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ジンの吟遊旅行記   作者: くーじゃん
第四章 龍姫と黒騎士
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16 暴虐の来訪者

「音が止んだ。


 もう終わったの?」


 先ほどまで外で鳴り続いていた鐘の音は止み、ひんやりとした空気が漂う地下の避難室で子供達と身を寄せ合っていたイビサムはそうつぶやいた。


 そして避難室の唯一の出入り口である扉に耳を当てる。この場所に避難する前に扉の向こう側からノックする音が聞こえるまでその扉をあけてはいけないと言われていたのでドアノブには触れなかったがそれでも外の様子は気になったのだ。


 だが耳を当てた瞬間にカンカンと金属の鳴らす音が耳に直接響きイビサムは驚いて飛びのいてしまう。


「イビサム。


 終わったわ。もう出てきても大丈夫よ」


 しかしそれは聴きなれた同僚であるカリマの声でイビサムは取り乱してしまった事を内心恥ずかしく思いながらその扉を開く。


 扉の先で待っていたカリマは疲れた様子ではあったが怪我はどこにもしていなかった。


「よかった。


 カリマ貴方も無事だったのですね」


 イビサムは最も孤児院の中でも仲の良い同僚の姿にほっと溜息をつく。カリマもまた笑顔でイビサムの肩に手を置きながらイビサムを労った。


「ええ。よく耐えてくれたわね。


 結局獣魔はここまで来なかったみたい。


 みんなももう大丈夫よ」


 カリマのその一言に30人ほどの子供達も安心したように泣き出しカリマとイビサムに一斉に抱き付いた。この避難場所にいたのは特に小さな子供達だけであったがそれでも皆薄暗いこの部屋で恐怖に耐えてじっとしていたのだ。


 二人も子供達一人一人を抱きしめて、ずっと大人しくしていた事を誉めて互いの無事を喜んだのだった。

 

 そして二人は子供達が落ち着くのを待って避難室から講堂のある部屋にまで連れて行った。その場所には避難してきた周辺の人で一杯になっていてイビサムは驚く。


「こんなに人が集まっていたのですか?」


 イビサムは最初の段階で避難室へと子供達と共に移動していた為、中の様子はわかっていなかった。そこには講堂一杯に埋め尽くされた人の姿があった。


「ええ。


 みんな必死に逃げてきた人達だからなかなか指示を聞いてくれなくて苦労したけどね。それでも防衛隊の人たちが南砦で全て獣魔を退治してくれたみたい。


 本当にみんな無事でよかったわ」


 そうカリマが笑いながら疲れた様にため息をつく。その様子に子供達と共に避難室に逃げていた自分が申し訳なくなって謝ろうとするがそれは小さな子供の声に遮られた。


「ねぇ?


 あれなに?」


 そうつぶやいたのは最も孤児院のなかでも特にやんちゃな少年であるジアであった。彼はまだ検査をする年齢に達していないのではっきりとは断言できないが身体能力が高く適合者の適性があるのではないかと思われていた。


 その彼が指さしたのは天井近くにある巨大なステンドガラス。だが透明度は高くなく外を見ることは出来ないはずだった。


「え、なんのことをいって」


 その場にいた全員がそのステンドガラスを見つめた時、そのガラスは粉々に砕け建物の中へと落ちてきた。


 人々の悲鳴が上がる中、それはガラスの破片と共に講堂の中央部に降り立った。大きさはそこまで大きくない。大型の犬と同じくらいだろうか?


 だがその青毛の生き物は建物の2階部分の高さからガラスを破壊しながら落ちてきたのにも関わらず何事もなかったかのように立ち上がる。その余りの事態に人々は声を上げることもなく中央部を見つめていた。


 そして降り立った何かはまるで品定めをするかのように辺りを見回し、人が笑う様な声を上げ始める。自らの獲物が大量に見つかった事を喜ぶように。


「アオ―ン!!」


 そして突如頭を上げて吠えた雄叫びは余りに大きく人々は耳を塞ぐ。そして次の瞬間人々の頭上には鮮血が舞った。何が起きたか多くの者は理解出来ずそれ以上動く者はいない。


「ア、アズラル・グールだぁ!!」

 

