17 狂学者
かなり更新が遅くなってしまい申し訳ありませんでした。これからは章の終わりまで定期的に更新できる予定です。
「な、な、な
なぜだ。
なぜおまえが立っている!!」
その恐怖の入り混じった情けない声の主であるタジードは信じられないものを見るようなまなざしを目の前に立つ黒い鎧を身に纏った男にむけていた。
その人物の横で倒れていたのは仮面をつけた自らの最後の護衛。
タジードの問いに男がその胸には紅い輝きを失った炎刃大剣が深々と突き刺さっており、もはや護衛であった男が動くことはなかった。
「超回復ですか。
いやはや人の身でそれを使える者を見たのは初めてですよ」
タジードの問いに男が応えることはなく、その代わりに感嘆の声を上げたのはハーキムであった。その声は冷静そのもの。いやむしろその声色には喜びの感情すらあった。
「な、なんだそれは? 聞いたことがないぞ?」
だがそのハーキムの変化に気付く様子もないタジードはヒステリックになりながら喚き散らす。それも慣れた事のようにハーキムは自らの主を諭すように説明を始めた。
「生きている者には皆治癒力があります。それによって怪我や病から回復するわけですがそれを魔力によって活性化させて急激に治癒する能力の事です。
獣魔が傷をたちどころに治すのはこの為です。そしてこれを繰り返していく事で獣魔は信じられぬ力を持つようになるのです。
ですが人がこの力を自らの意思で実行できるとは。ますますこの者が欲しくなりました」
そう話すハーキムの顔はまるでお気に入りの実験動物を見つけたようで、タジードは背筋が凍るような気持ちになる。ハーキムは確かに自分の願いを叶えてくれた臣ではあったが時折見せるその表情はまるで自分がとるに足らぬ人間であるとそう告げられているように感じていた。
「何を暢気な事を言っている!!
もはや我を守る者はいないではないか!!
はやくなんとかせんか!!」
その考えを否定する為にタジードは声を荒げて命じる。タジードはそんな時常に無茶な注文をハーキムへしてきた。確かにこの者は万能の天才たるものだろう。だがその者を自分は言葉一つで全て命じることが出来るのだ。
それにより自らが王であるという優越感をもたらし、精神の平静を保ってきた。だがこの場ではそんな物は意味をなさない。命を狙われるその場においてそんな物はなんの役にも立たないのだから。
「いえ、心配は無用かと。
もはや奴は動く事すらまかりならないでしょうから」
だがハーキムは何でもない事のようにそう告げる。その確信に満ちた言葉にタジードはゆっくりと男へと視線を向ける。そこには恐ろしい顔でハーキムを睨めつける黒騎士ヘサームの姿があった。
「ひっ!!」
しり込みをつき後ずさりをするタジードであったがヘサームがその動きに反応することはない。それどころか一歩とて動く事はなかった。
「当然でしょう。
結晶機の媒介なしで魔力を使うなどどれほどの魔力が必要になる事か。まぁその状態で私の兵士を倒すのはさすがとしか言えませんが」
「だからどうした。
もはや守る者の居なくなったお前ら等簡単に殺せる」
その声は明らかに疲労しほんの少し体を動かすだけで苦痛が顔に滲んでいた。だがその瞳の奥には確かな希望の光が宿っていた。
「ほう、まだ心は折れませんか。
……そういえばもう一人いましたね。
ですが」
そうハーキムがつぶやくと同時に後方から巨大な音が響きそしてそれに続くようになにかが崩壊していく音が聞こえる。そして先ほどヘサームが入って来た入り口から黒い砂煙が噴き出てその場にいた全ての者の視界を奪った。
その砂煙を何とか腕で防ぎながらヘサームは大声で問いかける。
「貴様、何をした!?」
「貴方がそれを知る必要はありませんよ。
ですがこれで後顧の憂いも断ちました。
例え適合者だろうと大質量の建物の崩壊からは生きて帰れないでしょう?」
その声は砂煙に紛れ姿を見ることが出来ない。だがそれは大した問題ではない。例え目が見えなくてもヘサームはその気配をたどることが出来るのだから。しかし気配を探ったその瞬間ヘサームは最悪の事実を知る事となる。
