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ジンの吟遊旅行記   作者: くーじゃん
第四章 龍姫と黒騎士
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18 真意


「急げ!! 死ぬ気で駆けろ!! 」


 サナクトは残った部下達を引き連れ、懸命に王宮への道を駆けていた。隊の馬のほとんどは先ほどの戦闘で潰れており、砦に残っていた馬も副長であるファリスと共に数人を獣魔が目撃されたという証言のあった孤児院の方角へと救援へと先に向かわせていたせいで一頭もいなかった。


 部下の半数を失い生き残った者達も満身創痍という状態でその鐘の音は鳴り響いた。それは王宮の危機を知らせる鐘。


 それからのサナクトの対応は早かった。まだ動ける者達をかき集め、武装を最低限度のものだけ纏い王宮へと向かったのである。


 城に残っている者では適合者としての戦闘能力を持つ者どころか指揮能力を取れる者すら少ない。そんな状況での王宮から警鐘は余りにも危険な知らせであった。


 もはや動く事すらままならないほど疲弊した隊士達であったが、その先頭を走る老騎士の叱咤に応える他ない。先ほどの戦闘で先頭を切り戦い抜け、今もなお唯一残った巨大な大弩弓アーバレストを背負いながら自分達を率いるサナクトを前にして弱音を吐くことなど出来ない。


 そしてサナクト達は徒歩としては考えられない速度で城門前にまでたどり着く。その城門前はまるで何事もなかったかのように静けさを保っていた。城門は閉じておらず、来訪者を拒む事はない。


 だがその静寂はあまりに不自然だった。いつもは人が溢れているはずのこの場所はただ一人の兵士の姿すら見えない。その異様な光景を前にサナクトは警戒心を強める。

 

「防衛隊隊長サナクトだ!!


 王宮の警鐘の音を聞き急ぎ戻った!!


 誰かおらんのか!?」


 豪快なその性格をそのまま表すように大声を以て呼びかける。そしてその声にこたえるように一人の兵士が城門より現れる。


「サナクト様。


 無事の御帰還誠に……」


 それはサナクトの知る城門の警備長ではなく、細身の城門兵であった。その顔は何度か見た事はあったが特段と特徴のある者ではなかったので名前までは憶えていなかった。だからこそこの危急の事態にそのような者が迎えに来ること自体が不自然だった。


「おべっか使いはよい。


 それより王はご無事か?」


「ええ。御心配には及びません。さきほどの警鐘も恥ずかしながら動転した兵士によるものでございまして。


 王もご無事です。どうぞこちらへ」


 そう手を差し伸べる兵士に対してサナクトがその手を取る事はない。むしろ警戒を強めて距離を保つ。


「ならば城門の警備長を呼んできてもらおうか。


 奴ならばすべて状況を把握しているだろう」


「ですからそちらまで私が案内をいたし……」


「くどい!!


 貴様では話にならぬと言っているのだ。


 何事もなかったというならば奴を呼んで来い!!」


「……そうですか。


 でしたら仕方ありません、ね!!」


 その怒声を前にしても迎えに来た兵士は表情を変えず、その手に隠し持っていた何かを一瞬で投げつけた。その瞬間サナクトに小さな痛みが走るがそれも構わず槍を振るい一閃で兵士を薙ぎ倒した。


 その細身の兵士は避ける動作をすることも出来ぬまま致命傷となる量の血を散らしその場に倒れる。だが同時にサナクトもまた体が思うように動かなくなりその場に膝をついた。


「サナクト様!!」


 サナクトの異変に部下たちが駆け寄ろうとするが、その瞬間城門の上に現れたのは完全武装をした十数人の兵士達の姿。そしてその全ての兵には弓が構えられていた。


「総員防御態勢をとれ!!」


 そうサナクトが叫ぶと同時に無数の矢が防衛隊員へと降り注ぐ。その全ては正確に隊員達を捉え射抜かれた隊員の悲鳴が聞こえる中、サナクトはなんとか降り注ぐ矢の雨を凌ぎ、身を低くしながら建物の影に身を潜めると大弩弓アーバレストに望遠鏡を固定する。