 だが誰が上げた叫び声で人々は一気に現実に引き戻される。そして地面に落ちた何かを目にしてそれは恐怖へと変わる。舞っていたのはアズラル・グールに一瞬の内に咥え飛ばされた人間の血であり、地面に落ちたのはその亡骸。そうして次に場を支配したのは大混乱であった。


 確かに南砦にいた獣魔はサナクト率いる騎馬隊によって倒された。だがこの一匹は他の獣魔達の行動には目もくれずただひたすら街へと向かっていたのである。そして人の気配が最もするこの場所へと現れたのである。


 人々は建物の中から必死に逃げようと出口へ向かうがその出口は獣魔の侵入を防ぐために固く閉ざされ容易に開ける事は出来ない。


 それ故に獣魔から逃げようとする人々の波は出口にいた人々を押し倒し、倒れた人の上にまた人が倒れるという地獄絵図が広がり怒声と悲鳴が入り混じっていく。


 そしてそれはイビサム達がいた場所も同様であった。子供達が避難室から出てきたのを見ていた数人が我先にと避難室へと押し寄せ、それを見た人々もまたその後を追ったのだ。


 恐慌状態となった人々に小さな子供たちの姿はその目に映らず人の波は小さな子供達にとって獣魔と同等以上の脅威となって押し寄せた。


「待って!! 子供がいるの!!」


「うるせぇ!! そこをどけろぉ!!」


 必死になって人の波を抑えようとするカリマであったが、強引に人を押しのけてきた男に突き飛ばされてしまう。


「カリマ!!」


 迫りくる人の波から子供達を守りながらイビサムは突き飛ばされたカリマの名を呼んだ。だがその姿はすぐに人の波に呑まれてしまっていた。


「イビサム!!


 子供達を連れて逃げなさい!!」


 カリマの声はすでに見えなくなっていたがその声だけは辛うじて聴きとる事が出来た。その声を聴きイビサムもまた覚悟を決める。この子達を守れるのは自分しかいない。だから今は冷静にならなくては。


 イビサムはそう自分に言い聞かせ深い深呼吸をした後、後ろを振り向き子供達の顔を見つめる。イビサムの言葉を待つ子供たちは泣きそうな表情を浮かべながらも、じっとその場で耐えていた。


 本来なら非常事態時に子供は冷静な判断が出来ず泣き叫んでしまう事が殆どだが、この孤児院の子供たちはアイシャの支援で設立された場所でありタジードに目をつけられていたので万が一の時の為に避難訓練を重ねていた。


 非常事態には周りの大人の指示に従って動く事。だが非常事態で錯乱せずにいることが大人ですら難しい事は今の状態が十分に示していた。


 それでもこの子達は私を信じて泣きたいのをじっと我慢してくれてきた。ならば私はその信頼に応えなければ。


「みんな私についてきて。


 大丈夫みんなの事は私が守るから」


 そう子供達に小さな声で語り掛けるとイビサムは人の流れとは逆の方向へ子供達を引き連れていく。目指すのは隠れ通路と呼ばれる場所。


 その場所は一目ではわからないが小さなドアが作られていて建物から外へ避難できるようになっていた。その場所へ逃げられれば獣魔からも逃げられる。だがそれが避難してきた人にバレたなら避難室と同じように隠れ通路も大混乱に陥るだろう。


 もしそうなればただでさえ狭い場所に人が殺到することになる。そうなればきっと子供達も無事では済まない。


 だからイビサムは子供達にも極力静かに動くように伝えて隠れ通路をめざした。子供達も遊びで鬼ごっこをするときに何度もその場所は使っているのでどこに向かっているのか分かっていた。


 イビサムは大混乱に陥った行動の中であっても子供達一人一人を確認しながら進んでいき、あと少しでその隠し通路の入り口にたどり着きそうになる。だがその時イビサムの頭上を何かが通り過ぎて行った。その巨大な何かはそのままグシャという潰れた音をたて壁に叩き付けられた。