「気づきましたか。今までの話はすべて時間稼ぎ。
貴方は私にもう手出しは出来ない」
そうハーキムが告げると同時に部屋の後方から扉が開かれ現れたのは複数の兵士。そして兵士とともにあった気配を感じ取りヘサームは言葉を失った。
「ごめんなさい、ヘサーム」
ゆっくりと砂煙は晴れていき、やがて扉からある人物の姿が現れる。そして聞こえたのはか細く消え入りそうなアイシャの声だった。
「これでチェックメイト。
全ての武器を置いて投降していただきましょうか」
その勝ち誇ったハーキムの顔をヘサームはただ拳を握りしめ睨めつけることしかできなかった。
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時は少し遡りアイシャとカディアルは祭壇の中で息を潜めヘサーム達の帰りを待っていた。
全ての音がなくなってしまったかのような静寂の中で時は遅々として進まない。アイシャはただ待つ事しか出来ない己の不甲斐なさをただ感じていることしかできなかった。
だがその静寂は扉が開かれる音により終わりを告げる。
「ヘサーム!!」
アイシャは開かれた扉からあふれ出す光へと目を向けた。だがそこには彼女が見知った人の姿はない。代わりにいたのは見知らぬ男達の姿
「アイシャ様、お下がりください」
その声と同時にカディアルの手によって押し出されるようにアイシャは後ろへと下がる。アイシャの前に立っていたのは虚ろな目をした数人の男達。その手には重そうな鈍器の数々が握られていた。
「見つけましたぞ。
アイシャ様。ここは危険ですぞ。どうぞ我らと共にお越しくださりませんかの?」
その声は立ち並ぶ男達の後ろからかけられた。その声はがらがらに枯れているようでその特徴的な声をアイシャは知っていた。
「バシア、アイシャ様に対して無礼だろう。
王族に武器を向けるなど万死に値するぞ」
カディアルはその白いターフを身に包む小柄な老人に鋭い剣幕をもって告げる。その背中は折れ曲がっているせいでより低く見える。その顔はいくつもの薬の実験を繰り返してきた影響か皮膚は爛れ70を越える年故に無数の皺が重なり瞳を見つけることすらままならない。
バシアと呼ばれたこの男はハーキムの側近と言える男だった。ハーキムと同じ一族出身であるこの男の様々な知識はハーキムを凌駕するほどあったが彼とはまるで違う点があった。
社交的で様々な人と交流を持ちながらその地位を築いていったハーキムと違いバシアは人と交わる事はなかった。ただひたすら彼の持つ研究室に籠り古代の技術を解きあかし続ける。
それは王族に対しても態度を変えることはなかった。だがその技術は他の追随を許さずこの国の発展には欠かすことの出来ない人物ではあった。それでもそんな人物がこの場所にいるという事は決して吉報にはなり得ない。
「おとなしく従って頂ければ危害を与えるつもりはなかったですがの。
では無理にでも連れて行くとしますかの。それに実験体は多いに越したことはない」
そうバシアはまるで説得する気などさらさらなかったかのように答え、連れてきたへ男たちに合図をだす。
バシアからの合図と同時に男たちは一斉にカディアルへと襲い掛かった。その速度は常人とは思えないほどの速さでカディアルへと迫る。だがその動きは直線的でなんの工夫もない。そんな相手に引けをとるカディアルではなかった。
迫りくる男達を前にカディアルはなんの武器も持たずに構える。そしてまず先頭の男が大槌を振り被った瞬間に踏み込みその鳩尾に正拳を叩き込む。その一瞬の攻撃を前に男は崩れ落ちるがその手から大槌を奪いそのまま頭蓋への一撃を振るい叩きのめすと次の相手へと立ち向かう。
それからは一方的な戦いが続いた。立ち向かう男達はカディアルに最初の一撃を防がれ一瞬で武器を奪われると返しの一撃で意識を失う。それこそが適合者でないカディアルが極めた護身術であった。