 こうすれば遠距離の狙撃すら可能となる。今狙うべきは相手の指揮官。指揮官さえ倒せばある程度の混乱を引き起こせる。


 だが大弩弓アーバレストを握る手は思うように動かない。先ほどの兵士が放ったのは毒針だったのか。助からぬとわかっていながらほとんど丸腰で自分に立ち向かった相手の狂気を理解するとサナクトの背筋は凍る。


 今対峙しているのはそういう相手なのだ。ならばこそ今この場で我々が戦わなくてはならない。


 そう強く念じながら痺れて自由に動かない右腕で大弩弓アーバレストの引き金に指をかけ望遠鏡をのぞき込む。


 指揮官がいるのは恐らく城壁の最上部。様々な場所に管を通して指示が出来るあの場所以上指揮に適した場所など無い。


 そしてのぞき込んだその望遠鏡に映ったのは銀色に光る弓を構える金髪の兵士の姿だった。


「まさか、そんななぜおまえが……」


 それはサナクトがかつて最も将来を嘱望していた部下の姿だった。だがその者はもはやこのザカールにいるはずのない人物なはず。


なぜならもうその者は死んだと伝えられていたのだから。その戸惑いがサナクトの動きを止める。そしてその一瞬の隙によりサナクトの命運は絶たれる。その望遠鏡に映った人物の放った銀色の弓矢によって。




「……終わったか」


 ターヘルは城門最上部でそうつぶやく。


 その眼下には指揮官を失い統率を無くした兵士たちの姿が映る。サナクトはターヘルにとっても直属の上官にあたる人物であった。その豪快な性格に振り回されることもあったが実直に国に尽くす尊敬できる人物であった。


 だがそれでも今はなすべき事がある。その為に己の心は殺さなければならない。この仕事ができるのは自分だけなのだから。


「もうこちらは大丈夫だろう。


 城門を閉め王宮へと救援に向かうぞ」


 ターヘルの指示は管をとおり各部屋に伝達され城門はその固い門を閉じる。そしてタへ―ルは数人を残し王宮へと進んだ。


「あと少し、あと少しで我らの悲願がかなう」

 

 そうつぶやきながらタへ―ルはその歩みを早める。だがその道の途中にある整備の行き届いた中庭でタへ―ルは見覚えのある姿を目にして足を止める。それは巨大な黒馬に跨る全身を黒い服で覆い肌を隠した小柄な人物の姿だった。


「よう、無事作戦完了か?


 さすがだな」


 その声は鈴の音の様に軽やかでなんの気負いもない。だがそれはこの場にいるはずのない人物でタへ―ルは息を飲む。それでも一呼吸を置いてから冷静を装いその人物に尋ねた。


「お前こそよく奴らを誘導してくれた。


 だがなんでお前がここにいる? 


 獣魔を呼びだした後は身を潜めて置く予定だったはずだ。


 なぁジン?」


 ターヘルはそう短いながらも共に時を過ごしてきた吟遊詩人に問いかける。だが両者の間には知己の間柄とは思えない緊張感が広がっていた。


「いやなに。


 ただお前に聴きたいことが出来たんでな。


 だがその前に確認だ。なぜあの隊長を殺した? 確か作戦内容は奴らを足止めしろという話だったはずだが?」


 そのジンの声はまるで凍えるような冷たさを含んでいた。それが先程までの軽やかな声の主と同一人物と思えぬほどに。


「あれは俺の独断だ。


 そうでなければかの御仁は止められない。それはその下についていた俺自身がよくわかっている」


「それがアイシャの望んだことでないとわかっていてもか。


 たしかそいつはこの国の重要な人間であると聞いていたのだが?」


 それは隠れ家において事前に決められていた事だった。もし首尾よくタジードとハーキムを倒せてもその後の国を支えるべき人物がいないと政権は成り立たなくなる。


 その点においてサナクト以上の影響力を持つ忠臣はいない。それにかつての上官をターヘルの手で殺めてほしくないという想いもアイシャにはあった。だからこそ足止めという中途半端な作戦となっていたのだ。


「アイシャ様も出来るならとおっしゃっていただろう?


