力だった。相手をよく観測し自分に何を望んでいるのか。それを見極める力が極めて高かった。それはターヘルの父が倒れる前から彼はこの街で自ら生きていただからこそ磨かれた力。


 それは孤児院の中でも同様で彼は頭角を現しながらもその力に驕ることなくよく人をまとめ周囲の人間を味方にしていった。


 そして月日が経ち10の誕生日を迎えた日ターヘルは馬に乗せられて生まれ育った町を出た。その側にいたのはハーキムの姿。それは彼がハーキムに認められたことを示していた。


 施設を出て数日後、砂漠を越えて目にしたのは見た事もない数の人と巨大な建物の数々だった。


「着いたぞ。あれが王都メロッサだ。


 お前には明日からある貴族の子息となる。そしてこれから先お前と私は一切の関係のない人間として過ごしてもらう。いつか来る日の為に。


 だがその前にお前には全てを知ってもらう必要がある。ついてきなさい」


 呆然と王都を見つめていたターヘルを引き連れハーキムはメロッサを通り過ぎある場所へと向かう。その場所はただの廃れた遺跡にしか見えなかった。だが遺跡を進み朽ち果てた入り口を抜けた先にあった地下室はまるで別世界であった。


 そこにあったのは地下であるにもかかわらず晴天のような明るさだった。地下を照らすその光は透明なガラスの中に封じ込められているかのよう。その他にもひとりでに勝手に動き出す扉や奏者もいないのにどこからともなく流れ出す音楽。そのどれもがターヘルには理解できる物はなかった。


「ここは一体?」


「電気と呼ばれるエネルギーを使った古代の技術だ。


 お前も黒い水の事は知っているだろう?


 あの水を自動で地下から汲み取りこの施設はその動力を得ている。とはいってもほとんどの物が未だ解明できていない物ばかりだがね。


 それからここでの出来事は決して誰にも話してはいけない。


 わかったね」


 その言葉にターヘルが無言で頷くのを確認するとハーキムは更に地下の奥へと進んでいく。そして最後にたどり着いた広い部屋の中心にあったのは巨大な黒い箱状のナニカだった。


「これからお前に世界の真実を見せる。


 ターヘルお前は選ばれたのだよ。この映像を見た後もお前が私と共にあってくれることを願う」


 ターヘルはハーキムの言っていることがよく理解できなかった。ハーキムの下を離れるなんてこと考えた事もないのに。


 そんな疑問を持ちながらもターヘルに誘われるがままその箱の前にあった椅子に座る。そしてプツンという音が鳴った後箱に光がともり一人の男がその中に映し出された。


 最初は突然現れた人物に驚いたが、それでもそんな驚きはここに至るまでに多く見ていたし施設では常に冷静で事態を把握するよう訓練されてきた。


 だからこそその箱の中に映し出された男の話から何を導き出すか、それが最後の試験であると判断しその映像をただじっと見つめる


 やがてその男はゆっくりとまるでターヘルを見つめるように語りだした。彼の知る真実を。

 

 その事実は余りにも彼の知っている世界とはかけ離れていた。それこそすべての価値観が逆転するようなものだったのだから。


「どうだ?


 これが世界の真実だ。それでお前はどんな答えをだす?」


 その言葉にターヘルはすぐに返答することが出来なかった。それでもわかったことはただ一つ。


「私の父は敬虔な信者でした。父が何をしてこの場所に来たのか私は知らない。それでも父は毎日祈っていた。龍神様の加護を祈って。


 でもそれは幻を追っていたのに過ぎなかったのですね」


 その眼に浮かぶのは遠い過去のように感じる記憶。その時は父と共にその存在を信じていた。いつかきっと自分達を救いあげてくれると。


 だがそれは決して叶う事のない夢だと知った今自分がとるべき道はたった一つだった。


「全部を理解したわけじゃないです。


 それでも今日この日に私は誓います。


 この世界は最初から壊れていた。ならば私は貴方の力となります。


 この閉ざされた世界を壊す為に」


 それがターヘルというハーキムの忠実な兵士がこの世に生まれた瞬間だった。ただ育ての親として従っているわけではない。自分の意思でその野望を理解し共に叶えようとする理解者として。


 それからターヘルはハーキムと敵対しているはずの有力貴族の妾の子として新たな人生を歩み始めた。


 その経緯から偽りの家族となった者達からは決して歓迎されてはいなかったがそのような苦境などそれまでの地獄に比べるまでもなかった。また明らかに髪が違い正当な貴族の後継者でないことが明らかであったことから人から遠ざけられていた境遇もアイシャに近づくための良い口実なった。


 そして全てを偽りながらターヘルは今日という日を迎える。周りの人すべてを欺きながらそれでもただ一つの忠義を貫くために。



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