「ひっ!!」


 そのままイビサムの前に落ちてきたのは先ほどカリマを突き飛ばした男であった。だがその顔は鋭い牙でかみ砕かれており殆ど原型を留めていない。


「きゃあああああああ!!!」


 そしてその血にまみれた顔を見て今までギリギリで耐えていた子供の一人が叫び声を上げる。その後は堰を斬ったかのように他の子供達も一斉に泣き出した。


「大丈夫よ。


 みんな落ち着いて……」


 なんとか子供達を宥めようとしたイビサムだったがその体は固まってしまう。その先にいたのは青い毛を血で斑に染めながら一点を見つめるアズラル・グールがあった。


 その視線が見つめる先にいたのは子供達の列の最後尾で何かを見つめるジルの姿だった。だがその視線はアズラル・グールよりも上の場所を見つめている。


「おっきいのがいるよ?」


 ジルはそう言いながら壊れたステンドガラスの先を指さした。だがしかしそれはアズラル・グールを結果として刺激しまうことになる。


「ジル!!


 逃げて!!」


 そうイビサムが叫ぶが同時にアズラル・グールもまたジルへと鋭い牙をむき出しにして飛びかかる。イビサムは手を伸ばしてジルを庇おうとするがそれは余りに手遅れで届くことはない。


 アズラル・グールがジルへと飛びかかる様をイビサムはただ見つめることしかできなかった。そしてその爪がジルの柔らかな肌へ向けられたその瞬間




 アズラル・グールの身体はその上半身を失った。




「えっ?」


 突然の出来事にイビサムはそんな言葉しか出てこなかった。先ほどまで暴虐の限りを尽くしていたその獣魔はもはや後ろ脚だけとなり力なく地面に転げおちる。


 そしてアズラル・グールが空中で上半身を失ったその真下にはまるで空間ごと抉ったかのような穴が開いていた。そこには突然消えたアズラル・グールの体はどこにもない。まるでその存在をこの世から消し去ってしまったかのようだった。


「おっきいのどこかへいっちゃった」


 ジルはまるで何事もなかったかのようにそうつぶやく。


「ジ。ジル。一体何が起きたの?」


 全てを見ていたのに何が起きたのか全く理解できなかったイビサムはジルにそう聞くしかなかった。


「えっとね?


 おっきな光が浮いててね。それが落ちたの。


 そしたら青いのの光も消えちゃった」


 その言葉を聞いてもイビサムはには何が何だかさっぱり分からなかったがそれでも危機は去ったのだという事だけは理解してその場にへたり込んでしまった。


 混乱の極みにあった避難者達も、ただ茫然とその亡骸を見つめていたが、やっと開けられた正門から現れた兵士の声にようやく正気を取り戻し安堵のため息をつく。


 しばらくして平然をなんとか取り戻した孤児院であったが、多くの怪我人の治療が必要となりすぐに簡易病院のようになり替わった。


 獣魔に倒されたのは数住人にも上ったがそれ以上に後ろから人に押し倒され将棋倒しのようになった為に怪我を負った人が後を絶えなかったのだ。


「全く。獣魔より人の方が他に負えないってことが良くわかったわ」


 怪我人たちを見ながらそうつぶやいていたのはカルマだった。何か所か打ち身の痕はあったが簡単な手当をした後すぐに他のけが人の看護をしに戻って来ていた。


 本当にその通りだ。そう思いながらもイビサムに立ち止まる余裕はない。自分に助けを求めている人はまだたくさんいる。それが先ほどまでの醜態をさらした人々であっても、今は皆助け合いながら声を掛け合っている。


 確かに人は賢くはないのかもしれない。自分の危機にはほかの人間の事など目に入らないだろう。それは恐ろしく醜いのかもしれない。


 それでもこうやって助け合う事が出来ることもまた人の姿なのだ。ならば私は憧れたあの人のように人に尽くそう。そう思いながらイビサムもまた自らの仕事へと戻っていくのだった。


申し訳ありません。


次回から更新が不定期になります。第四章もクライマックスを迎えます。より良い物語とする為最後の部分をもう少し丁寧に仕上げようと思いますのでご了承ください。

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