 かの御仁を確実に止めるには倒すしかなかった」


 ターヘルのその言葉は目的を確実に果たす為には当然ともいえた。だがそれでもジンの声は未だ冷たいまま次の言葉を紡ぐ。


「そうか。


 なら次が最後の質問だ。


 ……お前の後ろにいる奴らどうやって作った?」


 それは全てを終わらせる一言。その言葉が告げられた時もはや後には引けないのをターヘル悟った。故にジンに悟られないように手で後ろの仲間に合図を送る。


「……なんのことだ?


 後ろにいるのは俺の仲間達だが?」


 出来る限り動揺を表に出さずターヘルはそう答える。だがそれは最早意味をなさない事は自覚していた。


「そうだな。お前は嘘を言っていない。本当の事も話してはいないが。


 でその薬品まみれのひどい匂いをまき散らすお仲間は誰の味方なんだ?」


 そう告げたのは青毛の黒馬。その瞳はターヘルの後ろに構える者達を捉えて離さない。そしてカーズのその言葉を聞いてもほんの少しも表情を変えないジンを前にターヘルは深いため息を漏らす。


「どうやらもはや何を言っても無駄だな。


 これが最後の忠告だ。この国を去れ。そうすれば見逃してやる」


 ターヘルは静かにそう答えた。だがそれはただの時間稼ぎに過ぎない。目の前に立つこの吟遊詩人を倒すための。


「……そうか。それがお前の選択か。


 だがなぜだ? なぜアイシャを裏切った」


 一呼吸を置いた後ジンはターヘルに尋ねる。その顔は少しだけ寂しそうに見えた。


「……最初から裏切ってなどいないさ。

 

 俺の主は初めからハーキム様だった。


ただそれだけのことだ」


 それが全ての答えだった。ヘサームがアイシャに救われたようにターヘルにとってのアイシャはハーキムだった。


 例えアイシャ達とどれだけ共に時間を過ごそうとそれだけは決して変わらない。その為に自分は生きてきたのだから。


「それはあの穏やかな時を引き換えに払う価値のある事なのか?


 あの隠れ家で共に踊ったあの時の笑顔に嘘はない。そう思っていたのだが」


 そう語るジンは表情を変えない。だがその声色にははっきりとした感情の変化があった。それは静かな、けれども深く燃え続けるような怒り。


 その瞬間タへ―ルは背中に冷汗が広がっていくのを感じた。目の前にいるのは馬に乗ったままただ自分を見据えている非力な少年のはず。

 

 だが今その彼が放つ威圧感を前にその身は鉛のように重くなっていく。その意味をターヘルは知っていた。これは恐怖だ。それも決して逃れることの出来ぬ類の。


「そうかい。吟遊詩人にそう思わせられたならそれは光栄だな。


 そう思わせることも俺の仕事なのだから」


 だからこそターヘルはまるで何でもない事のようにそう答えた。その軽口は退いてしまいそうな己を鼓舞する為。


 自分達の前に突然現れたこの吟遊詩人を前に情けない所を見せるわけにはいかないのだから。


「……そうか、残念だよ」


「あぁ、本当に残念だ」


 かくしてターヘルは仲間に指示を出す。そして同時に後ろに控えていた十数人の人影は武器を構えた。たった一人の少年を殺す為に。


「さよならだ、ジン」


 その一言を合図に人影は一斉にその吟遊詩人へと攻撃を仕掛けるのだった。







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