ありとあらゆる武器に精通しその対処を見極め相手の武器を奪い戦い続ける。それは多少体が強化されたごろつき等では対処し得えなかった。
「まったくこの程度の相手で私をどうにか出来ると思われていたのなら心外ですね」
最後の一人を倒しカディアルは両手を払いながらそうつぶやく。その周りには地面にうずくまる男達で埋め尽くされていた。
「ほほ、この人数相手に倒しきるかね。
ではこれではどうかな?」
バシアは拍手をしながらカディアルを称える。その表情は護衛を倒されたのにもかかわらず余裕を崩さない。
そしてにやりと笑うと手に持っていた手のひら大の何かを親指で押す。
「があああああああああああああ!!!」
その瞬間倒れていたはずの男達が一斉に叫び始め、そしてまるで何事もなかったかのように起き上がった。その異様な光景にカディアルは一歩下がり構えなおす。
「これは一体!?」
「うん? なに簡単な事じゃよ。
適合者でない者達もその力を引き出す力がないだけで魔力そのものは誰しも持っているものだ。それを薬で助長してやっただけだ。
ほんの少しでも適性がある者ならまだましだが普通の人間ならばそんな事をすれば体は壊れていくしすぐに使い物にならなくなるがね。
だがまぁ心臓や頭を貫かれない限りの数分間は戦い続けるさ。さてあんたはどれぐらいまで持たせることが出来るかな?」
なんの感情の変化も感じさせずそう告げるバシアを前にカディアルの背中に冷汗が流れる。こいつは狂っている。人を人だとも思っていない。だからこそこれ以上に危険な相手は存在しない。少なくても守るべき自らの主人にとっては。
「アイシャ様、申し訳ありません。どうかあの裏道を使ってお逃げください。扉さえ閉じれば奴らは追えないはずです」
「何を言っているの! 貴方を残していけるわけが」
その言葉にアイシャは目を見開きカディアルへと向ける。だがその言葉はカディアルによって途中で遮られた。
「目的を見失ってはなりません。貴女だけは何があっても失う訳には行かないのです。
この者達は何があって止めて見せます。
ですがその先貴女をお守り出来るか分かりません。
このような事態も想定はしていたはずです」
「でも!!」
「早く!!」
カディアルの有無も言わさぬその声にアイシャは唇を噛みながら背を向ける。わかっているのだ。今自分がすべきことは無為に時間を消費する事ではないと。だが理性で分かっていても感情が拒否するのだ。親よりも長く共に過ごしてきたカディアルを置いていく事を。
「約束して。
絶対に生きてもう一度会うと」
「承知いたしました。
約束は必ず守りましょう」
カディアルはそう笑顔を見せる。それが契機となりアイシャは抜け道へと走り出した。一度として振り返る事もなく。そして次の瞬間には男達の野獣のような怒鳴り声が一斉に響き渡る。
それでも男達の姿がアイシャに迫る事はなかった。その全てはカディアルがその身を以て受け止めていたのだから。
そしてアイシャは抜け道の入り口にたどり着く。そしてもう一度この国の主たる命を以てしてその入り口を開くために言葉を紡いだ。
「我が名はアイシャ。
この国の柱となりし一族なり。
この声が届くならばその道を示せ」
その言葉に閉ざされた扉は再びその姿を現し、道を開く。そして反対側からもう一度扉を閉じれば奴らは追ってこれはしない。それはカディアルをその場に残し自分だけが逃げるという事。
だとしても自分に課せられた責務は自分だけのものではない。このザカールの民を守るという先祖から引き継がれてきた重みがあるのだから。そしてゆっくりと見えない扉は開きだす。その眩しいばかりの光の先にあったのは。
「残念だが、この先は通行止めだ」
武装した男達の姿だった。
「っ!!」
アイシャはとっさに後ろを振り返る。それでもまだ逃げ道を探す為に。だがその眼に映ったのは倒されたカディアルの姿と鈍器を振りかぶるバシアの兵の姿だった。
「カディア……」
そしてそれがアイシャの見た祭壇での最後の記憶となる。なぜならば彼女はその次の瞬間には意識を失う事になるのだから。




